昭和11年、麻布台の私道に建った八戸
和朗フラット四号館は、東京都港区麻布台にある昭和11年(1936年)建築の木造二階建アパートメントで、平成31年(2019年)3月29日に登録有形文化財(建造物)となった。飯倉片町から一段下がった私道沿いに東面して建ち、現在も賃貸住宅として使われている。
建主は上田文三郎。本業は米穀政策に関わる仕事で、建築の教育を受けた人物ではない。渡米時に見たアパートメントホテルの仕組み、すなわちトランクひとつで入居でき、短期の宿泊にも長期の滞在にも応じるという方式に強く惹かれ、自ら図面を引いて大工と練り上げた。
その発想は設備として具体化している。八つの住戸は家具付きで貸し出された。造り付けの畳敷き寝台、壁の扉を開けると現れる洋服掛けや棚板付き収納、食卓、デスク、椅子、ソファ、敷物、花瓶までが備品である。加えて計画当初から各戸にバスルームを設け、浄化槽方式の洋式便所、洗面台、ガス風呂を備えた。昭和11年の東京で、都心近くとはいえ相当に少数派の仕様であった。
「和朗」の二字は、住まう人が和やかに、朗らかに過ごせるようにという願いから採られたと伝わる。
登録基準と、群としての現状
登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった制度で、築およそ50年以上の建造物を対象に、使いながら守ることを前提とする。重要文化財の指定に比べて規制はゆるやかで、外観の変更にも一定の幅がある。四号館は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。
文化庁の解説文は、木造二階建、南北棟の切妻造、路地に東面という骨格を示したうえで、各階に四戸を設け住戸ごとに間取と仕上を違えること、正面に出窓やアルコーブを変則的に配して印象的な路地景観を形成することを挙げる。締めくくりは、開発著しい都心部に残る貴重な戦前の都市住宅、という評価である。
この一文の重みは年々増している。和朗フラットはかつて七棟あった。戦災による焼失と建替えを経て、現存するのは一号館・二号館・四号館の三棟。令和8年(2026年)8月には二号館の解体が報じられ、存続を求める嘆願書が港区に提出されたと伝えられる。国の登録を受けているのは四号館のみで、路地に立つとき見ているのは、なお欠けつつある群の一部である。
波打つ正面は、敷地形状の答えである
正面の凹凸は装飾の思いつきではない。敷地は私道と崖地に挟まれた南北に長い長方形で、比率はおよそ一対四、長辺が東を向く。この形に素直な箱を置けば、南向きの窓を得られる住戸はごくわずかになる。上田は道路沿いの三、四か所を直角に切り込み、空間をずらすことで、全戸に南向き窓を確保した。波打つ壁面と、その懐に落ちる濃い影は、この操作の副産物である。
足を止めて開口部を数えてみたい。正面の扉と窓はいずれも外開きで、アーチ形、長方形、隅切りの三種に整理されている。玄関扉の形はすべて異なり、窓の桟割りもアルコーブの形も住戸ごとに違う。外壁は在来軸組構法の上に白色漆喰、屋根はスレート葺。かつてこの一帯が「スペイン村」と呼ばれた理由は、この白と、そろわない開口の並びにある。
内部は見学の対象ではないが、共通の語彙で貫かれている。壁と天井は木摺り下地に白漆喰、床はラワン材の縁甲板張り、木部は濃茶色のオイルステイン仕上げ、建具金物は真鍮、電灯には乳白色のガラスグローブ。1980年代から始まった修繕は方針が明快で、水廻りは最新に、居室は建築当初の仕様に近づける。旧バスルームは便所・洗面所・シャワーユニットに分割され、窓付けエアコンは室外機方式に改めて窓を回復し、近年は木製網戸が再生されている。
八戸すべてが現に人の住む住宅であるため、内部公開はなく、見学会の設定もない。鑑賞は私道からの外観に限られる。1階には小さな店舗が入り、カフェやギャラリーとしての利用も報じられている。私道からの外観撮影は行われているが、レンズを窓に向ける行為は別である。最寄りは六本木一丁目駅、神谷町駅、麻布十番駅で、いずれも徒歩10分前後。頭上には麻布台ヒルズの超高層棟が立ち上がる。
Q&A
- 和朗フラット四号館の内部は見学できますか?
- できません。八戸すべてが現役の賃貸住宅で、内部公開も定期見学会も設定されていません。鑑賞は建物前の私道からの外観に限られます。ただし1階には小規模な店舗が入っており、カフェやギャラリーとしての利用も報じられているため、日によって立ち入れる部分がある場合があります。
- 和朗フラット四号館へのアクセスと、写真撮影の可否は?
- 所在は港区麻布台三丁目で、六本木一丁目駅・神谷町駅・麻布十番駅からいずれも徒歩10分前後。外苑東通りから下る私道の奥にあります。私道からの外観撮影は行われていますが、窓の向こうは居住空間です。窓へレンズを向けない、声を落とすといった配慮が前提になります。
- 和朗フラット四号館の設計者は誰ですか?
- 建主である上田文三郎自身です。本業は米穀政策に関わる仕事で、建築の専門教育は受けていません。外観の意匠、扉や窓の形は上田自身が決め、大工と相談しながら工事を進めたとされます。渡米時に見たコロニアル様式の建物を発想源とする、との説明が各所で示されています。
- 和朗フラット四号館の窓や扉が住戸ごとに違うのはなぜですか?
- 住戸そのものが八戸とも異なるからです。単身向けの一室型から、家事室を伴う二室・三室の家族向けまで規模も間取も違い、玄関扉、アルコーブ、窓の桟割りがそれぞれに設計されています。正面の開口はアーチ形・長方形・隅切りの三種で統一されています。
- 和朗フラットの他の棟も登録有形文化財ですか?
- いいえ。当初七棟のうち現存は三棟で、国の登録を受けているのは四号館のみです。令和8年(2026年)8月には二号館の解体が報じられ、存続を求める嘆願書が港区に提出されたと伝えられています。訪問前に最新の状況を確認しておくとよいでしょう。
基本情報
| 名称 | 和朗フラット四号館(わろうふらっとよんごうかん) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都港区麻布台三丁目(国指定文化財等データベースの所在地欄は空欄) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-416 第92回登録 |
| 指定年 | 平成31年(2019年)3月29日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、スレート葺、建築面積140㎡ |
| 所有者 | 個人(国指定文化財等データベース非公開) |
| 公開状況 | 現役の賃貸住宅。内部非公開、私道からの外観鑑賞のみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース 和朗フラット四号館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012712
- 文化遺産オンライン 和朗フラット四号館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/413235
- 和朗フラット四号館 公式サイト 昭和十一(1936)年建築
- https://www.warouflat.com/our-story/
- 港区 大正から昭和まで今も残る古い建物
- https://www.city.minato.tokyo.jp/azabuchikusei/mirai/oldbuilding.html
- 文化庁 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
最終更新日: 2026.08.23