太刀〈銘包永〉――鎌倉後期、大和手掻派の祖が打った国宝の名刀

東京・丸の内の静嘉堂文庫美術館が所蔵する七件の国宝のうち、一振の太刀があります。銘は「包永(かねなが)」。鎌倉時代後期の正応年間(1288〜1293)頃、大和国(現在の奈良県)で東大寺の転害門前に居を構えた手掻派の祖・初代包永の作と伝えられる名刀で、包永作中の白眉と評されてきました。凛として反りの高い姿、冴えた地鉄、そして細い直刃に微細な沸が豊かに輝くその刃文は、七百余年の星霜を経てなお健全な姿を保ち、大和伝を代表する至宝として今日に伝えられています。

刀工・包永と手掻派

包永は、通称を平三郎といい、大和国で栄えた五つの刀工集団(大和五派)のひとつ、手掻派の開祖にあたる刀工です。その一派の名は、仕事場を構えていた場所に由来します。奈良・東大寺の境内北西に位置する正門、転害門(輾磑門)のすぐ前に鍛冶場を構えていたことから、その地名「てんがい」が転じて「手掻(てがい)」と呼ばれるようになったと伝えられています。転害門そのものも、天平以来の姿をとどめる希少な遺構として国宝に指定されている、歴史ある門です。

手掻派は東大寺に属し、中世において武力・政治力を持っていた同寺の僧兵のための刀剣を打つ、いわば「お抱え鍛冶」の役割を担っていました。正応頃(1288〜1293)に活躍した初代包永を祖として、手掻派はその後も室町時代中期の寛正頃(1460年頃)まで代々続き、大和伝のなかでも最大規模の一門に成長しました。包永の名は三代にわたって襲名されましたが、なかでも初代包永は別格の名工として尊重され、本作のような在銘の生ぶ茎作は稀有な存在として知られています。

国宝に指定された理由

本太刀は、1931年(昭和6年)12月24日に重要文化財に、そして1952年(昭和27年)11月22日に国宝に指定されました。包永の在銘作は各地の名家に伝来していますが、そのなかでも本作は「包永作中の白眉」と評価され、国の指定解説においてもその点が明記されています。

評価の理由は複数あります。第一に、本作は磨上げられていない生ぶ茎で銘がそのまま残っている、極めて珍しい在銘作である点。包永の在銘作はほとんどが後世に磨り上げられており、生ぶ茎のまま伝わる例は白眉とされる所以です。第二に、刀身の状態が良好で、度重なる研ぎによる損耗が少なく、本来の鎬幅や反りがよく保たれていること。第三に、作風そのものが手掻派の特色を最高度に体現している点が挙げられます。板目肌が流れて柾目を交え、地沸がよくつく冴えた地鉄のうえに、細い直刃調のなかに小沸が一段と強く輝く――その姿は、大和伝の美を象徴するものと評されています。在銘の確かさ、姿の良さ、作柄の高さを兼ね備えた作例は、現存する手掻包永のなかで極めて稀です。

見どころ

ガラス越しに対面したとき、まず心を捉えるのは太刀の姿です。刃長73.0センチメートル、反り2.7センチメートルという堂々たる寸法は、腰に佩いて騎乗する武士の姿を思い起こさせる、鎌倉太刀ならではの凛とした姿形を生みだしています。鎬(しのぎ)は高く幅広く、これが大和物に共通する特色で、重厚で品格のある刀身の印象を作り出しています。

刃文には、じっくり鑑賞するほどに発見のある奥深さがあります。包永は抑制の効いた作風で、刃縁に沿って細い直刃を基調とし、そのなかに浅い湾れ(のたれ)や小乱れ、互の目を交えた繊細な変化を見せます。その抑制された刃文を光のもとで輝かせるのが、沸(にえ)――刃文と地鉄の境目にきらめく微細な粒子です。本作では沸が特に豊かに働き、鋒寄りの「物打」のあたりでは二重刃となって現れるなど、包永作中でも屈指の見どころを備えています。静謐さと華やかさが両立した、大和物らしい品格を湛えた一口といえるでしょう。

本太刀は、江戸時代後期(18〜19世紀)に誂えられた「菊桐紋蒔絵鞘糸巻太刀拵」とともに伝わっており、この拵も国宝指定の附(つけたり)として一体に登録されています。華麗な蒔絵と菊桐紋が施された拵は、後代にこの刀が儀礼刀として大切に扱われたことを物語っています。

どこで・どのように見られるか

本太刀を所蔵する静嘉堂は、1892年(明治25年)、三菱第二代社長で創業者・岩崎彌太郎の弟である岩崎彌之助によって創設された文庫です。のちに彌之助の長男で三菱第四代社長の岩崎小彌太が収集品を拡充し、現在は古典籍約20万冊と東洋古美術品約6,500件を所蔵し、うち国宝7件、重要文化財84件を含む、日本を代表する私設コレクションのひとつとなっています。書庫・収蔵庫と静嘉堂文庫そのものの本拠地は世田谷区岡本にありますが、展示ギャラリー「静嘉堂@丸の内」は、2022年(令和4年)10月より重要文化財・明治生命館の1階に移転し、東京駅からほど近い丸の内で鑑賞できるようになりました。

