弘法大師のそばに納められた一人の遺骨
高野山奥之院の御廟、弘法大師空海が今も入定の姿でとどまると信じられる場所の裏手の土中から、明治時代の末に小さな金銅の塔が見つかった。なぜそこに埋められたのかは、塔に刻まれた銘文が語る。高野山の八葉峯の奥院、すなわち大師が入定された地の土中に、出家して仏門に入った南保又二郎なる人の遺骨を安置したこと、そして弘安十年(一二八七)六月二十二日に没したことが記されている。
この埋納品は「南保又二郎納骨遺品」と総称され、一括の考古資料として指定されている。中心となるのは、宝篋印塔形の金銅塔と、三尊の仏を鋳出した一面の銅板である。
塔身には、密教の金剛界曼荼羅をなす四仏の種子が刻まれている。これは無造作な墓ではない。在俗の身が大師にもっとも近づける場所に、念入りに造られた密教の納骨容器を据えたのである。
重要文化財としての価値
本遺品は昭和二十六年(一九五一)六月九日に重要文化財に指定された。その価値は、中世日本を動かした一つの信仰の、年代の明らかな物的証拠であることにある。空海は承和二年(八三五)に世を去ったのではなく、入定、すなわち絶えざる禅定に入り、奥之院で未来仏・弥勒の出現を待つとされた。その近くに葬られることは、救いを約束されることであった。この確信は幾世紀にもわたり、奥之院の参道を天皇・武将・庶民の供養塔で埋めていった。
南保又二郎の納骨は、その習俗を一つの名と一つの年、弘安十年(一二八七)という鎌倉時代の盛期に結びつける。銘文はそれ自体が一個の文書であり、没者の名、場所、年月を記して、この行為を大師信仰へとまっすぐに結びつけている。
ひとつ注意したい点がある。鋳出銅板三尊仏像は塔とともに発見され、この鎌倉時代の一括に含めて指定されているが、霊宝館はこの銅板を奈良時代の作とし、後の押し出仏の原形と説明している。両説が成り立つなら、銅板は土に納められた時すでに古い品であり、古く尊ばれた像が死者に添えて選ばれたことになる。年代については資料に相違があり、断定は避けたい。
見どころ
本遺品は金剛峯寺の所蔵で、高野山霊宝館で随時公開され、奥之院や弘法大師信仰をテーマとする展示に出品されてきた。展示されているときは、まず塔の表面を見たい。宝篋印塔は方形の基礎をもつ塔形で、この小さな金銅の例では、四つの種子が、弔いの品を密教の教理の凝縮した表明へと変えている。
次に、出土の場所がもつ意味を読みとりたい。これらの品は堂内に飾られたのではなく、中世の人が想像しうるもっとも神聖な地に、意図して人目から隠して埋められた。銅板の三尊像も、その真の年代がどうであれ、ともに土へと手放された。二度と見られぬよう造られた品が、六世紀を経て掘り出される。そこには静かな劇がある。
拝観は奥之院そのものと併せるのがよい。一の橋から御廟まで約二キロの参道を、そびえ立つ供養塔の間を歩けば、一二八七年に一人の在俗者の遺骨が納められたことは、孤立した珍事ではなく、今も周囲に見てとれる連綿たる人の営みの一部であると分かる。
Q&A
- 南保又二郎とはどんな人物ですか。
- 出家して仏門に入った在俗の篤信者です。生涯について銘文以上のことはほとんど分かっておらず、弘安十年(一二八七)に没し、遺骨が奥之院の大師御廟近くに納められたと記されています。
- なぜ奥之院に納骨したのですか。
- 空海がそこで入定を続けていると信じられ、その近くに葬られることで死者の救済が得られると考えられたためです。この習俗が、長い歳月をかけて奥之院に無数の納骨を呼び寄せました。
- 銅板の三尊像は塔と同じ時代のものですか。
- 資料により異なります。一二八七年の納骨一括に含めて指定されていますが、霊宝館は奈良時代の作とし、その場合は古い像を副葬したことになります。年代は未確定です。
- 実物を見ることはできますか。
- 常設展示ではありませんが、高野山霊宝館で随時公開されています。訪問前に同館の展示予定をご確認ください。
基本情報
| 名称 | 南保又二郎納骨遺品(なんぽまたじろうのうこついひん) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県伊都郡高野町 高野山 |
| 指定区分 | 重要文化財(考古資料) 昭和二十六年六月九日指定 |
| 員数 | 一括(金銅宝篋印塔、鋳出銅板三尊仏像) |
| 時代・年代 | 鎌倉時代 銘文により弘安十年(一二八七) |
| 所有者 | 宗教法人金剛峯寺 |
| 公開状況 | 高野山霊宝館で随時公開 |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/9680
- 高野山霊宝館 収蔵品紹介
- https://reihokan.or.jp/syuzohin/
最終更新日: 2026.06.23