東京カテドラル鐘塔 ― 丹下健三が遺した62メートルの鋭利な祈りの塔

東京・文京区関口、目白台の高台に建つ「東京カテドラル聖マリア大聖堂」。その南側に、ステンレスで覆われた銀色の聖堂と対をなすように、鉄筋コンクリート打放しの細く鋭い塔が天を指して立っています。これが2025年(令和7年)8月に新たに国の登録有形文化財となった「東京カテドラル鐘塔」です。高さ62メートル、建築面積わずか12平方メートル。20世紀日本を代表する建築家・丹下健三(1913–2005)の独創性が凝縮された、戦後モダニズム宗教建築の傑作です。

大聖堂とともに ― 丹下健三と1964年の再建

鐘塔のかたちを理解するには、まずすぐ隣に立つ大聖堂の歴史をたどる必要があります。関口の地に最初の聖堂が建てられたのは1899年(明治32年)のこと。木造ゴシック様式の聖堂でしたが、1945年(昭和20年)5月25日の東京大空襲で焼失してしまいました。仮聖堂での礼拝が長く続いたのち、1961年(昭和36年)に大司教区は前川國男・谷口吉郎・丹下健三という当代一流の建築家3名による指名コンペを実施。選ばれたのが「岩場の水面に舞い降りた銀色の白鳥が羽を震わせているかのよう」と評された丹下案でした。ドイツ・ケルン大司教区からの多大な支援を得て、現在の大聖堂と鐘塔は1964年(昭和39年)12月に完成しています。

1964年の丹下健三は、まさに脂の乗りきった時期にありました。同年9月には東京オリンピックの主会場となる国立代々木競技場が完成しており、双曲放物面(HPシェル)を駆使した彫刻的な構造と機能を融合させる手法は、両者に共通しています。大聖堂が8枚のステンレス張りHPシェルによる柔らかな曲面の建築であるのに対して、その傍らに立つ鐘塔は、敢えて素材も形態も対比的に設計されました。ぶっきらぼうなまでに素朴な打放しコンクリート、鋭く垂直に伸び上がる輪郭。大聖堂の優美さを引き立てる、もう一つの主役がこの塔なのです。

なぜ文化財に登録されたのか

東京カテドラル鐘塔は、2025年(令和7年)8月6日付で国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。その登録解説は、本塔の価値を端的に示しています。

第一の価値は、形態の独創性そのものにあります。鉄筋コンクリート造、高さ62メートルにして建築面積わずか12平方メートルというプロポーションは、世界の建築史を見渡しても極めて異例。平面は変形の菱形をしており、立面は4面とも上方へ向かって逓減する鋭利な形状。頂部は矩形に刳り抜かれて4つの鐘が吊られ、その上に立てられた突芯の先端は十字架を象っています。塔全体が、天に向かう祈りそのものを彫刻化したような姿となっているのです。

第二は、大聖堂と一体の建築群としての価値です。鐘塔は単独で立つのではなく、大聖堂と並び建つことを前提に構想されました。文化庁の登録解説も「大聖堂脇に並び建ち、丹下健三の独創性が発揮された鐘楼」と明記しており、両者を一対の建築群として評価しています。母屋となる大聖堂は2003年(平成15年)にDOCOMOMO JAPANの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定され、1966年(昭和41年)には第7回BCS賞を受賞するなど、すでに不動の評価を得ていますが、鐘塔の登録によりこの建築群はさらに公的な保護を受けることになりました。

見どころ

四面が捻れる鋭利なシルエット

遠くから見ると4つの面はまっすぐ伸びているように見えますが、近づいてよく観察すると、いずれの面もごくわずかに捻れていることに気づきます。この捻れこそ、塔が静止しているのに動いて見える理由。打放しコンクリートの表面は経年で柔らかな灰色をまとい、朝・昼・夕方と光の角度が変わるごとに表情を変えます。

ドイツから渡ってきた4つの鐘

頂部の矩形開口に吊られているのは、創建当初にドイツから輸入されたブロンズ製の鐘4つ。製作者は鐘の音色を日本人の感性に近づけるため、来日して日本各地の梵鐘を聴き歩き、調律を重ねたと伝えられています。文化を越えて運ばれてきた鐘が、日本の音色をまといながらこの塔に納められているという物語そのものが見どころと言えるでしょう。鐘は日曜日の午前10時と正午にミサ開始の合図として鳴り響き、結婚式や祝祭日にも打鐘されます。

「迂回するアプローチ」の終着点として

丹下健三は大聖堂への動線を、敢えて入口へ直行しないように設計しました。来訪者は門をくぐった後、まず鐘塔と敷地西側の「ルルドの洞窟」に向かって歩き、そこで方向を転じて初めて大聖堂正面に対峙します。これは日本の鳥居や山門をくぐり参道を歩むのと同じ作法で、徐々に気持ちを整えてから本尊に向かう ― 西洋の宗教建築に日本的な「場の力」を持ち込んだ独創的な発想です。鐘塔はこの参道の途中に立つ垂直のランドマークとして、訪問者の歩みを導く役割を担っています。