静嘉堂文庫美術館では常設展示を行わず、年に5〜6回の企画展ごとに所蔵品を入れ替えて公開しています。本太刀を実見したい方は、事前に公式ウェブサイトで展覧会の内容と出品リストを確認されることをおすすめします。国宝を一堂に展示する企画展や、日本の刀剣・金工に焦点を当てた展覧会の際に出品されることが多いです。

周辺の見どころ

展示ギャラリーが丸の内に移転したことで、本太刀の鑑賞は東京屈指の文化エリア散策と組み合わせやすくなりました。徒歩圏内には、ジョサイア・コンドル設計の赤レンガ建築を復元した三菱一号館美術館、日本・中国陶磁の名品を擁する出光美術館、そして旧江戸城の濠と石垣、松並木が往時の空気を残す皇居外苑があります。東京駅の赤レンガ駅舎までも徒歩5分ほどの距離です。また、本太刀の来歴を辿ってみたい方は、書庫・庭園が引き続き一般に公開されている世田谷の旧・静嘉堂文庫敷地を訪ねることもできます。刀工・包永の原点を辿るなら、新幹線で約3時間の奈良・東大寺へ足を伸ばし、手掻派の名の由来となった転害門を実際に仰ぎ見るのも味わい深い旅となるでしょう。

Q&A

Qこの太刀を打ったのは誰で、いつ頃の作ですか。
A大和国(現在の奈良県)の手掻派の祖である初代包永(かねなが)の作で、鎌倉時代後期の正応年間(1288〜1293)頃に鍛えられたと推定されています。
Q「手掻派」という名前の由来は何ですか。
A奈良・東大寺の西北にある「転害門(正式には輾磑門〈てんがいもん〉)」の門前に鍛冶場を構えていたことから、門の名「てんがい」が転じて「手掻(てがい)」と呼ばれるようになりました。
Qどこに行けば実物を見られますか。
A公益財団法人静嘉堂が所蔵し、2022年10月より東京・丸の内の明治生命館1階にある静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)で公開されています。常設展示はなく、企画展で不定期に出品されるため、訪問前に公式サイトで展覧会情報をご確認ください。
Q国宝にはいつ指定されたのですか。
A1931年(昭和6年)12月24日に重要文化財、1952年(昭和27年)11月22日に国宝に指定されました。
Q数ある包永作のなかで、なぜこの太刀がとくに高く評価されているのですか。
A包永の在銘作はほとんどが後世に磨上げられているのに対し、本作は生ぶ茎のまま銘が残る希少な例であり、姿形の損耗が少なく、大和伝らしい沸の冴えが特に豊かに現れています。この姿・銘・作柄の三拍子がそろった出色の出来から、包永作中の「白眉」と評されてきました。

基本情報

指定名称 太刀〈銘包永〉
種別 国宝(工芸品・刀剣)
員数 1口(附:菊桐紋蒔絵鞘糸巻太刀拵、江戸時代 18〜19世紀)
時代 鎌倉時代 13世紀(正応年間 1288〜1293 頃)
作者 初代包永(大和国手掻派の祖、通称・平三郎)
「包永」(茎に切付)
寸法 身長73.0cm/反り2.7cm/元幅2.9cm/先幅1.9cm/鋒長3.0cm/茎長19.7cm
形状・作風 鎬造、庵棟、鎬高く鎬幅広く、鋒中/鍛えは板目肌流れて柾目を交え、地沸よくつく/刃文は匂口やや沈み沸強く、浅い湾れに小乱れ・互の目を交え、物打上に二重刃を現す
伝来 赤星鉄馬旧蔵 → 岩崎家 → 静嘉堂
重要文化財指定日 1931年(昭和6年)12月24日
国宝指定日 1952年(昭和27年)11月22日
所有者 公益財団法人静嘉堂(所在地:東京都世田谷区岡本2-23-1)
展示場所 静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)/東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1F

参考文献

静嘉堂文庫美術館|手掻包永太刀(所蔵品紹介)
https://www.seikado.or.jp/collection/swords/001.html
静嘉堂文庫美術館|刀剣・金工
https://www.seikado.or.jp/collection_index/collection04/
WANDER 国宝|国宝-工芸|太刀 銘 包永[静嘉堂文庫/東京]
https://wanderkokuho.com/201-00360/
刀剣ワールド|太刀 銘 包永(国宝名刀)
https://www.touken-world.jp/search-noted-sword/kokuho-meito/55864/
刀剣ワールド|手掻包永(刀工辞典)
https://www.touken-world.jp/sword-artisan-directory/tegai-kanenaga/
刀剣ワールド|大和伝の流派
https://www.touken-world.jp/tips/7489/
静嘉堂文庫美術館|交通案内・アクセス
https://www.seikado.or.jp/guide/access/
静嘉堂文庫美術館|利用案内
https://www.seikado.or.jp/guide/museumguide/
Wikipedia|静嘉堂文庫
https://ja.wikipedia.org/wiki/静嘉堂文庫

最終更新日: 2026.04.24