世説新書巻第六残巻とは

京都国立博物館が所蔵する「世説新書巻第六残巻」は、中国唐時代に書写された『世説新書』巻第六の断簡で、昭和26年(1951年)6月9日に国宝の指定を受けた書跡・典籍である。員数は1巻。書写年代は、本文中に唐の高宗(在位649〜683年)の諱を避けた箇所が認められることから、7世紀後半から8世紀前半と推定されている。本国の中国では唐代の写本がすべて失われており、日本に伝来したこの一群の断簡が、世界に現存する最古の『世説新書』写本である。

『世説新書』は、南朝宋の臨川王・劉義慶(403〜444年)が編んだ逸話集で、後漢末から東晋に至る名士たちの言行を主題ごとの門に分類して収める。竹林の七賢をはじめ、この時代を彩った人物たちの機知や奇行が短い章段で活写され、六朝の貴族社会を知るうえで欠かせない文献となってきた。のちに南朝梁の劉峻(字は孝標、462〜521年)が詳細な注を付し、注に引かれた書物の多くが今日では散逸しているため、注そのものも貴重な資料である。

宋代以降、この書は『世説新語』の名で流布した。原題が『世説新書』であったことを実物の上で証明するのが、この巻第六の断簡群である。分割された最終部分(現在は東京国立博物館所蔵)の巻末に「世説新書巻第六」の尾題が残り、唐代の呼称を今日に示している。

国宝指定の理由と価値

第一に、テキストの古さである。現行の『世説新語』は宋代以降の刊本の系統に基づくが、本巻はそれより数百年さかのぼる唐代の姿を残しており、字句や注文に刊本と異なる箇所が少なくない。中国文学の校勘研究において、本断簡群は別格の位置を占める。

第二に、書としての完成度が挙げられる。料紙は上質の麻紙で、1紙に25行の墨界を引き、本文は1行13字前後の大字、劉峻注は1行を二行に割った細字16字前後で書き込まれる。一字一字を端正な楷書で運んだ筆致は初唐写経体の規範ともいうべきもので、書道史の上でも初唐の肉筆資料として重視されている。

第三に、日本における受容の痕跡である。本文には白点や角筆による書き入れが認められ、早くからわが国でこの巻が訓読されていたことが分かる。角筆は墨を使わず紙面をへこませて記すもので、肉眼では見落としやすいが、国語学にとって平安期の漢文訓読の実態を示す一級の資料となる。

さらに紙背には、平安時代後期に書写された密教の儀軌『金剛頂蓮花部心念誦儀軌』があり、こちらにも白点・朱書などが施されている。表は唐代の漢籍、裏は平安の仏典。1巻の紙の両面が、それぞれ異なる時代と分野の研究資料として機能する点に、この遺品の際立った特色がある。

伝来と明治の四分割

巻第六は長く京都・教王護国寺(東寺)の塔頭観智院に蔵されてきた。観智院は密教聖教の一大文庫として知られ、南北朝期の学僧杲宝の名が断簡の一つに墨書されることも、その伝来を裏づける。密教儀軌の料紙として再利用されたことが、結果として唐代写本を今日まで残す働きをしたといえる。

明治時代に入ると、巻第六は4つに分割され、それぞれ別の所蔵家の手に渡った。現在の所蔵は、規箴篇前半が文化庁、規箴篇後半と捷悟篇が京都国立博物館(旧山田家本)、豪爽篇が東京国立博物館(旧神田家本)、残る一篇が個人蔵という構成で、4件すべてが国宝に指定されている。名筆の分割は明治期の収集界でしばしば行われた処置であり、惜しまれる一方、分蔵が散逸の危険を分散させた側面も否定できない。

見どころ

京都国立博物館本は、もとの巻第六の第2区分にあたる。内容は規箴第十の後半111行と捷悟第十一の全61行、計172行。規箴は権力者への諫言をめぐる逸話、捷悟は当意即妙の機転を集めた篇で、曹操をめぐる有名な話柄を含む後者は、漢文の素養があれば原文のまま楽しめる長さである。

