谷を越えて移された家
旧嶋家住宅(旧所在 富山県婦負郡細入村)は、富山県中新川郡立山町芦峅寺にある江戸後期・十八世紀の民家で、昭和46年(1971年)3月11日に国の重要文化財(建造物)に指定された。桁行13.7メートル、梁間10.1メートル、切妻造で、北面に板葺の庇が付く。
ただし、この場所に建てられた家ではない。もとは婦負郡細入村片掛、富山から高山へ通じる旧飛騨街道沿い、猪谷関所に近い集落にあった。細入村は平成17年(2005年)に富山市へ編入されている。昭和44年(1969年)の富山県による民家緊急調査で重要文化財の候補に挙げられ、県への寄贈を経て解体移築された。工事は昭和46年10月に着工し、翌47年3月に竣工、総工費はおよそ1000万円と伝えられる。指定はその工程の途中、昭和46年3月に行われた。
移された先は、富山県[立山博物館]の敷地である。立山登拝の基地として栄えた芦峅寺の集落一帯、約13ヘクタールに施設が点在する広域分散型の博物館で、この住宅は「遊界ゾーン」と呼ばれる区画に、まんだら遊苑や宿坊建築の善道坊、旧有馬家住宅と並んで建っている。
外は町屋、中は農家
文化庁の解説文は、一見町家らしい外観をみせる、という書き出しで始まる。その印象を作っているのは三つの要素だ。まず両妻に立ち上がる袖壁で、商家町の防火壁であるうだつに似た形をとる。次に正面の建具で、板戸二枚の内側に障子一枚を引き違いに立て、さらに蔀(しとみ)、つまり跳ね上げて吊る戸が設けられている。そして出桁で受けた板葺の軒が正面を横切る。
いずれも平野部の一般的な農家の構えではない。街道の往来に向き合う建物の構えである。
戸を入ると論理が反転する。広い土間が奥へ延び、右手に板の間の「かって」、続いて「広間」が開ける。この間取りは、富山県の民家研究が区別してきた二つの類型、すなわち山間部の「ヒロマ」型と平野部の「ツノヤ」型の中間にあたる。指定の記録はこの中間性そのものを評価の核に据えている。山地の街道筋という条件が生んだ形の標本であり、その代表例として国の指定を受けた。
屋根もこの読み方を裏づける。勾配は目に見えて緩く、県の解説は南に山を隔てた飛騨の影響としている。仕上げは板を葺いて石を並べ置いたものである。ただしここで資料が分かれる。文化庁データベースの構造欄は「こけら葺」と記し、北面庇を「板葺」とするが、立山博物館・県の文化遺産データベース・地元の記述はいずれも石置きの板屋根と説明している。一次資料と現地の見え方の間にこの差があることは、あらかじめ承知しておくとよい。実際に葺き替えが重ねられてきたのは石置板葺の屋根である。
令和7年の修理完了と、無料で入れること
屋根の葺き替えは十年ほどの間隔で行われてきたが、平成15年(2003年)を最後に途絶えた。令和3年度(2021年度)に雨漏りの被害が悪化し、耐震診断が実施される。文化庁の補助事業として、葺き替え、土壁の塗り直し、そして外観に配慮した耐震補強が進められ、令和7年(2025年)8月30日から観覧が再開された。
設計監理を担当した職藝学院学院長の上野幸夫氏は、修理後に、継ぎ目のない一本の材から取った棟持柱が使われている点を指摘している。県内では重要文化財の山小屋・立山室堂など数例にしか残らない中世的な手法だという。理由の説明は端的だった。重く湿った雪が降る土地では、それだけ強い骨組みが要る。
観覧は無料である。善道坊、旧有馬家住宅、教算坊、かもしか園も同様に無料で、有料なのは展示館(一般300円)とまんだら遊苑(一般400円)などの施設となる。屋外施設は12月から3月まで冬季休館。加えて11月頃から4月頃までは雪囲いや積雪で見学できない場合がある。訪ねるなら晩春から秋にかけてが確実である。
もう一点、注意しておきたいことがある。令和7年(2025年)10月にまんだら遊苑でツキノワグマが目撃され、県はこの住宅を含む屋外施設を令和8年(2026年)3月31日まで休館とした。その期間はすでに過ぎているが、この種の事情は再び起こりうる。出発前に博物館の公式サイトで最新の状況を確認してほしい。
