高野山最古の堂宇に坐す五体の如来
金剛三昧院の多宝塔の内部に足を踏み入れると、薄暗がりのなかに五体の大きな如来坐像が一列に並んで姿をあらわす。この像は、塔が建立された貞応二年(一二二三)以来、同じ二層の塔のなかに坐し続けてきた。塔そのものは国宝であり、高野山に現存する最古の建造物である。そして塔内の五像は、それとは別に重要文化財の指定を受けている。
五像は五智如来と呼ばれる。真言密教の教義では、宇宙の根本仏である大日如来の悟りを五つの智慧に分け、それぞれを別々の如来があらわすと説く。中央に大日如来が坐し、その周囲に阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就の四如来が配される。分かちがたい大日の悟りを、参拝者が一つずつ向き合える形に開いて見せているのである。
幕府の実権を握った尼が建てた塔
この像は、その堂宇を生み出した一人の女性と切り離せない。金剛三昧院は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻、北条政子が亡き者の菩提を弔うために創建した寺に始まる。頼朝に続き、三代将軍となった子の実朝が承久元年(一二一九)に暗殺されると、政子はその悲しみと大きな政治的権力を、この寺に注いだ。将軍の位こそ名乗らなかったが、事実上は幕政を動かし、世に「尼将軍」と称された。
貞応二年(一二二三)、政子は夫と子の冥福を祈って多宝塔の造営を命じた。如来像もほぼ同じ頃に造られ、安置されるこの塔に合わせて整えられたと考えられている。塔の建立年に拠るこの年代観から、五像は鎌倉時代前期の作と位置づけられ、塔と像が一体のものとして感じられる理由もそこにある。
寺には、この像を当代随一の仏師運慶の作とする言い伝えがある。ただし運慶の手になることを裏づける記録は確認されておらず、寺に長く伝わる伝承として受けとめるのが妥当だろう。確かなのは像の質の高さである。豊かな量感をたたえ、肩幅広く落ち着いた五体は、一群の集合像として見られることを前提に造られている。
指定が意味するもの
五智如来坐像が重要文化財に指定されたのは明治四十一年(一九〇八)一月のことで、明治の文化財保護制度に続く比較的早い時期の指定にあたる。鎌倉時代にさかのぼる五智如来の完存例はそれほど多くない。さらに、その像が造られたその堂宇のなかに八百年ものあいだ留まり続けてきた例となると、いっそう稀である。
高野山は幾度も焼亡を経験してきた。金剛三昧院は中心の堂塔群からやや離れ、小田原谷の南の山腹に位置する。その距離が、たびたび中心伽藍を襲った大火から堂を守った。この地理上の偶然によって、塔とそこに納められた如来は今日まで共に伝わった。建築と、そのために造られた彫刻とが同じ時の作として揃って残る、数少ない例である。
拝観のみどころ
塔の内部は通常の拝観の対象には含まれない。五像は秘仏であり、塔内陣が開かれるのは特別な機会に限られる。近年では、高野山開創一二〇〇年にあたる平成二十七年(二〇一五)と、鎌倉幕府を題材としたテレビドラマにちなんだ令和四年(二〇二二)に内部公開が行われた。開帳の際には、寺の許可を得たうえで撮影が認められたこともある。秘仏としては異例の配慮である。
内部の像が閉じられているときでも、多宝塔は訪ねるに値する。裳階の屋根は広く低く張り出し、塔に安定した据わりを与えていて、研究者はこれを、琵琶湖に近い石山寺の、やや背が高く垂直性の強い多宝塔と対比させる。二層のあいだには亀腹と呼ばれる丸みのある白い漆喰の帯がめぐる。木部にはなお朱の顔料がかすかに残り、かつて全体をおおっていた鮮やかな朱色の記憶をとどめている。内部は壁・柱・梁の全面に仏画が描かれており、開帳の折に姿をあらわす如来は、素木の前ではなく、色彩に満ちた聖なる空間のなかに坐している。
寺へは高野山駅からバスに乗り、メイン通りから脇道に入って五分ほど歩く。金剛三昧院は宿坊も営んでおり、境内に一泊して、杉木立の静けさのなかで朝を迎えることもできる。
Q&A
- 通常の拝観で五智如来を見ることはできますか。
- できません。五像は塔の内陣に納められた秘仏で、内陣が開かれるのは数年に一度の特別公開に限られます。多宝塔の外観は通常の拝観期間中に見ることができます。
- この像は本当に運慶の作なのですか。
- 寺には運慶作とする言い伝えがありますが、それを裏づける記録は確認されていません。確定した事実ではなく、長く伝わる伝承として受けとめてください。
- 北条政子とのつながりは何ですか。
- 源頼朝の妻である政子が、夫と子の菩提を弔うためにこの寺を開きました。貞応二年(一二二三)に多宝塔の造営を命じ、五智如来はその塔に納めるために造られました。
- 金剛三昧院へはどう行けばよいですか。
- 高野山駅から町中心部方面のバスに乗り、メイン通りから脇道に入って五分ほど歩きます。寺は中心伽藍のやや南に位置します。
- この寺は世界遺産の一部ですか。
- はい。金剛三昧院は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に構成資産として含まれた、高野山で唯一の塔頭です。
基本情報
| 名称 | 木造五智如来坐像〈(多宝塔安置)〉 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県伊都郡高野町高野山 金剛三昧院 |
| 指定区分 | 重要文化財(明治四十一年〔一九〇八〕一月十日指定) |
| 員数 | 五躯 |
| 時代 | 鎌倉時代(多宝塔建立の貞応二年〔一二二三〕頃の造立) |
| 所有者 | 金剛三昧院(管理:公益財団法人高野山文化財保存会) |
| 公開状況 | 秘仏。塔内陣は特別公開時のみ開帳。多宝塔の外観は通常の拝観期間中に拝観可(拝観料が必要)。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4340
- 金剛三昧院 公式サイト「多宝塔」
- https://www.kongosanmaiin.or.jp/attractive/treasure_tower
- 高野山霊宝館「高野山と文化財:指定建造物 金剛三昧院多宝塔」
- https://reihokan.or.jp/bunkazai/kenzobutsu/taho.html
- 文化遺産オンライン(NII)「金剛三昧院多宝塔」
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/123897
最終更新日: 2026.06.23