太刀の名工が遺した、一振りの剣

光忠の銘をもつ刀剣の多くは、腰に佩く反りの浅い太刀である。ところがこの一口は、まるで趣を異にする。刃長はわずか二七・〇センチ。反りのない両刃の直身に、左右へ鎬を立てた剣(けん)の姿をとり、茎には「光忠」の二字が切られている。光忠は備前国(現在の岡山県)に興った長船派の祖とされる刀工で、活躍したのは鎌倉時代中期、十三世紀のことである。

剣とは、左右が対称に研ぎ出された両刃の直刀を指し、のちに主流となる片刃で反りをもつ刀や太刀とは系譜を異にする。実戦の道具というよりも、儀礼や仏教の図像と結びついて用いられることが多く、作例そのものが太刀に比べて格段に少ない。太刀の作り手として名を知られた光忠が、あえてこの形式に銘を遺した点に、まずこの一口の特異さがある。

重要文化財に指定された理由

本作が重要文化財に指定されたのは、昭和四十九年(一九七四年)六月八日のことである。評価の核心は寸法ではなく、その稀少さにある。光忠の有銘の太刀は相応の数が現存し、国宝や重要文化財に列するものも複数あるが、銘の入った剣となると例はきわめて乏しい。国の解説も、確かな光忠銘とこの珍しい器形とが結びついている点に重きを置いている。

光忠の名が重んじられるのは、その後に続いた系譜のためでもある。子の長光、さらに景光、兼光と受け継がれた長船派は、江戸末期に至るまで作刀を続けた、日本刀の歴史で最大かつ最も長命の流派となった。織田信長はこの光忠の作を好み、生涯に三十二口を集めたとも伝わる。その系譜の起点に立つ刀工の有銘作は、流派全体を理解するうえでの一次資料といえる。

なお本作は一時期その所在が分からなくなり、文化庁が公開する所在不明の指定文化財の一覧に掲げられていた時期がある。その後に発見・確認され、現在はふたたび所在の明らかな作として扱われている。

見どころ

造込みは両鎬造(りょうしのぎづくり)。中央の棟を挟んで左右に刃をもち、それぞれの面に鎬筋を立てるため、太刀のように棟を背負う形ではなく、断面は左右対称となる。国の記載は、寸法のわりに身幅がやや広く、重ねが厚く、先の張った姿であると記す。手に取れば、量感のある一口と感じられるはずである。

地鉄は板目に杢を交えた鍛え。刃文は直刃を基調としながら小乱れを交え、長船派が後年に名を高める華やかな丁子乱れではなく、古備前以来の抑えた焼刃に近い。地鉄と刃文のいずれもが、鎌倉時代の優品にふさわしい出来栄えを示している。

剣は左右が対称であるから、反りのある刀とは見る作法が異なる。たどるべき一筋の曲線はなく、視線は両刃を同時に下りながら、左右が互いに応じ合っているかを確かめることになる。

光忠と長船派の作に出会える場所

この剣は個人の所蔵で、常時公開されてはいない。したがって、この一口そのものを実見することは難しい。光忠とその一門の到達点に触れたい場合は、別の場所に確かな手がかりがある。

第一に挙げられるのは、流派が拠点とした地に建つ備前長船刀剣博物館(岡山県瀬戸内市長船町)である。日本で唯一の公立の刀剣専門博物館で、備前刀を中心に常時およそ四十口を展示し、年に数回の展示替えを行う。敷地内の鍛刀場では刀匠が玉鋼を鍛える工程を間近に見ることができ、毎月第二日曜には公開古式鍛錬が催される。また東京国立博物館も光忠と極められた刀を所蔵しており、随時の展示替えのなかで公開される。

Q&A

Qこの剣はどこが珍しいのですか。
A太刀の名手として知られる光忠が、両刃の直刀である剣に銘を遺した点です。光忠の有銘の剣はきわめて少なく、これが指定の主たる理由となっています。
Q実物を見ることはできますか。
A個人の所蔵で常設展示はされておらず、実見は難しいのが現状です。長船派の作を知るなら、岡山県の備前長船刀剣博物館が最も近い手がかりになります。
Q光忠とはどのような刀工ですか。
A鎌倉時代中期の備前国の刀工で、日本刀史上最大かつ最も長命の流派である長船派の祖とされています。
Q剣と刀(太刀)はどう違うのですか。
A太刀は片刃で反りをもちますが、剣は反りのない両刃で、中央の棟を挟んで左右が対称です。剣は日常の戦いよりも儀礼や仏教と結びつくことの多い形式でした。
Q大きさはどのくらいですか。
A刃長は二七・〇センチで、刀剣としては短いものの、重ねが厚く先の張った量感のある姿です。

基本データ

名称剣〈銘光忠〉
作者光忠(備前長船派)
時代鎌倉時代中期(十三世紀)
指定区分重要文化財(昭和四十九年〔一九七四年〕六月八日指定)
種別工芸品(刀剣)
員数・法量一口/長二七・〇センチ
形状両鎬造(反りのない両刃)
所有者個人
所在・公開東京都(登録上)/常時公開なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6684
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/203700
文化庁 取り戻そう!みんなの文化財 発見事例(剣〈銘光忠/〉)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/torimodosou/kunishitei/73.html
備前長船刀剣博物館(瀬戸内市公式サイト)
https://www.city.setouchi.lg.jp/site/token/list6.html

最終更新日: 2026.06.14