康平5年、紀伊国の地に生まれた紀年銘像

像内の背面に、康平五年(1062)の年紀を含む墨書銘が残る。願主と仏師名にあたる部分は墨が薄れて判読できないが、年号だけは十一世紀半ばという制作年をはっきりと伝える。地方に伝わる平安期の彫像で、これほど明確な紀年が確認できる例は多くない。この一行の墨書が、本像を無名の古仏から日本彫刻史の年表に位置づける手がかりとなっている。

胸前で智拳印を結ぶ金剛界の大日如来である。檜の一木造で、像高84.3センチ、膝幅65.2センチ。頭部・体部ともに太く、ゆったりとした安定感をもつ。彫り口は全体に浅く、像の表面におだやかな趣きを添えている。十一世紀中ごろの紀伊における造像のありようを示す好例といえる。

指定の理由と価値

本像は昭和45年(1970)5月25日に重要文化財に指定された。価値は二つの面にある。一つは紀年銘の存在で、康平五年という制作年を確定させ、年紀を欠く同地域の諸像を測る基準点となる点である。もう一つは、地方造像の実態を伝える点にある。浅い彫り口と量感のある安定した体躯は、十一世紀半ばの紀伊の工房がもつ特色と読まれており、京の中央仏師の手になるものではなく、都の様式を地方が受け止めた作とみられている。

本像はかつて正善寺の本尊であった。文化庁の記録によれば、同寺はのちに廃寺となり、像の所有は有田市へと移って現在に至る。

拝観の手がかり

本像は有田市初島の正善寺に関わる尊像だが、常時拝観できるわけではない。湿気や虫害を避けるため収蔵庫に厳重に保管され、開帳されることは少ない。近年は年に一度の御開帳を整える動きも進められている。訪問を考える場合は、有田市の観光・文化担当に事前に問い合わせ、公開の予定を確認するのが確実である。

有田市は和歌山県中部の海沿いにあり、みかんと漁港で知られる。県内を巡る旅程に組み込むなら、有田川流域に伝わる平安期の他の古仏とあわせて訪ねたい。いずれも地方造像という共通の性格をもつ。

Q&A

Q制作年がなぜ正確にわかるのですか。
A像内背面の墨書銘に康平五年(1062)の年紀があるためです。願主や仏師の名にあたる部分は墨が薄れ、現在は読み取れません。
Qどのような大日如来ですか。
A智拳印を結ぶ金剛界の大日如来で、真言密教の中心に置かれる教主の姿をあらわします。
Qなぜ寺院ではなく市の所有なのですか。
A正善寺の本尊でしたが同寺が廃寺となり、所有が有田市に移ったためです。現在は市が保管しています。
Q訪ねれば拝観できますか。
A事前の手配が必要です。収蔵庫に保管され、公開は限られた機会のみです。有田市に問い合わせ、開帳の予定を確認してください。

基本情報

名称木造大日如来坐像
所在地和歌山県有田市(初島地区)
指定区分重要文化財(昭和45年〔1970〕5月25日指定)
員数1躯
年代平安時代・康平五年(1062)墨書銘による
寸法像高84.3cm/膝幅65.2cm
品質・構造木造・一木造(檜材)/金剛界大日如来
所有者有田市
公開収蔵庫保管。公開は限られた機会のみ。事前確認を推奨。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4931
有田市 正善寺(ふるさと散歩)
https://www.city.arida.lg.jp/kanko/aruku/furusatosanpo/1001450.html
有田市の文化財(有田市公式ウェブサイト)
https://www.city.arida.lg.jp/kurashi/sportsbunka/bunka/1000911/index.html

最終更新日: 2026.06.22