太刀〈銘信国〉 ― 紀州東照宮に伝わる南北朝の山城物

紀州徳川家の歴代藩主は、二百数十年にわたって紀州東照宮へ太刀を奉納し続けた。その集積は日本刀の主要な流派を広く覆い、なかに「信国」と銘を切る一口がある。信国とは、十四世紀の南北朝期に活動した京の刀工の名である。

身長は二尺三寸六分、約71.5センチ。反りは三分一厘で、約0.9センチと浅い。茎は磨上げられている。刃文は直刃ではなく乱れを焼き、表裏には棒樋が一筋ずつ掻かれて、刀身を軽くするとともに、地に整った樋の景色を与えている。

信国の名は山城伝、すなわち京の作刀に属する。この一門は了戒の系統を引き、その了戒はさらに名門・来派から出ているとされるため、信国は、この社が蔵する太刀〈銘来国俊〉と同じ京の血脈の数代下流に立つ。信国の刀工を際立たせたのは、東国の相州伝を取り入れた作風と、刀身彫刻の巧みさであった。

指定の理由と価値

本太刀は昭和25年(1950年)8月29日に重要文化財へ指定された。員数は工芸品一口、時代は南北朝とされる。

信国の名は南北朝期から室町中期まで数代にわたって受け継がれたため、その鑑定は慎重を要する。初代信国の在銘作が確認されていないことから、現在は二代目を実質的な初代とみなすのが通説である。一門の祖は「貞宗三哲」のひとりに数えられ、これは信国が、長谷部一門とともに相州伝を京へもたらした系譜に連なることを示す評価だ。この銘をもつ一口は、それゆえ、日本刀の五箇伝のうち二つの伝法が出会った地点を物語る。

社の他の奉納刀と同じく、紀州徳川家を通じた伝来も、この一口が守られるべき意味の一部である。工芸品としての指定は、鍛えそのものだけでなく、亡き祖を敬う武家の信仰のなかでこの刀が占めた位置をも保護している。

見どころと拝観のてがかり

この一口も常時公開されていないことをお断りしておく。社の歴代奉納刀十三口は和歌山県立博物館に寄託され、特別展などで折にふれ展示されるにとどまる。この太刀を目当てに訪ねるなら、事前に展示予定を確かめてほしい。

刀の里である社は、それだけでも足を運ぶ価値がある。元和7年(1621年)、徳川頼宣が亡父家康を祀るために創建した紀州東照宮は、108段の石段を登った先、和歌浦湾を望む高みに鎮座する。漆塗りの権現造の社殿は、伝左甚五郎の彫刻と狩野派の壁画をともない、これがゆえに「関西の日光」と呼ばれてきた。本殿や唐門をはじめ数棟が重要文化財である。

信国の太刀が展示される折には、乱れの刃文と棒樋の二点に目をこらしたい。うねる乱刃は、この一門が取り入れた相州伝の影響を映し、古い京物の静かな直刃よりも生気に富む。表裏を貫く一筋の樋は、信国一門が得意とした刀身彫刻の一種で、その切れのよさが、作者の手の確かさを静かに示している。

Q&A

Q信国とはどのような刀工ですか。
A了戒・来派の流れをくむ京の一門で、南北朝から室町にかけて活動しました。東国の相州伝を取り入れた作風と、刀身彫刻の巧みさで知られます。
Qこの太刀は社頭で見られますか。
A見られません。和歌山県立博物館に寄託され、特別展などで随時公開されますので、事前に予定をご確認ください。
Q棒樋にはどのような役割がありますか。
A刀身に掻かれた溝で、重量を減らし重心を整える働きがあり、姿の見どころにもなりました。信国一門は彫りの巧みさで知られます。
Qどの代の信国かを特定しにくいのはなぜですか。
A信国の名は数代にわたって用いられ、初代の在銘作が現存しないため、現在は二代目を実質的な初代とみなすのが通説です。

基本情報

名称太刀〈銘信国〉
種別工芸品(刀剣)
指定区分重要文化財(昭和25年8月29日指定)
員数1口
時代南北朝時代
作者信国(山城国)
寸法身長 約71.5センチ(磨上)/反り 約0.9センチ/刃文 乱れ/表裏に棒樋
所有者東照宮(紀州東照宮)/和歌山県
公開状況和歌山県立博物館に寄託。特別展などで随時公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/6310
信国(刀剣ワールド 著名刀工・刀匠名鑑)
https://www.touken-world.jp/sword-artisan-directory/nobukuni/
紀州東照宮(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/紀州東照宮

最終更新日: 2026.06.23