大聖堂内部もあわせて

登録文化財はあくまで鐘塔ですが、隣接する大聖堂の内部見学を抜きにこの場所は語れません。柱が一本もなく、最頂部40メートルに達する大空間。8枚のHPシェルが交わる稜線にはガラスのスリットが入れられ、そこから自然光が十字架の形で降り注ぎます。後背には2004年に設置されたイタリア製のパイプオルガン(教会用としては国内最大級)が据えられ、空間の残響時間は7秒近くにも及ぶといわれます。

境内と周辺の見どころ

カテドラルの敷地内には、鐘塔のほかに、フランス南西部ルルドの洞窟(聖母マリアが聖ベルナデットに出現したとされる地)を再現した岩場と聖母マリア像があり、敬虔な雰囲気のなかで散策が楽しめます。明治期にフランスから贈られた歴史ある鐘「アンドレ」「ジョセフィーヌ」も保存されています。

周辺は文豪や政財界の邸宅が連なった目白台の落ち着いた界隈です。カテドラルの目の前にはホテル椿山荘東京が建ち、広大な日本庭園は宿泊客でなくとも入園可能で、三重塔を擁する庭園散策が楽しめます。少し下った先には旧細川家下屋敷を継ぐ「肥後細川庭園」、隣接する「永青文庫」では細川家伝来の刀剣・甲冑・書画の名品に出会えます。さらに東へ歩けば真言宗豊山派の大本山・護国寺があり、本堂は国指定重要文化財。鐘塔から始まる一日の散歩道として、ぜひ組み合わせていただきたいエリアです。

参拝・拝観のご案内

カテドラルの敷地は通常9:00〜17:00に開放されており、入場は無料です。ただし、ミサ・結婚式・葬儀・特別行事の際には大聖堂内部の見学が制限されます。聖堂内は撮影禁止となっていますので、訪問の際はご注意ください。鐘塔は外観の鑑賞のみで、内部に入ることはできません。服装は特に制約はありませんが、礼拝の場であることを尊重し、静かにお過ごしください。

アクセスは、東京メトロ有楽町線「護国寺駅」から徒歩約10分、「江戸川橋駅」から徒歩約15分。バスは都営バス白61系統「ホテル椿山荘東京前」下車徒歩1分が便利です。

Q&A

Q鐘塔の内部は見学できますか?
Aいいえ。鐘塔は外観のみの鑑賞となります。建築面積わずか12平方メートルの細い塔で、内部は梯子状の点検路となっているため、一般公開はされていません。ただし敷地内のさまざまな角度から塔の全身を眺めることができます。
Q鐘の音はいつ聴くことができますか?
A日曜日の午前10時と正午のミサ開始の合図として打鐘されるほか、結婚式や祝祭日にも鳴らされます。鐘の音を確実に聴きたい場合は、日曜日の午前中の訪問がおすすめです。
Q写真撮影は可能ですか?
A敷地外観・鐘塔・大聖堂外観の撮影は個人利用の範囲で可能です。ただし大聖堂内部は撮影禁止となっており、また結婚式や礼拝の様子の撮影もご遠慮ください。
Qなぜ鐘塔は大聖堂から離れて建てられているのですか?
A丹下健三は鐘塔と大聖堂を、彫刻的に対をなす一群の建築として構想しました。鐘塔を独立させることで、周辺の街路から見える垂直のランドマークとなり、また敷地内のアプローチに沿って訪問者を導く役割も果たすようになっています。
Qいつ文化財に登録されたのですか?
A2025年(令和7年)8月6日付で国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。同時に隣接する東京カテドラル聖マリア大聖堂も別件として登録されています。

基本情報

名称 東京カテドラル鐘塔(とうきょうかてどらるしょうとう)
文化財種別 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2025年(令和7年)8月6日
設計 丹下健三
竣工 1964年(昭和39年)
構造 鉄筋コンクリート造
高さ 62メートル
建築面積 12平方メートル
員数 1棟
所在地 東京都文京区関口三丁目19-1
所有 カトリック東京大司教区
アクセス 東京メトロ有楽町線「護国寺駅」徒歩約10分、「江戸川橋駅」徒歩約15分。都営バス白61系統「ホテル椿山荘東京前」下車徒歩1分

参考文献

東京カテドラル鐘塔 - 文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/597752
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015417
東京カテドラル聖マリア大聖堂 公式サイト
https://cathedral-sekiguchi.jp/
カトリック関口教会 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/カトリック関口教会
オリジナルの優美な姿とダイナミックな空間を次世代へと継承――東京カテドラル聖マリア大聖堂 | Curiosity(R100 TOKYO)
https://r100tokyo.com/curiosity/tokyo-architecture/220601/
東京カテドラル聖マリア大聖堂 | GO TOKYO 東京の観光公式サイト
https://www.gotokyo.org/jp/spot/7/index.html

最終更新日: 2026.04.26