王朝の優雅と武の鋼が出会う二口の太刀
和歌山県北部、かつらぎの山あいに鎮座する丹生都比売神社は、その宝物のなかに、二口一具で重要文化財に指定された太刀を伝えている。兵庫鎖太刀である。その名は、外装のもっとも特徴的な部分を指している。腰から太刀を吊るす帯取に、革や組紐ではなく、細かな鎖を用いた。これを兵庫鎖と呼び、その堅牢さが重んじられた。
これは、武器が同時に身分と趣味をあらわした時代の太刀である。刃を下に向けて腰から佩き、馬上での戦いを想定して吊るされながら、金具には宮廷の調度のような洗練が施された。鍍金や鍍銀の金具、透彫の紋、彫り出された文様が、戦いの道具を、佩く者がいかなる者であるかを示す表象へと変えている。丹生都比売神社の二口は、この緊張をそのまま宿す。武人の装備が、貴族の眼によって仕上げられているのである。
鎌倉の世を席巻した様式
兵庫鎖太刀は平安時代後期から鎌倉時代にかけて流行し、公家にも武家にも佩かれ、のちには社寺への奉納用としても造られた。その多くは金具に大ぶりの牡丹文をあしらっており、この意匠は鎌倉の世を席巻した。外装の大部分が金属であるため、革を巻いた太刀がとうに朽ちたなかでも、わずかながら現存するものがある。それでもなお、完存する一具は数少ない。
牡丹文を施した優れた現存例のうち、広島の厳島神社に三口、ここ和歌山の丹生都比売神社に二口、島根の須佐神社に一口があり、いずれも重要文化財に指定されている。この短い一覧に照らすと、丹生都比売神社の二口は確かな重みを帯びてくる。それは孤立した珍品ではなく、この様式が最盛期にどのような姿であったかを定める、名のある小さな一群の一部なのである。
元寇に結びつく奉納
神社の伝えは、この太刀を国家の危機の一時期に結びつける。十三世紀後半、モンゴルの艦隊は二度にわたって日本への侵攻を試み、国の守りを祈る願いが各地の社にあがった。正応六年(一二九三)の太政官牒写には鎌倉幕府が奉納した御剣が記されており、丹生都比売神社の太刀もそうした奉納の一つに数えられると伝わる。この結びつきは確証というより神社の伝えに拠るものであり、文献の裏づけをもつ伝承として受けとめるのがよい。
丹生都比売神社そのものが、高野山の物語の根にある。祭神の丹生明神と高野明神は霊山の守り神であり、伝説では、僧空海を道場開創の地へ導いたのが高野明神であったとされる。長きにわたって、この社と高野山は一体のものとして運営され、両者を分けたのは明治の神仏分離の政策にほかならない。社もまた高野山と同じく、紀伊山地を対象とする世界遺産の構成資産である。二口の太刀はともに、明治三十年(一八九七)十二月に重要文化財に指定された。
みどころ、そしてどこで見るか
旅立つ前に知っておきたいのは、この二口の太刀が神社で展示されているのではなく、東京国立博物館に寄託されているという点である。展示の有無は同館の展示替えによって変わるため、見たい場合は事前に同館のスケジュールを確認することが欠かせない。
和歌山の社では、ほかの宝物が訪問に応えてくれる。丹生都比売神社には、この二口とは別に国宝に指定された太刀の拵があり、また往時の輝きを伝える復元品も収められている。いまでこそ年月を経て黒ずんでいるが、鍍銀の表面はかつて白銀の地をなし、金の装飾を引き立てていた。牡丹文を施した兵庫鎖太刀そのものを実見したいなら、厳島神社の同類の作例が、もっとも訪ねやすい比較の手がかりとなる。この太刀を理解するとは、二つの位相で同時に読みとることである。佩いて抜くために造られた武具として、そして祈りに捧げられた品として。その戦いの用は、信仰のなかに溶けてゆく。
Q&A
- 「兵庫鎖太刀」とはどんな太刀ですか。
- 名は帯取に由来します。革や組紐の代わりに、兵庫鎖と呼ばれる細かな鎖で太刀を腰から吊るすものです。平安時代後期から鎌倉時代に流行しました。
- 二口の太刀は神社で見られますか。
- いいえ。二口とも東京国立博物館に寄託されています。展示の有無は同館の展示替えによって変わりますので、訪問前にスケジュールをご確認ください。
- 本当に元寇のときに奉納されたのですか。
- 正応六年(一二九三)の太政官牒写に裏づけられた神社の伝えでは、鎌倉幕府がその危機に際してこうした太刀を奉納したとされます。確定した事実ではなく、文献の裏づけをもつ伝承として受けとめてください。
- この種の太刀はほかにどこで見られますか。
- 牡丹文を施した優れた作例が、広島の厳島神社に三口、丹生都比売神社に二口、島根の須佐神社に一口残り、いずれも重要文化財です。
- 神社と高野山のつながりは何ですか。
- 祭神は高野山の守り神であり、伝説ではそのうちの一柱が空海を山へ導いたとされます。社と高野山は、明治の神仏分離まで一体として運営されていました。
基本情報
| 名称 | 兵庫鎖太刀 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 丹生都比売神社 |
| 指定区分 | 重要文化財(明治三十年〔一八九七〕十二月二十八日指定) |
| 員数 | 二口 |
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 所有者 | 丹生都比売神社 |
| 公開状況 | 東京国立博物館に寄託。展示の有無は同館の展示替えによる。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6325
- 丹生都比売神社「ご神宝」
- https://niutsuhime.or.jp/about/shahou/
最終更新日: 2026.06.23