大平山西麓に広がる照葉樹の聖域 波波伎神社社叢
鳥取県倉吉市福庭、大平山の北西に延びる丘陵の南端に、伯耆国二宮と称される波波伎神社が鎮座する。境内および周囲の斜面をおおうのは、樹齢四百年を超えるスダジイの巨木群を主体とする照葉樹林である。胸高直径一・五メートル、樹高二十メートル以上に達する大樹が密生し、昭和九年(一九三四年)五月一日、国の天然記念物に指定された。
指定当時の解説には「しひノ純林ヨリ成リ目通幹囲六メートルニ達スルモノアリ樹上ニハふうらん、ていかかづら等ノ着生植物ヲ見ル」と記される。スダジイ巨樹が形成する社叢として、特に著しいものと評価された一帯である。
三段林叢を成す常緑広葉樹林
鳥居から境内へ進むと、高木層・亜高木層・中低木層が織りなす三段林叢の空間に入る。高木層の八割以上をスダジイが占め、その下層にタブノキ、クロキが混生する。中下層にはヤブツバキ、モチノキ、イヌビワ、ケヤキなどが生育し、薄暗い林床ではスダジイ、タブノキの幼樹・稚樹が次代を準備している。
この稚樹の充実こそが、当社叢の生態学的価値を示す重要な指標である。撹乱を受けずに極盛相を維持してきた証であり、山陰地方の暖帯照葉樹林の典型例として保全状況は良好と評価されている。倉吉市内に残る数少ない自然林として、近年は学術調査や地域の環境教育の場としても活用されている。
伯耆二宮としての歴史
波波伎神社は『延喜式』神名帳に登載される式内社で、伯耆国の旧二宮にあたる。創祀の時期は明らかでないが、社名「ハハキ」は「母来」に由来し、伯耆国の国号そのものと関わるとする説がある。主祭神は八重事代主命。大国主命の子で、国譲りに際して父神を諭し、青柴の巻籬に籠もったと社伝に記される。現在の槙ヶ木の地名はこれに由来すると伝わる。
合祀された神々として、天稚彦神、下照姫神、少彦名神、建御名方神、味耜高彦根命、市寸島比売命、多紀理毘売命、多岐都比売命が祀られる。現在の社殿は明治十年(一八七七年)の再建で、大正五年(一九一六年)には近隣の海田神社を合祀した。社家は伯耆国造の系譜を引く船越氏とされる。
もう一つ注目したい史料がある。平安期の医書『大同類聚方』には、当社が「伯耆薬」として吹出物・やけど・打ち身に効く薬を伝承していたと記される。処方そのものは失われたが、社叢の植物と地域医療のつながりを示す手がかりとして、現在も研究者の関心を集めている。
境内で目を向けたいもの
第一鳥居をくぐり石段を上る途中、参道脇のスダジイ巨木をぜひ見上げてほしい。樹皮には深い縦の裂け目が刻まれ、根張りは露出した地面を厚く覆う。樹冠が日差しを濾過するため、夏季でも参道は周囲より数度低い気温が保たれる。
季節ごとの見どころも多い。早春にはヤブツバキの紅花が暗い樹幹を背景に咲き、初夏にはタブノキの新芽が明るく芽吹く。晩秋から冬にかけては、樹上の着生植物テイカカズラの蔓が露わとなる。野鳥観察では、メジロ、ヤマガラ、アオゲラなどの森林性の鳥類が見られ、倉吉盆地内に残る照葉樹の極盛相林として、地域の生物多様性の核となっている。
社叢の中に眠る福庭古墳
社殿の背後、社叢の高まりの中に、県指定史跡の福庭古墳がひそんでいる。直径約三十五メートル、高さ約四メートルの円墳で、古墳時代後期の七世紀前半に築造されたとみられる。昭和三十一年(一九五六年)に鳥取県の史跡に指定された。
注目されるのは横穴式石室の精緻な造りである。全長九・五メートル、羨道は石室入口に向かって幅二・一メートルから二・七メートルへと広がる。玄室は大型の切石を立て、その上部に板石を内側にせり出すように積み上げ、最上部に一枚岩の天井石を架構する。山陰地方でも整美な部類に入る石室で、大正期には京都帝国大学の梅原末治によって測量調査が行われた。社殿の基礎に使われている大きな板石は古墳の蓋石を転用したものではないかとする説もある。
周辺の見どころとアクセス
