作者みずからの年齢を刻んだ脇差
この脇差の茎(なかご)には、刀工が自らの年齢を記すという珍しい一文が刻まれている。銘は「山城国西陣住人埋忠明寿作六十一歳」と読め、続けて「元和四年五月十一日」と制作の日付まで明記する。元和4年は西暦1618年にあたる。脇差は長い刀に添えて差す中ほどの長さの刀で、本作は日本刀史に大きな足跡を残した埋忠明寿、その晩年の一作である。
埋忠明寿(1558〜1631)は、桃山から江戸初期の京都で活動した刀工であり、金工でもあった。古刀の時代が新刀の時代へと移り変わるころに腕をふるい、後世には新刀鍛冶の祖と仰がれた。京都の西陣に住し、平安時代の刀工三条宗近の末裔を称して、その25代目を名乗ったと伝わる。金工に専念する前には、最後の足利将軍義昭に仕え、のちには豊臣秀吉に召し抱えられたという。
なぜ中ほどの長さの一刀が貴重なのか
明寿の評価は、鍛えた刀の数よりも、その希少さと作品をめぐる工芸性にある。本業は金工で、当代随一の刀装具の作り手として知られ、鐔(つば)や拵(こしらえ)の注文の合間に刀を打ったとみられる。そのため作刀は多くない。現存する作の多くは短刀で、不動明王や倶利伽羅竜などの華やかな彫物を自ら施したものが目立つ。長寸の刀はきわめて少なく、正真と認められる長物は京都国立博物館の太刀一口のみとされる。
脇差は、その明寿にとって作例の少ない中間の寸法にあたる。本作は昭和8年(1933年)に重要美術品、昭和28年(1953年)11月14日に重要文化財へと指定された。年紀と年齢をそなえた銘は資料としての価値も高く、没する13年前という制作時期を確定させ、晩年の作風の変化をたどる手がかりとなっている。
地鉄と刃文に注目する
明寿の刀は、じっくりと見るほどに見どころが増える。地鉄(じがね)は板目が主体で、刃文は浅い湾れ(のたれ)に互の目(ぐのめ)をまじえ、地にも刃にも細かな沸(にえ)がつく。鎌倉時代の相模に発した相州伝を学び、その作風を意識した仕上がりである。
もう一つの見どころは彫物である。多くの刀工が彫りを専門の職人にゆだねたのに対し、明寿は自ら鏨(たがね)をふるった。仏像や梵字、護摩箸といった図柄を、金工としての確かな技で刻み、同時代の刀工と一線を画した。長い銘文を読み解くこと自体も楽しみで、年齢まで記した文字は、一口の刀をその人となりへと近づけてくれる。
明寿の作はどこで見られるか
本作は個人の所蔵で、常時の公開はされていない。銘には、かつて土佐藩主家の流れをくむ山内豊景侯爵が所持していたことが記され、その後に個人の手に渡ったと伝わる。
明寿の作を実際に目にしたいなら、公開されている所蔵先を訪ねるのが確実である。京都国立博物館には、正真とされる唯一の長寸の刀、「他江不可渡之(他へ渡すべからず)」の銘を持つ太刀が収められている。相馬家に長く伝来した一口である。名古屋の刀剣ワールドには、年紀のある明寿の短刀がある。また明寿とその一門の作は特別展でも公開され、2020年から2021年にかけては大阪歴史博物館と東京の刀剣博物館で大規模な展覧会が開かれた。刀剣は入れ替えで展示されることが多いため、訪ねる前に各館の展示予定を確かめておくとよい。
Q&A
- この脇差そのものを見ることはできますか。
- いいえ。個人の所蔵で、常時の公開はされていません。明寿の作を見るなら、京都国立博物館や名古屋の刀剣ワールドに公開された作例があり、特別展でも折々に公開されます。
- 脇差とはどのような刀ですか。
- 刀(打刀)より短く短刀より長い、中ほどの長さの刀で、長い刀と組にして差しました。明寿の現存作は短刀が多いため、脇差は比較的めずらしい寸法にあたります。
- 埋忠明寿とはどんな人物ですか。
- 1558年から1631年まで生きた京都の刀工・金工です。当代随一の刀装具の作り手であり、新刀鍛冶の祖と仰がれた人物で、埋忠工房の実質的な祖ともされます。
- なぜ銘に年齢が刻まれているのですか。
- 年齢を記すのは珍しいことでした。明確な日付と合わせて制作を1618年、晩年の時期に定めることができ、年代の特定や作風の研究にとって価値の高い手がかりとなります。
- 明寿の刀はどこで見分けられますか。
- 板目主体の地鉄、相州伝を意識した浅い湾れの刃文、そして専門の職人ではなく刀工自身による彫物が特徴です。仏像や梵字、護摩箸などの図柄がよく見られます。
基本データ
| 名称 | 脇差〈銘山城国西陣住人埋忠明寿作六十一歳/元和四年五月十一日〉 |
|---|---|
| 種別 | 工芸品(刀剣) |
| 作者 | 埋忠明寿(1558〜1631) |
| 年代 | 元和4年(1618年) |
| 員数 | 1口 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和28年〈1953年〉11月14日指定。昭和8年〈1933年〉に重要美術品指定) |
| 所在・所有 | 東京都/個人蔵(旧蔵者は山内豊景侯爵) |
| 公開状況 | 常時の公開はなし |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6500
- 京都国立博物館 名品紹介 刀 銘山城国西陣住人埋忠明寿
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/kin/item02/
- 刀剣ワールド 刀剣・日本刀の刀工辞典 埋忠明寿
- https://www.touken-world.jp/sword-artisan-directory/umetadamyoju/
- 名刀幻想辞典 埋忠明寿
- https://meitou.info/index.php/埋忠明寿
最終更新日: 2026.06.14