興国寺とは

興国寺(こうこくじ)は、和歌山県日高郡由良町門前にある臨済宗の寺院で、安貞元年(1227年)に創建された西方寺を前身とし、法堂・坐禅堂・開山堂・方丈・大門の5棟が令和7年(2025年)8月6日に登録有形文化財となった。山号は鷲峰山(しゅうほうざん)。古くから「関南第一禅林」と称され、地元では開山(かいさん)の通称で親しまれている。

境内は由良町の山あいにあり、南から北へ細長く延びる。参道の入口から最奥の開山堂まで、主要な堂が1本の軸線上に並ぶのが興国寺の伽藍の特徴である。

西方寺から興国寺へ

和歌山県の「わかやま歴史物語」によると、興国寺の始まりは鎌倉幕府3代将軍源実朝の死にさかのぼる。実朝の家臣だった葛山景倫(かずらやまかげとも)は、宋へ渡る船を博多で待つ間に建保7年(1219年)の実朝暗殺を知り、渡航をやめて出家し、願性(がんしょう)と名乗った。実朝の母北条政子は願性に由良荘の地頭職を与え、願性は安貞元年(1227年)、実朝の菩提を弔う寺としてこの地に西方寺を建てた。

その後、西方寺は宋で禅を修めて帰国した僧覚心(かくしん)を開山に迎え、臨済禅の寺に改まる。覚心はのちに法燈国師(ほっとうこくし)の号を受けた人物である。由良町観光協会は、興国元年(1340年)の頃に後村上天皇から興国寺の寺号を受け、最盛期には末寺143か寺を抱える法燈派の大本山として栄えたと説明している。覚心が宋から径山寺(金山寺)味噌の製法を持ち帰り、その製造の過程から醤油が生まれたとも伝わる。

天正13年(1585年)、羽柴秀吉の紀州攻めで興国寺の堂塔の大半は焼失した。歴史物語は、法堂などが慶長6年(1601年)に紀州藩主浅野幸長によって再建されたと紹介している。一方、文化庁のデータベースは現在の法堂を寛政9年(1797年)の建築としており、登録された5棟の年代は元禄11年(1698年)から昭和13年(1938年)にわたる。近世を通じて伽藍が段階的に整え直されてきたことが、各棟の年代から読み取れる。

焼失した伽藍を赤城山の大天狗が一夜で建て直したという伝説も残る。境内の天狗堂には、この大天狗への感謝を込めた長さ2.4メートル、幅2.7メートルの天狗面が祀られている。

5棟の登録と年代

興国寺の5棟は、令和7年(2025年)8月6日にそろって登録有形文化財となった。登録番号は30-0406から30-0410までの連番である。由良町の文化財一覧を見ると、町内の登録有形文化財(建造物)はこの5棟だけで、興国寺が町で最初の例になった。

文化庁のデータベースが示す各棟の年代と登録基準は次のとおりである。

  • 法堂:寛政9年(1797年)。造形の規範となっているもの
  • 坐禅堂:江戸後期、江戸末期に増築、昭和59年(1984年)改修。国土の歴史的景観に寄与しているもの
  • 開山堂:文政6年(1823年)頃。造形の規範となっているもの
  • 方丈:元禄11年(1698年)、天保9年(1838年)増築。造形の規範となっているもの
  • 大門:昭和13年(1938年)、平成9年(1997年)移築。造形の規範となっているもの

文化庁の答申資料は、法堂の北に坐禅堂と開山堂を中軸線上に並べ、法堂の東に方丈、参道入口に大門を置く配置を、この寺の伽藍の骨格として挙げている。5棟は個別の登録だが、軸線に沿った禅宗寺院らしい景観をまとめて伝える点に、そろって登録された意味がある。

境内の配置と歩く順序

興国寺を訪れると、最初に出会うのが伽藍の南端、参道の入口に南面して建つ大門である。総ケヤキ造の四脚門で、平成9年(1997年)に南へ約400メートル離れた場所から現在地へ移された。

大門から北へ参道を250メートルほど進むと、境内の中心に法堂が南面して建つ。二重の屋根に唐破風と千鳥破風を重ねた姿が、参道の正面に大きく見える。法堂の北には坐禅堂が同じく南を向いて建ち、さらに北の高台に開山堂がある。開山堂は坐禅堂の北から上る登り廊でつながっている。

方丈は法堂の東側に西を向いて建ち、庫裏と並ぶ。法堂の前で右手を見ると、方丈の唐破風の玄関が目に入る。

大門から参道を北へ歩いて法堂の正面に立ち、東の方丈を見てから法堂の脇を抜けて坐禅堂、開山堂の順に上っていくと、5棟を軸線の順にたどれる。天狗堂も境内にある。

見学と行き方

興国寺の境内は自由に歩くことができ、和歌山県の歴史物語は拝観の時間を日の出から日没まで、境内は無料と案内している。5棟の外観はいずれも境内から見られる。一方で、堂内を常時公開するという案内は見当たらない。堂内の拝観や撮影を望む場合は、事前に興国寺(電話0738-65-0154)へ問い合わせたい。

年中行事としては、1月の成人の日の天狗まつりと、8月15日の盂蘭盆会に行われる灯籠焼(火祭り)が知られる。灯籠焼は和歌山県の無形民俗文化財になっている。行事の日は境内が混み合う。

鉄道ではJRきのくに線の紀伊由良駅が最寄りで、由良町観光協会と和歌山県公式観光サイトによれば駅から約1.1キロメートル、徒歩約15分である。車の場合、歴史物語は湯浅御坊道路の広川インターチェンジから約15分としている。駐車場について、観光協会は約10台と案内している。

参考文献

国指定文化財等データベース 興国寺法堂(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015498
国指定文化財等データベース 興国寺坐禅堂(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015499
国指定文化財等データベース 興国寺開山堂(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015500
国指定文化財等データベース 興国寺方丈(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015501
国指定文化財等データベース 興国寺大門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015502
文化遺産オンライン 和歌山県・日高郡由良町
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/30/30383
文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和7年3月21日(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94187801.html
答申資料 別紙(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94187801_01.pdf
法燈国師(覚心)が創建した名刹 興国寺(わかやま歴史物語)
https://wakayama-rekishi100.jp/story/043.html
興国寺(和歌山県公式観光サイト)
https://www.wakayama-kanko.or.jp/spots/detail_585.html
興国寺(由良町観光協会)
https://yura-wakayama-kanko.jp/koukokuzi

最終更新日: 2026.09.27

基本情報

名称興国寺
所在地和歌山県日高郡由良町大字門前字三光坪801-7
所有者宗教法人興國寺
指定登録有形文化財 5件
座標33.97690, 135.12542