堀河屋又兵衛家住宅主屋 ― 御坊の名の由来となった別院裏の町家

堀河屋野村の醸造所から少し離れた御坊の一角に、堀河屋の家筋に連なる低い町家が建っている。又兵衛家の主屋である。本願寺日高別院、地元で日高御坊と呼ばれ、御坊という地名のもととなったこの寺の周りに発達した、古い寺内町の中心部に位置する。家は別院裏の通りに西面し、本瓦を葺く。軒先には、当地でオダレと呼ぶ幕板が掛かる。町並みに独特の表情を与える、地方的な特色である。

平屋一部二階建で、建築面積はおよそ189平方メートル。正面には出格子が立ち、内部は前後二列、後列の北を座敷とする。建ちが低く、均衡も古風で、年代の古さを示している。江戸末期の建築で、昭和前期に改修された。

登録の理由と価値

又兵衛家主屋は、平成26年(2014年)10月7日に登録有形文化財となった。土蔵および堀河屋野村の五棟と合わせた計七棟が、御坊市で初の国登録有形文化財となった。登録は、地域の歴史的性格を形づくる建造物を、届出制を基本にゆるやかに守る段階であり、重要文化財や国宝の指定とは異なる。

その価値は、町並みを構成する建物である点にある。低い軒、出格子、そして何よりオダレの幕板は地方的な特色であり、今も寺内町として読み取れる環境のなかにこの家が建っている。突出するのではなく、周囲になじむことで役割を果たし、別院裏の通りが代々保ってきた尺度と質感を支えている。

訪れて気づくこと

御坊は寺内町、すなわち浄土真宗の寺の庇護のもとに形づくられた町として発達した。日高別院は十六世紀後半にこの地に営まれ、その周りに集まった商家や職人の家が、町に今日まで続く形を与えた。堀河屋の名はこの共同体を貫いている。野村の醸造所に連なる家は、別院の建立に関わったと伝わり、又兵衛家もまた同じ名を寺内町の中心に掲げている。

これは個人の住宅であるため、建物は通りから眺めて味わうものであり、中に入ることはできない。別院裏の小路を歩き、軒下のオダレと正面の出格子を見上げてほしい。通り沿いに繰り返されるこれらの小さな要素が、古い町に律動を与えている。近くの日高別院、そして少し離れた堀河屋野村の店舗と合わせて巡れば、信仰と商い、手仕事がこの和歌山の一角をどう形づくったかが、より深く見えてくる。

Q&A

Q又兵衛家は堀河屋野村と同じですか。
A堀河屋の名を共有し、2014年に一括して登録された別々の物件です。野村は現役の醸造所、又兵衛家は寺内町中心部の町家です。
Qオダレとは何ですか。
A正面の軒下に設ける幕板を指す当地の呼び名で、御坊のこの一帯の家屋に見られる地方的な特色です。
Q中に入れますか。
Aいいえ。個人の住宅です。通りから眺め、住む方の私生活への配慮をお願いします。
Q寺内町とは何ですか。
A浄土真宗の寺の庇護のもとに発達した町のことです。御坊は日高別院の周りに形づくられ、その別院が市名の由来となりました。
Qいつ頃の建物ですか。
A江戸末期の建築で、昭和前期(1926〜1945年)に改修されています。

基本情報

名称堀河屋又兵衛家住宅主屋(ほりかわやまたべえけじゅうたくしゅおく)
所在地和歌山県御坊市御坊85
指定区分登録有形文化財(建造物)/2014年10月7日登録/登録番号 30-0192
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
構造及び形式木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積約189㎡
年代江戸末期/昭和前期改修(1926〜1945年)
公開状況個人の住宅。通りからの外観見学のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)堀河屋又兵衛家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010225
文化遺産オンライン(国立文化財機構)詳細232838
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/232838
日高新報「御坊の堀河屋が国の有形文化財に」
https://hidakashimpo.co.jp/?p=24518

最終更新日: 2026.06.25