太田川の河口に建つ大正の教会堂

和歌山県南部、太田川が太平洋へと注ぐ河口の平地に、下里という小さな集落が広がっている。山が海際まで迫るこの一帯で、JR紀勢本線の無人駅から歩いてほどない住宅地のなかに、日本基督教団紀南教会の教会堂が建っている。竣工は大正14年(1925年)。設計したのは、文化学院の創立者として知られる西村伊作である。

西村伊作は明治17年(1884年)に新宮で生まれた。建築のほか絵画・陶芸・詩作にも手を広げた多才な人物で、正規の建築教育を受けたわけではなく、独学で自らの住まいや学校の校舎を設計している。父の大石余平は熱心なキリスト教徒で新宮に教会を開いており、伊作も宣教師や牧師と親しく交わる環境のなかで育った。ただし伊作自身は、生涯どの信仰にも属さなかったとも伝わる。手がけた建築の多くは住宅だが、こうした教会堂もいくつか残している。

「指定」ではなく「登録」

この教会堂は平成18年(2006年)8月3日、登録有形文化財(建造物)となった。登録番号は30-0100。ここでいう「登録」は、国宝や重要文化財の「指定」とは制度が異なる。指定がきびしい現状変更の規制をともなうのに対し、登録有形文化財は平成8年(1996年)に設けられた比較的ゆるやかな仕組みで、おおむね築50年以上を経た建物を対象に、届出を基本としながら活用と保存の両立をめざす。日々使われ続ける教会堂にとっては、この柔軟さが利点となる。

登録の根拠となったのは「造形の規範となっているもの」という基準である。ひとりの設計者の明快な意匠が、小さな会堂という限られた条件のなかでまとまっている点が評価された。

建物を読み解く

通りから見上げると、まず急勾配の屋根が目に入る。正面中央の玄関ポーチを高く立ち上げ、その上に勾配のきつい屋根を架けることで、小ぶりな会堂に縦への伸びが生まれている。屋根は上空から見ると十字の形をなすという。竣工時は天然スレート葺きだったが、現在は銅板で葺き替えられ、緑青を帯びた色合いに落ち着いている。

外壁はおおむね簡素で、ただ一か所、玄関ポーチの外壁だけがドイツ壁風の粗い仕上げになっている。建物に入ると、内部は間口6.4メートル、奥行き11.7メートルほどの単廊式の会堂が一室に開け、その後部の上に2階が設けられている。白い漆喰の壁、あらわしにした木部、天井を張らずに見せる独特なトラス小屋組。東側には浅いアルコーブを設けて講壇とする。装飾を抑え、寸法と素材だけで成り立たせた、明るく静かな空間である。

Q&A

Q設計した西村伊作とはどんな人物ですか。
A明治17年(1884年)に新宮で生まれ、建築・絵画・陶芸・詩作に通じた人物です。東京に文化学院を創立した教育者としても知られます。設計の多くは住宅ですが、教会堂もいくつか手がけており、現存するものに倉敷の教会などがあります。
Q見学はできますか。
A現役の教会で、礼拝や集会に使われており、観光施設として開放されているわけではありません。外観は通りから見ることができますが、内部を見たい場合は事前に教会へ連絡し、礼拝の時間に配慮してください。
Qどうやって行けますか。
A最寄りはJR紀勢本線(きのくに線)の下里駅で、徒歩圏内にあります。下里駅は無人駅で、特急が停まる紀伊勝浦駅は数駅先になります。
Q建築のどこに注目すればよいですか。
A急勾配の屋根と高い玄関ポーチ、ポーチの外壁だけに施されたドイツ壁風の仕上げ、トラス小屋組をあらわしにした単廊式の会堂、そして上空から十字に見える屋根の形です。大正期の教会建築としては個性の際立つ一棟といえます。
Q熊野の観光と結びつけられますか。
A下里は、世界遺産の社寺や参詣道で知られる紀伊半島南部、熊野の地に位置します。教会そのものは熊野の聖地とは別の、はるかに新しいキリスト教の建物ですが、熊野をめぐる旅の途中に鉄道で立ち寄ることができます。

基本情報

名称日本基督教団紀南教会
所在地和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字下里930-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 30-0100
登録年月日平成18年(2006年)8月3日
建築年大正14年(1925年)
設計西村伊作
構造・形式木造平屋一部2階建、銅板葺、建築面積約84平方メートル/単廊式、間口6.4メートル・奥行11.7メートル
所有者日本基督教団紀南教会
公開状況現役の教会。外観は通りから見学可。内部の見学は事前連絡が望ましい。最寄りはJR紀勢本線下里駅

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005658
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/181876
わかやまの文化財(和歌山県)
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-804/
旧西村家住宅(西村伊作記念館)/新宮市観光協会
https://www.shinguu.jp/spots/detail/A0014
西村伊作/和歌山県文化情報アーカイブ
https://wave.pref.wakayama.lg.jp/bunka-archive/senjin/nishimura.html

最終更新日: 2026.06.22