「久国」二字銘の太刀

茎の指表に、細い鏨で「久国」の二字が切られている。これが、刃長78.4センチ、鎌倉時代に鍛えられた一振りの太刀の作者を示す、もっとも確かな手がかりである。重要文化財に指定されたこの刀は、銘こそ明らかだが、現在その所在が公の記録から失われている。

銘の久国は、山城国粟田口派の刀工と考えられている。久国を名乗る刀工は数名いるが、なかでも最も名高いのが、この粟田口久国である。粟田口派の祖とされる国家の次男にあたり、国友・国清・国吉・有国・国綱とともに、後世「粟田口六兄弟」と呼ばれた一人にあたる。本名は林藤次郎、受領名として大隅権守を授かったとされ、刀工として受領名を得た最初の例ともいわれる。

久国の名は、ある特別な召し出しと結びついている。鎌倉時代初期、後鳥羽上皇は備前・備中・山城といった作刀の盛んな諸国から名工を集め、月ごとに交代で作刀させた。御番鍛冶の制である。久国はこの番鍛冶に加えられ、なかでも師範格の地位に置かれたと伝わる。上皇の直接の庇護のもとで鍛えるということは、刀工にとって最高の栄誉であった。

重要文化財としての価値

粟田口久国の在銘作は数が少ない。現存する有銘の作のうち、一口が国宝に、この太刀を含む三口が重要文化財に指定されている。在銘作の希少さそのものが、この刀が保護の対象に選ばれた理由の一つである。

指定の経緯には二つの段階がある。法制度の変化を反映したものだ。この太刀はまず昭和9年(1934年)、戦前の国宝保存法のもとで指定された。その後、同法に代わって文化財保護法が施行されると、旧国宝の多くが一括して読み替えられ、本作も昭和25年(1950年)8月29日付で重要文化財として登録された。公式の記録には両方の年月日が残るが、これは二度の別個の指定ではなく、同じ一振りが新旧二つの制度を経たことを示している。

刀がこの格付けを得る理由は、切れ味にあるとは限らない。天保元年(1830年)に成立した刀剣の評価書『懐宝剣尺』は、久国を美術的価値において古刀最上作の列に置いた。同時に同書は、真作があまりに稀であったため、多くの古刀に行われた試し斬りが久国の作には及ばず、その切れ味は定かでないとも記している。評価の根拠は、地鉄と刃文、すなわち鍛えた者の手の冴えが表面に現れる部分にある。

作風を読む

記録によれば、造込みは鎬造、棟は庵棟である。刃長78.4センチ、反りは1.6センチを測る。穏やかな反りと姿のつり合いは、鎌倉期の作風に沿うものである。

粟田口の工房を最もよく示すのは地鉄である。記録は、よく約んだ地肌に地沸が一面につき、ところどころ光の強い荒沸を交え、村梨子地の鉄色が冴えると述べている。梨子地と称される細かく潤んだ地鉄は、この派を見分ける指標とされてきた。

刃文は小乱に小湾を交え、沸深く、足がよく入り、荒沸が交じる。帽子は表が地蔵風、裏は浅く湾れて小丸に返り、掃きかけを見せる。茎は磨上げられ、尻は切られ、棟は角、目釘孔は二つ、鑢目は筋違いである。いずれも、刀身を間近に見ることができれば、見る者が身を寄せて確かめたくなる箇所だが、その実物は今は失われている。

久国の作を見るには

この太刀そのものを訪ねて見ることはできない。所在は現在記録になく、文化庁が公表する「所在不明文化財(国指定)」の一覧に名を連ねている。文化庁はこうした文化財を一覧に残し、心当たりのある人からの情報提供を呼びかけている。今のところ、この刀は記録としてのみ存在する。

久国の手仕事を実際に前にしたい人には、より確実な道がある。上野の東京国立博物館が、国(文化庁)所有の国宝「太刀 銘久国」を収蔵している。こちらは生ぶ茎の状態をとどめており、磨上げのない完存の在銘作として、久国の作を知る上で最良の基準となる。常時公開ではないが、数年に一度の割合で常設展や特別展に出陳されるため、訪問前に展示予定を確かめておくとよい。

久国の名は、思いがけない場所にも残っている。六本木一丁目駅にほど近い港区六本木に久國神社が鎮座する。社号は、江戸城を築いた武将で歌人の太田道灌が室町時代に奉納したと伝わる久国作の刀に由来する。この刀は本作とは別の一振りで、神宝として秘蔵され公開されていないが、静かな境内が刀工の名を今に残している。あわせて、東京国立博物館と京都国立博物館では、藤四郎吉光をはじめとする粟田口一門の刀も展示されており、久国の作を京の作刀を担った一族の中に位置づけて見ることができる。

Q&A

Qこの太刀は博物館で見られますか。
A見られません。本作は現在の所在が記録になく、文化庁の所在不明文化財の一覧に掲載されています。久国の作を見たい場合は、国宝の太刀を収蔵し、数年に一度公開する東京国立博物館を訪ねるのが確実です。
Q久国とはどのような刀工ですか。
A鎌倉時代初期、山城国粟田口派の刀工です。後鳥羽上皇が月ごとに交代で作刀させた御番鍛冶の一人に数えられ、なかでも師範格の地位にあったと伝わります。
Q指定の年が二つあるのはなぜですか。
A昭和9年に戦前の国宝保存法で指定され、戦後の文化財保護法施行に伴い、昭和25年8月29日付で重要文化財として登録し直されたためです。二つの年は、同じ一振りが新旧の制度を経たことを示します。
Q粟田口の作はどこが特徴ですか。
A地鉄の美しさにあります。梨子地と呼ばれる細かく潤んだ地肌に、地沸が一面につく点が知られます。本作にもこの梨子地の地鉄が記録されており、工房を見分ける目印となっています。
Q六本木の久國神社はこの刀と関係がありますか。
A直接の関係はありません。久國神社の社号は、太田道灌が奉納したと伝わる別の久国作の刀に由来し、それは神宝として秘蔵されています。本作とは別の一振りですが、久国の名がいかに広く知られたかをうかがわせます。

基本情報

名称太刀〈銘久国〉(たち めいひさくに)
区分・員数工芸品(刀剣)・1口
作者久国。山城国粟田口派の作と考えられる
時代鎌倉時代(1185年〜1333年)
指定重要文化財。昭和9年(1934年)指定、昭和25年(1950年)8月29日に重要文化財として登録
寸法刃長78.4センチ、反り1.6センチ
作風鎬造、庵棟。村梨子地の地鉄。小乱に小湾を交え沸深い刃文。茎は磨上げ
所有者個人(東京都)
公開状況所在不明のため見学不可。文化庁の所在不明文化財一覧に掲載
代替の見学先国宝「太刀 銘久国」(東京国立博物館、随時公開)

参考資料

国指定文化財等データベース(文化庁):太刀〈銘久国/〉
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6046
文化遺産オンライン:太刀〈銘久国/〉(本作)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198243
文化庁:所在不明になっている国指定文化財(本作)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/torimodosou/kunishitei/49.html
文化遺産オンライン:国宝 太刀〈銘久国/〉(東京国立博物館)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/149881
刀剣ワールド:後鳥羽上皇の御番鍛冶
https://www.touken-world.jp/tips/23400/

最終更新日: 2026.06.14