波波伎神社から南へ約一キロの距離に、白壁土蔵群で知られる打吹玉川地区が広がる。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたこの一帯では、近世から明治期の商家や酒蔵が現在も街並みを形成し、古民家を活用したカフェやギャラリー、小規模な博物館が点在する。倉吉博物館や赤瓦の倉庫群も徒歩圏内にあり、社叢散策と合わせて半日の周遊にちょうどよい。南方には大山が遠望できる日もあり、山陰の自然と歴史を一度に体感できる立地である。
Q&A
- 参拝・見学に適した季節はいつですか。
- 常緑樹林のため通年で訪問可能ですが、ヤブツバキが咲く二月から三月、新緑の五月、周辺の落葉樹と対比される十一月が特に印象的です。樹冠が日射を遮るため夏でも比較的涼しく、真夏の散策にも向いています。
- 拝観料や開門時間はありますか。
- 境内および社叢は無料で公開されています。明確な開閉門時間は設けられていませんが、参拝は日中の明るい時間帯が安全です。樹木や着生植物に触れたり採取したりすることは禁じられています。
- 倉吉駅からのアクセス方法を教えてください。
- 倉吉駅から市内線バスで約十分、「倉吉バスセンター」下車、徒歩約九分です。徒歩でも駅から約一キロ、十五分から二十分ほどで到着します。自家用車の場合は神社近くに参拝者用の駐車スペースがあります。
- 福庭古墳の石室には入れますか。
- 石室の開口部は社叢内にあり、外部からの見学が可能です。内部には照明がないため、懐中電灯やスマートフォンのライトを携行すると安全に観察できます。神域内に位置するため、静粛な参観を心がけてください。
- スダジイとはどのような樹木ですか。
- スダジイ(Castanopsis sieboldii)はブナ科の常緑広葉樹で、西南日本の照葉樹林を代表する高木です。秋に小ぶりな食用の堅果をつけます。当地のスダジイは樹齢四百年を超えると推定され、胸高直径一・五メートルを超える個体が複数密生しています。
基本情報
| 名称 | 波波伎神社社叢(ははきじんじゃしゃそう) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和9年(1934)5月1日 |
| 指定基準 | (一)名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢 |
| 所在地 | 鳥取県倉吉市福庭 |
| 主要樹種 | スダジイ、タブノキ、クロキ、ヤブツバキ、モチノキ、イヌビワ、ケヤキ |
| 着生植物 | フウラン、テイカカズラ |
| 推定樹齢 | 主要なスダジイで400年以上 |
| 規模 | 胸高直径1.5m、樹高20m以上の個体が密生 |
| アクセス | 倉吉駅から市内線バスで約10分、「倉吉バスセンター」下車徒歩約9分。または駅から徒歩で約1キロ |
| 公開状況 | 公開(無料、参拝自由) |
| 関連史跡 | 福庭古墳(鳥取県指定史跡、昭和31年指定) |
参考資料
- 国指定文化財等データベース「波波伎神社社叢」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2112
- 文化遺産オンライン「波波伎神社社叢」
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/139074
- とっとり文化財ナビ「波波伎神社社叢」(鳥取県)
- http://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/6C7C50CD50A82DB44925796F0007FD32
- 倉吉市公式ウェブサイト「上北条・上井・西郷地区の文化財」
- https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4284.htm
最終更新日: 2026.05.27