梵字真言をめぐらせた金剛三昧院の銅鐘

多くの梵鐘は音で記憶される。金剛三昧院の銅鐘は、その表面の文字で記憶される鐘である。鐘身には承元四年(1210年)十一月の鋳造を記す銘があり、高さは竜頭まで含めて95.8センチメートル。一メートルにわずかに足りない、引き締まった姿をしている。

金剛三昧院は和歌山県伊都郡高野町、真言密教の中心地である高野山の南寄り、小田原通りから一筋入った静かな一画にある。寺の創建は建暦元年(1211年)。鎌倉幕府初代将軍源頼朝の菩提を弔うため、その妻である北条政子が発願した。以後は鎌倉幕府将軍家と縁の深い寺院として歩んできた。鐘に刻まれた承元四年は、この創建のちょうど前年にあたる。鐘がいつどのような経緯でこの寺に懸かることになったのかは、記録に残されていない。

指定の理由と価値

この鐘を際立たせているのは、表面いっぱいの銘記である。撞座と簡素な帯で構成される通常の梵鐘とは異なり、鐘身を釈迦・薬師・阿弥陀三尊・地蔵・不動といった諸尊の名号がめぐり、さらに九種の梵字が添えられている。梵字は密教において尊格とその真言を表す文字で、鐘の各所に配されている。

真言を梵字で銘記した梵鐘は数が少ない。文字はあとから刻んだものではなく鋳出しによるもので、八百年を経た今も鮮明に読み取れる。そのため、この鐘は造形としてだけでなく金石文の資料として価値が高く、鎌倉時代初期の真言密教の実践を探る手がかりにもなっている。大正十四年(1925年)八月二十五日、重要文化財に指定された。

見どころ

鐘は文政年間(1818〜1831年)に再建された鐘楼門に懸かる。門の横額には「毘張尊」とある。毘張尊は、高野山を火災から護ったと伝わる天狗の名である。現在この鐘は撞かれておらず、訪れる人は音ではなく姿を見ることになる。鐘楼の周囲をゆっくり一巡りすると、低く浮き出た梵字や名号が帯ごとに視界へ入ってくる。

境内で時間をかける価値は十分にある。金剛三昧院は世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のうち、高野山の塔頭寺院として唯一選ばれた寺である。境内には貞応二年(1223年)建立の多宝塔があり、現存する多宝塔のなかでも古い遺構として国宝に指定されている。晩春には樹齢を重ねたシャクナゲが境内を彩る。なお当院は宿坊として今も機能しており、境内は主に宿泊者と先祖供養の参拝者に開かれている。拝観の可否や特別公開の有無は、訪れる前に確認しておきたい。

Q&A

Qいつ造られた鐘ですか。
A鐘自体の銘に承元四年十一月とあり、西暦1210年、鎌倉時代の鋳造にあたります。
Q何が刻まれているのですか。
A釈迦・薬師・阿弥陀三尊・地蔵・不動の名号と、真言を表す九種の梵字が鋳出されています。こうした銘記をもつ梵鐘は珍しいものです。
Q鐘の音を聞くことはできますか。
Aできません。保存のため現在は撞かれておらず、鐘楼門で姿を見学する形になります。
Qどこにありますか。
A和歌山県伊都郡高野町高野山、金剛三昧院の鐘楼門に懸かっています。高野山の南寄りに位置します。
Q高野山へはどう行きますか。
A大阪から南海高野線で極楽橋へ、ケーブルカーで高野山駅へ上がり、南海りんかんバスで山内へ。金剛三昧院は千手院橋バス停から徒歩圏です。

基本情報

名称銅鐘〈承元四年十一月日鋳之ノ銘アリ〉
所在地和歌山県伊都郡高野町高野山 金剛三昧院
指定区分重要文化財(大正14年〈1925年〉8月25日指定)
種別工芸品
員数1口
寸法高さ95.8センチメートル(竜頭共)
時代鎌倉時代・承元四年(1210年)銘
所有者宗教法人金剛三昧院
公開状況鐘楼門に懸かる。現在は撞かれていない。境内は主に宿泊者・供養参拝者に公開。事前確認を推奨。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5441
金剛三昧院 公式サイト
https://www.kongosanmaiin.or.jp/
和歌山県世界遺産センター 金剛三昧院地区
https://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/koyasan/kongozanmai-in.html

最終更新日: 2026.06.22