貞和二年の年紀をもつ備中の一刀

刀身の片面には、細く確かな鏨で銘が刻まれている。備中国に住む次吉が、貞和二年十月のある日に鍛えた、と。貞和二年は西暦一三四六年にあたる。南北朝の動乱のただなかであり、武士たちが祖父の代より長く重い太刀を腰に帯びるようになった時代である。

刃長は八一・五センチ。鎬造で、棟は通常の庵棟ではなく丸棟に仕上げられている。地鉄を間近に見れば、よく詰んだ小板目肌が広がり、刃文は低くおだやかな小湾れのなかに、茎のほうへ傾く丁子の群れが交じる。この逆向きの丁子を逆丁子と呼び、備中の作を見分ける手がかりのひとつとされる。

次吉は青江派の刀工である。青江派は、現在の岡山県、備中高梁川の下流域で育った刀鍛冶の流派をいう。その名の重みは小さくない。鎌倉初期に後鳥羽上皇が自ら鍛刀を監督させたと伝わる御番鍛冶十二人のうち、三人までが備中の工であった。山城・備前・相模に次いで、国宝・重要文化財に指定された刀剣の数がもっとも多い国が、この備中である。

青江派の系譜と本作の価値

青江の刀工は、大きく三つの波に分けて理解される。もっとも古い古青江は平安末から鎌倉初期にかけての一群で、古雅で静かな趣の作を残した。続く中青江は鎌倉後期の工で、銘に年号や居住地、官名を切る習慣を始めた。その地鉄には澄肌と呼ばれる暗く沈む独特の景色があらわれ、これはほかの流派にほとんど見られない。次吉が属したのは最後の波、南北朝期の末青江である。末青江の工は、戦乱の世の好みに応じて、身幅の広い堂々とした太刀を鍛えた。

この種の刀が後世まで守られた理由は、美しさだけにあるのではない。年紀の入った銘がもつ記録としての価値が大きい。製作年の判明した一振りは、研究の定点となる。同じ作者や同じ流派の無年紀の作をこれと照らし合わせれば、十四世紀をかけて地方の作風がどう移り変わったかを読み解くことができる。刃中の逆丁子、丸棟の造り込み、制御された小板目の地鉄。そのひとつひとつが、作者自身が年月を記した記録の一行となっている。

こうした資料的価値が認められ、本作は昭和三十年二月二日に重要文化財に指定された。当時は東京の個人の所蔵であり、糸巻太刀拵を附(つけたり)として備えていた。糸巻太刀拵は、この格の太刀が腰に佩かれた際にまとう、絹を巻いた華やかな儀礼用の外装である。

所在の知れぬ一刀

ここで、記しておくべき重い事実がある。この刀は、いま記録の手の届くところにはない。

文化庁は、本作を所在不明となった国指定文化財の一つに数えている。個人が所蔵する指定品は、年月のあいだに人手を渡り、収蔵庫から収蔵庫へと静かに移り、あるいは当局との連絡が途絶えることもある。本作もどこかでその足跡がたどれなくなった。文化庁はこうした文化財の一覧を公開し、心当たりのある人へ連絡を呼びかけている。作品が分割されたり、無許可で国外へ持ち出されたり、失われたりすることなく、無事に再び姿を現すことを願ってのことである。

訪れる側にとって、これは見学すべき展示ケースも、確認すべき開館時間も存在しないことを意味する。公に残るのは、その記述と寸法、そして文化庁が保管する一枚の記録写真のみである。古い刀を手にするとき、あるいは見覚えのない一刀を受け継いだとき、この事実は心の片隅に置いておきたい。蔵で物珍しく見える刀が、時として、国が所在を探し続けている指定文化財であることもあるのだから。

青江の刀をいま見るには

この太刀そのものは見ることがかなわないが、それが属する青江の系譜は、いまも手の届くところにある。なかでも最良の一か所は、上野公園の東京国立博物館である。同館は青江派の各時期の作を複数所蔵しており、なかには中青江の刀工・吉次が元徳二年(一三三〇年)に鍛え、のちに毛利家から明治天皇へ献上された重要文化財の太刀や、より古い古青江の名工に帰される作も含まれる。

刀剣は常時同じものが並ぶわけではなく、年間を通して入れ替わる。出かける前に、同館のオンライン収蔵品目録で、どの備中の作が出ているかを確かめておくとよい。中青江の一刀の前に立てば、次吉の太刀がたたえていたであろう景色に、もっとも誠実に近づける。地鉄の澄肌、傾いて焼かれた丁子、南北朝らしい長い姿である。さらに踏み込んで学ぶなら、墨田区の刀剣博物館や、国立文化財機構のオンライン資料庫である「e国宝」も、青江の資料を一か所に集めている。

Q&A

Qこの刀はどこかで見られますか。
A見られません。本作は文化庁が公開する所在不明の国指定文化財の一覧に載っており、公的な博物館には収蔵されていません。近い作風を見るなら、ほかの青江派の太刀を所蔵する東京国立博物館を訪ねるとよいでしょう。
Q次吉とはどのような刀工ですか。
A備中国の青江派に属し、南北朝時代に活躍した刀工です。流派の最後の時期である末青江に位置づけられ、その時期の慣例にならって、銘に居住地を切り添えています。
Q銘にはなんと書かれていますか。
A備中国に住む次吉が、貞和二年十月のある日に鍛えた、という意味の銘が刻まれています。貞和二年は西暦一三四六年にあたります。このような年紀のある銘は、ほかの青江作を年代づける基準として高い価値をもちます。
Q逆丁子とは何で、なぜ重要なのですか。
A逆丁子は、刃のなかにあらわれる丁子の文様が、まっすぐ立たずに茎のほうへ傾くものをいいます。青江の作にくり返し見られる特徴であり、この流派を見分ける目印のひとつとされています。
Qこの刀を見かけた気がしたら、どうすればよいですか。
A所在不明の指定文化財の一覧を管理し、情報提供の窓口を設けている文化庁へ連絡してください。こうした作品を無事のまま回収し、記録のなかへ戻すことを目的としています。

基本情報

名称太刀〈銘備中国住次吉作貞和二年十月日〉
作者次吉(備中国・青江派)
年代貞和二年(一三四六年)十月、南北朝時代
員数一口(附として糸巻太刀拵)
法量刃長八一・五センチ
形状鎬造・丸棟、鍛え小板目、刃文は小湾れに逆丁子
指定区分重要文化財(工芸品)、昭和三十年(一九五五年)二月二日指定
所有者個人(東京都)
現況所在不明。文化庁の所在不明国指定文化財の一覧に掲載

References

文化庁 所在不明文化財(国指定)一覧 該当ページ
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/torimodosou/kunishitei/68.html
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6541
e国宝 太刀 銘備中国青江住右衛門尉平吉次作(東京国立博物館)
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100471
刀剣ワールド 青江派
https://www.touken-world.jp/tips/7189/

最終更新日: 2026.06.14