興国寺に伝わる法燈国師坐像

和歌山県由良の海辺に近い静かな谷あいに、臨済宗妙心寺派の興国寺が建つ。その寺宝のひとつが、この寺を中世西日本における有数の禅の拠点へと育て上げた僧の坐像である。僧は法燈国師の号で知られるが、法諱を心地覚心といい、建仁七年(一二〇七)に生まれ、永仁六年(一二九八)に没した。像は老年の覚心を、僧衣を整えて坐す姿に表しており、しかも本人の在世中に刻まれている。

覚心の生涯は、十三世紀の日中交流の経路をそのままなぞるようである。信濃(現在の長野県)の山あいに生まれた覚心は、まず高野山で密教を学び、のちに禅へと転じた。建長元年(一二四九)に宋へ渡って諸大寺を歴参し、公案集『無門関』を編んだ無門慧開のもとで悟りの証である印可を受ける。建長六年(一二五四)に帰国すると、正嘉二年(一二五八)、暗殺された将軍源実朝の菩提を弔うためにこの地に寺を開いた在家の願性が、覚心を住持に迎え、寺を禅刹へと改めた。

生前に刻まれた肖像

この像は、日本で頂相と呼ばれる禅僧の肖像の系譜に属する。禅の伝統において、こうした肖像は重い意味をもった。師から弟子へと受け継がれる法の系譜が、禅宗の生きた核心とされたからである。頂相はただの装飾ではなく、師の存在と権威そのものを引き受けるものであった。とりわけ本人の在世中に「寿像」として刻む場合、像と人とのつながりは際立って直接的になる。

国の台帳は本像を弘安九年(一二八六)の作とする。覚心が八十歳ほどの頃にあたる。鎌倉時代は日本で写実的な肖像彫刻が大きく花開いた時代であり、頂相は理想化された美しさよりも、ひとりの人物の固有の相貌を写すことを目指した。重い衣の下の肩のかたち、老いた顔の刻み、長く人を導いてきた者の落ち着いた眼差しである。覚心の頂相は遠く備後(広島県東部)の福山にもう一躯伝わり、こちらは十年ほど前、六十九歳の姿を刻む。両者を並べれば、同じ人物を異なる年齢で記録した彫工の眼差しをたどることができる。

本像は昭和六年(一九三一)十二月十四日に重要文化財に指定された。興国寺は絹本著色の法燈国師像と、初期の寺院規式を記した文書もあわせて伝え、いずれも指定を受けている。開山の事績を複数の媒体で残す、密度の高い記録というべきだろう。

日本の食を変えた僧

興国寺を訪ねる楽しみの一端は、覚心の影響が宗教の枠を大きく超えていた点にある。宋での修行中、覚心は径山寺味噌と呼ばれる発酵食品の製法を学んだ。名は彼が参詣した中国の寺院にちなむ。帰国してその製法を伝えると、古くからの言い伝えでは、発酵の過程で桶にたまる液が醤油の発祥につながったとされ、近隣の湯浅がその発祥地として記憶されてきた。同じ覚心は、放浪の僧である虚無僧が奏する普化尺八を日本にもたらした人物ともされ、宋から四人の居士を伴って帰り、興国寺はその本山となった。ひとりの人物が日本の調味料と音楽の一流派の双方の源に立つ例はまれで、寺は毎年十月十三日の開山忌に尺八を献奏して、この縁を今に保っている。

寺そのものは天正十三年(一五八五)の豊臣秀吉による紀州攻めで焼失し、慶長六年(一六〇一)以降、領主浅野幸長のもとで再建された。現在の堂宇は開山から数百年を経たものである。由良へはJR紀勢本線とそこからの短い移動で至る。田園の中のゆったりとした立地で、禅の歴史の上に火祭りや天狗信仰といった土地の伝承が層をなしている。なお本像は寺宝であって常時公開の対象ではないため、彫像そのものの拝観を望む場合は、あらかじめ寺へ問い合わせることをすすめたい。

Q&A

Q法燈国師とはどなたですか。
A法燈国師は、僧・心地覚心(一二〇七~一二九八)の号です。宋で禅を修めて興国寺の開山となり、径山寺味噌や虚無僧の普化尺八を日本に伝えた人物としても知られます。
Q頂相とは何ですか。
A頂相は、禅僧の正式な肖像で、絵画と彫刻があります。禅では師から弟子への法の伝授が核心とされたため、頂相は師の権威を帯びるものとして、単なる似姿以上に重んじられました。
Q像はいつ造られたのですか。
A国の台帳では弘安九年(一二八六)の作とされ、鎌倉時代、覚心が八十歳ほどでなお存命中のことにあたります。昭和六年(一九三一)に重要文化財へ指定されました。
Q拝観できますか。アクセスは。
A興国寺は由良町にあり、JR紀勢本線で向かいます。本像は寺宝で常時公開ではないため、拝観の可否は事前に寺へお尋ねください。十月十三日の開山忌は寺の重要な行事日です。

基本情報

名称木造法燈国師坐像
所在地和歌山県日高郡由良町門前 興国寺
指定区分重要文化財(昭和六年十二月十四日指定)
時代鎌倉時代 弘安九年(一二八六)
員数一躯 木造 頂相彫刻
表される人物心地覚心(法燈国師) 一二〇七~一二九八 興国寺開山
所有者興国寺
公開状況寺宝。常時公開ではないため寺へ要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4379
興国寺(和歌山県由良町) ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E5%9B%BD%E5%AF%BA_(%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E7%94%B1%E8%89%AF%E7%94%BA)
わかやま歴史物語 法燈国師(覚心)が創建した名刹 興国寺
https://wakayama-rekishi100.jp/story/043.html
紀伊之国十三佛霊場 興国寺
https://www.kiinokuni.jp/08koukokuji.html

最終更新日: 2026.06.23