式場隆三郎家住宅:民藝の巨匠たちが生み出した東西融合の邸宅

千葉県市川市の閑静な国府台地区に佇む式場隆三郎家住宅は、日本の民藝運動を代表する建築作品の一つです。1939年(昭和14年)に竣工したこの邸宅は、民藝運動の創始者・柳宗悦が設計し、陶芸家の濱田庄司が設計に参画、さらに河井寛次郎が現場監理を務めるという、まさに民藝運動の中核メンバーが結集して造り上げた特別な住宅です。2021年(令和3年)10月14日に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、その建築的・文化的価値が改めて公に認められました。

式場隆三郎とは

式場隆三郎(1898〜1965年)は、精神科医にして美術評論家、文化人という多彩な顔を持つ人物です。新潟県中蒲原郡五泉町(現・五泉市)に生まれ、新潟医学専門学校(現・新潟大学医学部)を卒業。1929年に医学博士の学位を取得しました。学生時代から白樺派の文学に傾倒し、武者小路実篤や柳宗悦、志賀直哉らと親交を深め、医学と芸術の両分野にまたがる独自の活動を展開しました。

1936年(昭和11年)、市川市国府台に精神病院(式場病院)を開設。「暗いイメージの精神科に明るさを取り入れ、より文化的で和やかな空気が感じられるように」という革新的な理念のもと、院内に芸術作品を配し、広大なバラ園を造営するなど、日本の精神医療に大きな一石を投じました。

式場隆三郎は特に二つの業績で広く知られています。一つはゴッホ研究の第一人者としての活動です。1932年に大著『ファン・ホッホの生涯と精神病』全2巻を刊行し、その後も複製画展の全国開催を通じて、多くの日本人にとって初めてのゴッホ体験を提供しました。もう一つは、放浪の天才画家・山下清の才能を見出し、世に紹介したことです。八幡学園の顧問医として山下の類まれな芸術的才能に注目し、展覧会の企画や作品集の出版などを通じて、山下清を国民的な画家へと押し上げました。この功績は、障がい者の芸術活動に対する社会的認識を大きく変えるものとなりました。

登録有形文化財としての価値

式場隆三郎家住宅は、登録基準のうち「造形の規範となっているもの」に該当するとして、2021年10月に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

この住宅が高く評価されるのは、民藝建築としての独自性にあります。一般的な民藝建築が和室を中心に構成されるのに対し、式場邸はほぼ洋間で構成されるという極めて珍しい特徴を持っています。朝鮮張りの床、箱階段、洋風暖炉といった東西の要素が一つの空間に見事に融合しており、他に類例のない建築的語彙を生み出しています。

さらに、民藝運動の三巨匠ーー柳宗悦(設計)、濱田庄司(設計)、河井寛次郎(現場監理)ーーが共同で手掛けたという事実は、美術史的にも建築史的にも大きな意義を持っています。日用品の中に美を見出すという民藝の理想が、住宅という形で具現化された貴重な事例です。

建築の見どころ

主体部は切妻造桟瓦葺の二階建てで、東西に平屋が接続する構成です。建築面積は約180平方メートル。妻壁には貫と束が密に配され、外観に独特のリズミカルな印象を与えています。

内部は、玄関から矩折れ(かねおれ)に居間、応接間、書斎が展開する動線設計となっています。この空間構成は、日常生活の動きが自然に流れるよう配慮された柳宗悦ならではの設計思想を反映しています。

内装こそが民藝の美学が最も鮮やかに表現されている場所です。朝鮮張りの床は、素材を正直に使うことを尊んだ柳が愛好した技法であり、同時代の多くの日本住宅に見られる畳に代わって採用されています。箱階段は、もともと町家建築に見られる意匠で、各段の下を収納として活用しながら彫刻的な造形美を生み出しています。洋風の暖炉は、民藝運動のタイルや金工で装飾され、冬場の暖房機能と社交の場としての役割を兼ねています。建具や造り付けの家具類には、朝鮮と日本の伝統工芸の意匠が随所に取り入れられ、柳宗悦特有の控えめながら深い美意識が息づいています。

他の民藝建築と異なり、和室が極めて少なくほぼ洋間で構成されているのが最大の特徴です。これは建て主である式場隆三郎の国際的な視野と、設計者たちの実験的精神が融合した結果であり、民藝の理念が新たな空間表現へと展開された貴重な実例といえます。

民藝運動とその建築的遺産

民藝運動は、1920年代に柳宗悦が提唱した美術運動です。無名の職人が手掛けた日用の工芸品に宿る美ーー「用の美」を見出し、再評価することを目指しました。「民藝」という言葉自体、「民衆的工藝」を縮めたもので、1925年に柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎らによって生み出されました。

民藝運動は陶磁器、染織、木工など工芸品への影響で最もよく知られていますが、建築分野でも少数ながら注目すべき作品を残しています。柳宗悦自身の邸宅(1935年竣工、現・日本民藝館西館、東京都目黒区駒場)は、やはり日本と朝鮮の意匠を融合した先駆的な住宅建築です。式場邸はその4年後に完成し、西洋的な空間概念をより大胆に取り込みながらも、素材の誠実さと手仕事の温もりへのこだわりを貫いた、民藝建築の到達点の一つと評価されています。

山下清とのつながり

式場隆三郎家住宅は、日本で最も愛される画家の一人、山下清(1922〜1971年)とも深い縁で結ばれています。山下清は「日本のゴッホ」「裸の大将」として親しまれた放浪の天才画家です。

