法蔵寺の鐘楼
和歌山県有田郡広川町、海に近い静かな町に建つ法蔵寺の鐘楼は、桁行三間・梁間二間の規模をもつ。下層は白い漆喰の腰壁が裾に向かって広がり、その形が袴に似ることから袴腰と呼ばれる。袴腰そのものは多くの寺院鐘楼に見られる形だが、この建物が珍しいのは屋根のほうである。鐘楼の屋根は入母屋造が通例であるのに対し、ここでは四方に傾斜をもつ寄棟造とし、本瓦で葺いている。同種の鐘楼ではほとんど例がなく、古くから建築史の上で注目されてきた。
所有するのは浄土宗西山派の寺院・法蔵寺。鐘楼は昭和22年(1947)2月26日に重要文化財に指定された。
三度移された鐘楼
法蔵寺は永享8年(1436)、明秀上人によって開かれた。室町時代には紀州南部の浄土宗の中心寺院として栄え、二十五か所の末寺を擁したと伝わる。
ただし鐘楼そのものは、寺がこの地に構える以前から存在し、回り道を経て今の場所にたどり着いた。寺伝によれば、もとは湯浅の勝楽寺にあったという。元禄8年(1695)に解体されて近くの広八幡神社へ移築され、明治の神仏分離に際してさらに法蔵寺へと移された。三度の移動を経て、現在ここに落ち着いている。
建立の正確な年代は分かっていない。棟札のような確かな記録が残らないため、組物や軒まわりの手法から年代が推し量られてきた。その結果、室町中期、おおむね1393年から1466年の間を降らないものと考えられている。
指定の理由
建物は唐様(禅宗様)の形式による。禅宗とともに中国から伝わった建築の流れで、中世の寺院建築を大きく方向づけた様式である。組物や軒の処理に見るべき点が多く、解説でもまずそこに目を向けるよう促している。
より特徴的なのは寄棟造の屋根だ。この時代の鐘楼であれば、両端に三角形の妻飾りを置ける入母屋造とするのが普通である。それを単純な寄棟造でまとめたために、指定建造物のなかでも類例の乏しい姿が生まれた。中世の木組みの確かさと、この屋根形式の珍しさが、重要文化財としての価値を支えている。
鐘が鳴らされた夜
この鐘楼には、建築とは別の歴史がもう一つ重なっている。安政元年(1854)の暮れ、安政南海地震が起き、その翌日、津波が広村に押し寄せた。村の商人・濱口梧陵は、暗闇のなかで逃げ道を見失う人が出ることを案じ、高台の田に積んであった稲むらに火を放った。炎を目印に人々が高所へ向かえるようにしたのである。多くの命を救ったこの行いは、のちに「稲むらの火」として語り継がれた。
当時この鐘楼は広八幡神社にあり、その鐘が津波の接近を村人に知らせるために撞かれたと伝わる。法蔵寺は被災者の避難所にもなり、提供した貯蔵米を収めていた蔵が今も境内に残る。広川町のこうした歩みは、日本遺産「百世の安堵」の物語のなかに位置づけられている。
訪ねるために、そして周辺
広川町へはJRきのくに線が通り、広川ビーチ駅や湯浅駅が最寄りとなる。和歌山市から南へ向かう道すがら、無理なく立ち寄れる位置にある。鐘楼は境内に建ち、外からの拝観が中心となる。白い袴腰と濃い瓦屋根の対比は、外観からこそよく見て取れる。
歩いてすぐの場所には、濱口梧陵が安政の津波の後に私財を投じて築いた広村堤防が延びる。近くの稲むらの火の館では、津波と救援の経緯がくわしく紹介されている。鐘楼のかつての所在地である広八幡神社にも指定建造物が残り、北へ少し足を延ばせば、醤油醸造で知られ重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた湯浅の町並みがある。
Q&A
- 建築として、どこが珍しいのですか。
- 屋根の形です。室町時代の鐘楼はほとんどが入母屋造ですが、この建物は寄棟造で、指定された鐘楼のなかでも類例がわずかしかありません。
- 鐘楼はずっと法蔵寺にあったのですか。
- いいえ。寺伝では湯浅の勝楽寺から始まり、元禄8年(1695)に広八幡神社へ移され、明治の神仏分離の際に法蔵寺へ移ったとされます。
- いつ建てられたのですか。
- 建立の記録は残っていません。組物や軒の手法から、室町中期、およそ1393年から1466年を降らないと判断されています。
- 「稲むらの火」とどう関わるのですか。
- この鐘楼はかつて広八幡神社にあり、安政元年(1854)の津波の際、その鐘が村人への警告に撞かれたと伝わります。濱口梧陵が稲むらに火を放って人々を高台へ導いたのと同じ災害です。
- 建物の中に入れますか。
- 拝観は境内からの外観が中心です。内部の公開はありませんが、袴腰のついた下層を含め、境内からその姿をよく見ることができます。
基本データ
| 名称 | 法蔵寺鐘楼(ほうぞうじしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県有田郡広川町大字上中野 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和22年〔1947〕2月26日指定) |
| 員数 | 1棟 |
| 時代 | 室町中期(およそ1393〜1466年) |
| 構造 | 桁行三間、梁間二間、袴腰付、寄棟造、本瓦葺 |
| 所有者 | 法蔵寺 |
| アクセス | JRきのくに線 広川ビーチ駅または湯浅駅 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「法蔵寺鐘楼」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2905
- 広川町教育委員会「法蔵寺(鐘楼)(国指定重要文化財)」
- https://www.town.hirogawa.wakayama.jp/kyouiku/rekishibunka/houzouji.html
- 日本遺産「百世の安堵」 法蔵寺
- https://hyakusei-no-ando.com/heritage/法蔵寺/
最終更新日: 2026.06.05