経文の下に眠る、目鼻のない人々

光にかざすと、墨書された経文の縦の列の下から、もう一つの絵がうかび上がる。屋根を取り払った室内に、衣をまとった人物が座り、横たわる。その顔には目も鼻も口も描かれていない。経文を載せる以前、この紙の上には経典とは無関係の物語の絵が描かれていた。書写されているのは護国の経典『金光明経』巻第三である。中断した物語絵巻の白描下絵の上に経文を写したこの一巻は、人物の顔に目鼻がないことから、俗に「目無経(めなしきょう)」と呼ばれてきた。

本品は京都国立博物館が所蔵する。紙本墨画の一巻で、高さは約25センチ、広げると全長は8メートルを超える。世俗の絵と聖なる文字が、同じ料紙の表に重なって残されている。

建久三年、ある崩御から生まれた写経

この経巻の成り立ちは、一つの死に始まる。建久三年(1192)三月、後白河法皇が崩御した。当時、法皇のもとで一巻の物語絵巻の制作が進められており、画面はすでに細い墨線で下絵が描き上げられ、彩色を待つ段階にあったとみられる。法皇の死によって、その制作は中断した。

用意された料紙は捨てられず、追善のために転用された。法皇の菩提を弔う目的で、未完の絵巻の料紙を用いて経典が書写されたのである。巻末の奥書には「建久三年四月一日書写之」とあり、三月の崩御からわずかひと月ほどのちに筆が執られたことが分かる。

選ばれた経典にも理由があった。『金光明経』は古くから国家と王者の安泰を願って読誦され、鎮護と功徳に結びつく経典であった。崩御した一国の主のためにこれを写すことは、追悼と祈りを兼ねる行いであった。

国宝指定の理由と価値

本品は昭和28年(1953)に国宝へ指定された。意外なのはその区分である。書跡や経典としてではなく「絵画」として指定されている。価値の中心が、経文の下に潜む下絵にあるからだ。

この時代の物語絵は、いくつかの工程を経て仕上げられた。まず画面全体を墨線で下描きし、その上に塗り絵のように絵具をのせ、最後に彩色で隠れた線をふたたび墨で起こしていく。本品の下絵は、その最初の段階でとどまり、彩色されぬまま残された。完成し彩色された絵巻からは得られない情報を、未完の白描がそのまま留めている。やまと絵物語絵の制作工程を料紙の上から直接読み取れる、貴重な作例である。

こうした遺品は数少ない。目無経はもと『金光明経』四巻と『理趣経』一巻の計五巻からなっていたらしい。現在、完本として残るのは京都国立博物館蔵の本巻と、五島美術館蔵の『白描絵料紙理趣経』(同じく国宝)の二巻のみである。他は断簡となって各所に分蔵されており、その一部は東京国立博物館にも収められている。

見どころ

下絵はゆっくり眺めるほどに味わいが深い。室内の場面は、見る者のために建物を開いて見せる手法で描かれている。屋根と上部の壁を取り払い、視線がそのまま室内へ落ちるように仕立てる。この技法を吹抜屋台(ふきぬきやたい)といい、やまと絵に特有の表現である。開かれた室内には平安装束の貴人が配され、女性の長い襲(かさね)の衣が床に広がり、男性は手に扇を持つ。

目鼻を欠いたその顔は、この巻に名を与えた偶然でありながら、人物に下絵と完成画のあいだで止まったような独特の浮遊感を与えている。そのすべての上を、経文の縦の列が走る。意味の上では何の関わりもない宮廷の情景の上に、聖なる文字が重ねて書かれている。聖と俗が一枚の料紙に同居するこの重なりこそ、本品の核心である。

下絵が語っていた物語が何であったかは、今も議論が続いている。『源氏物語』とする説、また姿を隠す不思議な衣をまとって人知れず行き来する主人公を描く『有明の別』とする説などが提出されてきた。料紙は本来の順序とは違うかたちでつなぎ合わされ、残る画面も多くはないため、内容を確定することは難しい。下絵はなお謎の一端を抱えたままである。

周辺情報と拝観

京都国立博物館は、市街東側の東山地区にある。長い列をなす千体の観音立像で知られる三十三間堂が通りを挟んで向かいに建ち、東山南部の寺々や坂道も歩いて回れる範囲にある。

紙に描かれた多くの脆弱な作品と同じく、目無経は常時公開されているわけではない。館の名品ギャラリーでの展示替えや、折々の特別展に登場し、ときに他館へ貸し出されることもある。実物の前に立とうとする場合は、訪れる前に開催中の展示情報を確認しておきたい。年間を通じて細部を見たい場合は、国のe国宝(e-Museum)データベースで高精細の画像を閲覧できる。

Q&A

Qなぜ「目無経」と呼ばれるのですか。
A経文の下に描かれた物語絵の人物が、目鼻を入れない未完のままで残されているためです。その特徴から、俗に「目無経(めなしきょう)」と通称されてきました。
Qこれは絵画ですか、それとも経典ですか。
Aその両方を兼ねています。物語絵巻の白描下絵の上に『金光明経』が書写されており、価値の中心が下絵にあるため、国宝としては書跡ではなく「絵画」として指定されています。
Q下絵にはどのような物語が描かれているのですか。
A貴族の邸内を舞台にした未完の物語絵です。『源氏物語』とする説や『有明の別』とする説がありますが、料紙が順不同につながれているため、内容は今も確定していません。
Q作品は常に見られますか。
A常設ではありません。光に弱い紙の作品のため、京都国立博物館の展示替えや特別展で期間を限って公開されます。事前に展示予定を確認するか、e国宝データベースで画像を閲覧してください。
Q関連する作品は他にありますか。
Aあります。同じ一具と考えられる『理趣経』一巻が、同じく国宝として東京の五島美術館に伝わるほか、東京国立博物館などにも断簡が残されています。

基本情報

指定名称白描絵料紙墨書金光明経〈巻第三〉(通称 目無経)
指定区分絵画(国宝)
時代・年代鎌倉時代 建久三年(1192)
員数1巻
品質・寸法紙本墨画 縦約25.0センチ/全長約827.0センチ(所蔵館による)
国宝指定年月日昭和28年(1953)11月14日
所有者独立行政法人国立文化財機構
所在地京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
公開状況常設展示ではなく、展示替えや特別展で期間を限って公開

参考資料

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/93
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149681
京都国立博物館 名品紹介
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/emaki/item01/
e国宝(国宝・重要文化財)
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100958

最終更新日: 2026.06.12