行き方には少し段取りが要る。富山地方鉄道立山線の千垣駅から徒歩約2キロメートル。日曜日を除いて千垣駅前から町営バスが出ており、雄山神社前で降りる。車ならJR富山駅から約45分、北陸自動車道立山インターチェンジから約30分。なお、この敷地は平成21年(2009年)公開の映画『劔岳 点の記』のロケ地としても使われている。
Q&A
- 旧嶋家住宅はどこにありますか。観覧料はかかりますか。
- 富山県中新川郡立山町芦峅寺にある富山県[立山博物館]の屋外「遊界ゾーン」に建っています。観覧は無料です。同じ博物館でも展示館は一般300円、まんだら遊苑は一般400円と、有料の施設は別扱いになります。
- 旧嶋家住宅はいつ見学できますか。休館する期間はありますか。
- 屋外施設のため12月から3月までは冬季休館です。さらに11月頃から4月頃までは雪囲いや積雪で見学できないことがあります。晩春から秋が確実で、臨時休館の情報は博物館の公式サイトに掲載されます。
- 旧嶋家住宅はなぜ細入村から移築されたのですか。
- 昭和44年(1969年)の富山県による民家緊急調査で重要文化財の候補とされたことがきっかけです。県に寄贈されたのち、保存のため昭和46年10月から翌47年3月にかけて芦峅寺へ解体移築されました。
- 旧嶋家住宅の建築上の価値はどこにありますか。
- 間取りが富山県山間部の「ヒロマ」型と平野部の「ツノヤ」型の中間にあたり、山地の街道筋の民家の典型例とされる点です。外観にうだつ風の袖壁や蔀といった町屋の要素を取り入れていることも特徴です。
- 旧嶋家住宅へは公共交通機関でどう行きますか。
- 富山地方鉄道立山線の千垣駅から徒歩約2キロメートルです。日曜日を除き千垣駅前から町営バスがあり、雄山神社前で下車します。車ではJR富山駅から約45分、北陸自動車道立山インターチェンジから約30分です。
基本情報
| 名称 | 旧嶋家住宅(旧所在 富山県婦負郡細入村)/文化庁のふりがなは「しまけじゅうたく」。とやまの文化遺産では「旧嶋家住宅(旧所在富山片掛)」と表記 |
|---|---|
| 所在地 | 富山県中新川郡立山町芦峅寺古屋敷37番地(富山県[立山博物館]敷地内) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01788/種別「近世以前・民家」 |
| 指定年 | 昭和46年(1971年)3月11日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行13.7メートル、梁間10.1メートル、切妻造、北面庇付/屋根は文化庁記録で「こけら葺」、現地では石置きの板葺 |
| 所有者 | 富山県 |
| 公開状況 | 観覧無料。12月から3月は冬季休館。11月頃から4月頃は雪囲い・積雪で見学できない場合あり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 旧嶋家住宅(旧所在 富山県婦負郡細入村)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/740
- 富山県[立山博物館] — 遊界ゾーン 施設紹介
- https://tatehaku.jp/facility/yukai/
- 富山県[立山博物館] — ご利用案内・観覧料
- https://tatehaku.jp/user-guide/
- とやまの文化遺産 — 旧嶋家住宅(旧所在富山片掛)
- https://toyama-bunkaisan.jp/search/1533/
- とやま学遊ネット — 旧嶋家住宅(旧所在富山市片掛)
- https://www.tkc.pref.toyama.jp/search/stdydtl.aspx?stdycd=00083755
最終更新日: 2026.08.24