式場は、市川市内にあった知的障がい児施設・八幡学園の顧問医を務める中で、少年時代の山下清のちぎり紙絵に類まれな才能を見出しました。戦後は展覧会の全国巡回を精力的に企画し、1956年の東京大丸での「山下清展」は80万人もの来場者を記録しています。1961年には、式場は山下とともに約40日間のヨーロッパ旅行に出かけ、フランスのオーヴェル=シュル=オワーズでゴッホの墓を訪れるなど、師弟の絆を深めました。

このように、国府台の式場邸は、医学・芸術・障がい者支援という近代日本の重要なテーマが交差する場所として、建築的価値を超えた文化的意義を持っています。

周辺の見どころ

式場隆三郎家住宅が建つ国府台地区は、歴史と自然に恵まれた散策に最適なエリアです。「国府台」の地名は、律令時代にこの地に下総国の国府が置かれたことに由来し、古代から政治・文化の中心地でした。

徒歩圏内にある里見公園は、戦国時代の国府台城跡に整備された市立公園です。約260本の桜が春を彩り、93品種・約600本のバラが植えられたバラ園も見事です。園内には、古墳時代後期の明戸古墳石棺、弘法大師発見と伝えられる湧き水「羅漢の井」、詩人・北原白秋の旧居「紫烟草舎」などが点在し、歴史散策を楽しめます。

国府台から30分ほど歩くと、江戸時代から続く「矢切の渡し」に到着します。松戸市と東京都葛飾区柴又を結ぶこの渡し船は、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の舞台としても知られ、「日本の音風景100選」にも選ばれています。対岸の柴又では、柴又帝釈天や映画『男はつらいよ』の寅さん記念館など、下町情緒あふれる観光を楽しむことができます。

見学に関するご案内

式場隆三郎家住宅は、現在も運営を続ける式場病院の敷地内に位置しています。個人所有の建物であるため、常時公開はされていません。見学をご希望の場合は、事前に式場病院または市川市教育委員会文化財グループにお問い合わせいただくことをお勧めします。

国府台エリアへのアクセスは、東京都心からも便利です。最寄り駅は北総線の矢切駅で、徒歩約10分です。都営浅草線から北総線に直通しており、浅草駅から矢切駅まで約20分、東銀座駅からは約32分で到着できます。京成線の国府台駅からは京成バス(市川〜松戸線)で栗山バス停下車、徒歩約5分です。

Q&A

Q式場隆三郎家住宅は誰が設計したのですか?
A民藝運動の創始者・柳宗悦と陶芸家・濱田庄司が設計し、河井寛次郎が現場監理を務めました。日本の民藝運動を代表する三人の巨匠が協力して造り上げた、極めて貴重な住宅建築です。
Q見学はできますか?
A式場病院の敷地内にある個人所有の建物のため、常時公開はされていません。見学をご希望の場合は、市川市教育委員会文化財グループ(市川市堀之内2-27-1 歴史博物館1階)または式場病院に事前にお問い合わせください。
Q山下清とはどのような関係がありますか?
Aこの邸宅の住人であった式場隆三郎が、放浪の天才画家・山下清の芸術的才能を発見し、後援者として全国展覧会の開催や作品集の出版などを通じて、山下清を国民的画家に押し上げました。
Q東京都心からのアクセスは?
A都営浅草線から北総線直通で、浅草駅から最寄りの矢切駅まで約20分です。矢切駅からは徒歩約10分で到着します。JR市川駅からは京成バス(松戸行き)で栗山バス停下車、徒歩約5分のルートもあります。
Q周辺にはどのような観光スポットがありますか?
A徒歩圏内に桜とバラの名所・里見公園(国府台城跡)があり、歴史散策が楽しめます。また、矢切の渡しで江戸川を渡れば、柴又帝釈天や寅さん記念館のある葛飾区柴又にもアクセスできます。市川市歴史博物館や考古博物館も近隣にあります。

基本情報

名称 式場隆三郎家住宅(しきばりゅうざぶろうけじゅうたく)
文化財区分 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2021年(令和3年)10月14日
竣工 1939年(昭和14年)
構造 木造2階建、瓦葺、建築面積約180㎡
設計 柳宗悦・濱田庄司(設計)、河井寛次郎(現場監理)
所在地 千葉県市川市国府台六丁目2412
アクセス 北総線 矢切駅より徒歩約10分/京成線 国府台駅よりバス利用
都道府県 千葉県

参考文献

式場隆三郎家住宅 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/520307
国登録有形文化財 | 市川市公式Webサイト
https://www.city.ichikawa.lg.jp/edu09/1111000024.html
登録有形文化財(建造物)の登録について(令和3年7月16日)- 千葉県
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/press/2021/tourokukenzobutu100.html
式場隆三郎 :: 東文研アーカイブデータベース
https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9227.html
沿革/創設者・式場隆三郎|式場病院
https://shikiba-hospital.jp/about/history.html
式場隆三郎 | 市川市公式Webサイト
https://www.city.ichikawa.lg.jp/library/db/1003.html
『民藝』8月号(752号)特集「式場隆三郎邸にみる民藝運動の建築」| 日本民藝協会
https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/info/mag1508/
式場隆三郎 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E5%A0%B4%E9%9A%86%E4%B8%89%E9%83%8E
画家・山下清を見出した精神科医 式場隆三郎「腦室反射鏡」
https://mc-jpn.com/archives/24790

最終更新日: 2026.03.07