展示で実物に向き合う機会があれば、まず字粒の均質さに目を向けたい。1300年前の肉筆でありながら、行頭から行末まで字の大きさと間隔がほとんど揺るがない。割注の細字が本文の大字と呼応しながら紙面に律動を与えるさまは、図版では伝わりにくい。

白点や角筆の痕跡は会場の照明下では確認しづらいが、国立文化財機構の「e国宝」サイトで公開されている高精細画像を使えば、自宅でも本文の細部まで拡大して観察できる。展示前後に画像で予習復習をしておくと、172行の中身が立体的に見えてくるはずである。

周辺情報とアクセス

本品は劣化しやすい紙本墨書であるため常設はされず、京都国立博物館平成知新館の書跡展示室での名品展(平常展示)や特別展に折々出陳される。観覧を目的とする場合は、事前に同館の展示予定を確認されたい。

京都国立博物館はJR京都駅から市バスで約5分、「博物館三十三間堂前」下車すぐ。徒歩でも七条通を東へ約15分である。向かいには千一体の千手観音立像で知られる三十三間堂、北へ数分歩けば豊国神社と方広寺の大鐘、南には長谷川等伯の障壁画を蔵する智積院が控える。明治28年(1895年)竣工の旧帝国京都博物館本館(明治古都館)は片山東熊の設計になる煉瓦造の重要文化財で、建物そのものも見ごたえがある。書跡の展示と合わせ、東山七条界隈で半日を過ごす計画を立てたい。

Q&A

Q世説新書巻第六残巻はいつでも見学できますか。
A常設展示はされていません。紙と墨の保存上、展示は短期間に限られるため、京都国立博物館平成知新館の平常展示(名品展)や特別展に不定期で出陳されます。展示予定は同館の公式サイトで確認できます。
Q『世説新書』と『世説新語』は同じ書物ですか。
A同一の書物です。宋代以降は『世説新語』の名で流布しましたが、東京国立博物館所蔵断簡の巻末に「世説新書巻第六」の尾題が残ることから、唐代には『世説新書』と呼ばれていたことが確認できます。
Q書写年代はどのように推定されたのですか。
A規箴篇の本文に唐の高宗の諱を避けた箇所があることが手がかりです。避諱は在位中の皇帝に対して行われる慣習であるため、高宗即位後の書写と判断され、書風と合わせて7世紀後半から8世紀前半と推定されています。
Q紙背の文書とは何ですか。
A巻の裏面に平安時代後期に書写された密教儀軌『金剛頂蓮花部心念誦儀軌』が残されています。白点や朱書も施されており、表裏ともに訓点資料として国語学上の価値が認められています。
Q残りの断簡はどこにありますか。
A明治時代の四分割により、規箴篇前半は文化庁、豪爽篇は東京国立博物館が所蔵し、もう1巻は個人蔵です。京都国立博物館本を含む4件がいずれも国宝に指定されています。

基本データ

名称世説新書巻第六残巻(せせつしんしょまきだいろくざんかん)
指定区分国宝(書跡・典籍) 1951年(昭和26年)6月9日指定
員数1巻
制作国・時代中国・唐時代(書写は7世紀後半〜8世紀前半と推定)
内容規箴第十後半111行・捷悟第十一61行の計172行
品質・形状麻紙墨書、1紙25行、本文大字1行13字前後・割注細字16字前後
紙背金剛頂蓮花部心念誦儀軌(平安時代後期書写)
伝来東寺観智院旧蔵、のち山田家旧蔵
所有者独立行政法人国立文化財機構
所在地京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
公開状況常設展示なし。平常展示・特別展に不定期出陳。e国宝で高精細画像を公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)世説新書巻第六残巻
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/581
e国宝(国立文化財機構)世説新書巻第六残巻(京都国立博物館)
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=101057&content_part_id=0&content_pict_id=0&langId=ja&webView=
文化遺産オンライン 世説新書巻第六残巻
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189116
京都国立博物館
https://www.kyohaku.go.jp/

最終更新日: 2026.06.11