大きな文字で写された法華経に、学僧みずからが訓点を加えた一具
法華経は古来、八巻一具として書写されてきた。和歌山県の高野山・竜光院に伝わるこの一具は、奈良時代の通常の写経よりもはるかに大きな文字で書かれており、八巻のうち七巻が現存する。第三巻は長い伝来のなかで失われた。文字を大書きした奈良時代の写経が、これだけまとまって残っていること自体が貴重である。
けれども本品が国宝に位置づけられる理由は、本文が書かれてからおよそ三百年を経て加えられた、もうひとつの層にある。十一世紀の末から十二世紀の初めにかけて、高野山の学僧・明算がこの巻々を読み進め、読み下しのための訓点を自ら書き入れた。その加点によって、古い経典は別の価値を帯びることになった。名の知れた一人の学者が、漢文の経典をどう読み解いたかを示す、年代の手がかりを伴う資料である。
奈良時代の写経、しかも大字
法華経(妙法蓮華経)は、東アジア仏教のなかでもとりわけ重んじられてきた経典である。奈良時代の日本では滅罪と鎮護国家の経として尊ばれ、これを書写すること自体に功徳があると考えられた。聖武天皇が諸国に国分寺を置いた際にも、書写すべき経典のひとつに数えられている。当時の写経は国家的な事業として営まれ、官立の写経所で専門の写経生が一定の様式に従って筆を執った。
本品は、その様式から目に見える形で外れている。整った写経が一行に小さな文字を多く詰めて並べたのに対し、大字経はその逆をいく。一行に収める文字を少なくし、一字を大きく書くため、巻はおのずと長く、字面には重々しさが生まれる。巻物を前にすると、文字を読みはじめる前から、その造りの違いが伝わってくる。
写経そのものは奈良時代、八世紀の制作である。写経生の名や正確な年は伴っておらず、時代区分のみで示される。もとは八巻で全文を収めていたが、現在は第三巻を欠き、残る七巻が指定の対象となっている。これに経帙一枚が附として加えられている。
学僧の書き入れが国宝たらしめた
日本において仏典は長く漢文で記され、それは声に出して読むよりも、目で読む言葉であった。漢文を日本語の語順で読み下すために、学僧たちは文字の傍らに符号を書き入れる工夫を重ねた。語を読む順序を示す返り点、活用や助詞を表す仮名やヲコト点などである。こうした読みの補助を訓点と呼ぶ。訓点を備えた写本は、ある時点で本文がどのように解釈され、読まれたかを一点一点に刻み込んでいるため、国語史の研究にとってかけがえのない手がかりとなる。
現存する加点本の多くは、誰が点を加えたのかをたどれない。本品は違う。正式名称が「明算自点本」と記すとおり、訓点は明算自身の手によるものである。八世紀の経典と、十一世紀後半に生きた特定の学者の加点とが一具のうちに重なる。ここに、書跡・典籍としての価値と、国語史の資料としての価値とが二重に宿る。昭和二十七年(一九五二年)、国宝に指定された。
明算(一〇二一〜一一〇六)は、けっして無名の僧ではない。中世における高野山再興の中心に立ち、自らが住した院の名を冠した事相の法流、中院流の祖となった。彼が住したのは中院、すなわち後に竜光院と呼ばれる坊で、空海が住したと伝えられる地である。これほどの学識をもつ人物がこの巻々と向き合い、一行ずつ読み解いた事実そのものが、指定の重みの一部をなしている。
高野山と、これを守り伝える寺
竜光院は高野山真言宗の別格本山で、本尊は大日如来。古くは中院と称し、山の草創の歴史に深く関わる坊である。その歴史には静かな一筋の縁がある。荒廃した高野山の再興に最初に取り組んだ祈親上人(定誉)は、法華経をことのほか篤く信仰し、持経上人とも呼ばれた人物であった。明算はその下で働いている。この一具に丹念な加点を呼び込んだのと同じ経典が、山を甦らせた僧たちの周囲に流れていた。
訪れる前に、見られるものと見られないものを知っておきたい。この格の写本は常時公開されるものではない。本品は財団法人高野山文化財保存会の管理のもと、山の宝物を収める高野山霊宝館に納められており、特別展などの機会に限って姿を見せる。本品そのものを目当てに足を運ぶなら、出かける前に霊宝館の展示予定を確かめておくとよい。
とはいえ、高野山への旅はそれだけにとどまらない実りをもたらす。霊宝館では仏画・仏像・古写経の卓越した収蔵品が入れ替わりで展示され、歩いてほどないところには、修法の中核である壇上伽藍と、総本山金剛峯寺がある。山に至る道のりも旅の一部だ。大阪の南から山あいへ列車で分け入り、急な斜面をケーブルカーで上り、杉木立のなかに開けた寺町をバスで進む。
Q&A
- 大字法華経は展示で見られますか。
- 常時の公開はありません。傷みやすい国宝の写本のため、高野山霊宝館で特別展などの折に限って公開されます。これを目当てにする場合は、事前に霊宝館の展示予定をご確認ください。
- なぜ七巻しか残っていないのですか。
- 法華経は八巻一具で書写されました。伝来の途中で第三巻が失われ、残る七巻が指定の対象となっています。あわせて経帙一枚が附指定とされています。
- 「大字」とはどういう意味ですか。
- 文字の大きさを指します。通常の写経が一行に小さな文字を多く収めたのに対し、本品は一字を大きく、一行の字数を少なく書いています。そのため巻は長く、字面に重みがあります。
- 訓点とは何で、なぜ重要なのですか。
- 漢文を日本語で読み下すために、文字の傍らに添えた返り点・仮名・ヲコト点などの符号です。本品の訓点は学僧・明算によるものとされ、平安後期に経典がどう読まれたかを示す、年代の手がかりを伴う資料となります。
- 高野山へはどう行けばよいですか。
- 大阪方面からは南海線で極楽橋へ向かい、ケーブルカーで山上へ上がり、路線バスで寺町へ入ります。霊宝館や壇上伽藍などの中心部は、主要なバス停から徒歩でまわれます。
基本情報
| 名称 | 大字法華経〈(第三巻欠)(明算自点本)〉 |
|---|---|
| 種別 | 書跡・典籍 |
| 指定区分 | 国宝(昭和二十七年〔一九五二年〕三月二十九日指定) |
| 時代 | 奈良時代(八世紀)。訓点は明算による加点(十一世紀後半〜十二世紀初頭) |
| 員数 | 七巻(もと八巻、第三巻を欠く)。附:経帙一枚 |
| 所有者 | 竜光院(和歌山県・高野山) |
| 管理 | 財団法人高野山文化財保存会(高野山霊宝館に保管) |
| 公開状況 | 常時公開なし。霊宝館の特別展などの機会に限り公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/641
- 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189176
- 高野山霊宝館
- https://www.reihokan.or.jp/
- 高野山真言宗 総本山金剛峯寺
- https://www.koyasan.or.jp/
- 訓点資料(コトバンク)
- https://kotobank.jp/word/訓点資料-487842
最終更新日: 2026.06.13