道成寺 木造菩薩立像(伝日光・月光菩薩)
和歌山県内に現存する最古の寺院、道成寺の本尊は、檜の一木から彫り出された千手観音立像である。手の数は通例の四十二本ではなく四十四本という珍しい姿をとる。その左右に立つのが、ここで取り上げる二躯の菩薩立像で、像高はそれぞれ二・五メートル前後、表面には造立当初の金箔が今も多く残る。
二像は古くから日光菩薩・月光菩薩と称されてきた。向かって右の像が約二・五二メートル、左の像が約二・四二メートルである。本尊の千手観音とあわせて三尊一組をなす「千手三尊」の構成は、他にほとんど例を見ない。三躯はかつて本堂正面の造り付けの厨子三基にそれぞれ安置されていたが、現在は収蔵庫である宝仏殿(大宝殿)に移され、まとめて拝観できる。
三像はいずれも、密教が仏像表現を大きく変えていった九世紀の作と考えられている。二菩薩像は平成六年(一九九四年)六月二十八日、本尊千手観音とともに国宝に指定された。
国宝に指定された理由
第一の価値は、三尊の構成そのものにある。千手観音に二躯の独立した菩薩像を脇侍として配する例は珍しく、道成寺では三躯が良好な保存状態でそろって残る。地方の有力寺院が平安前期に堂内をどのように荘厳したかを示す資料として、組み物としての意義は大きい。
彫りの技法は本尊と共通する系統を指し示す。各像は一材から彫成され、頭体の幹部から台座の蓮肉まで一本の共木から木取りする一木造の手法による。本尊千手観音と伝日光像は檜、伝月光像は寺伝によればカヤを用いる。腰高で均衡のとれた立ち姿には奈良時代の彫塑像に通じる格調があり、衣の柔らかな垂れには、より古い時代の乾漆像を思わせる布の質感がある。
二像は、その面貌によって早くから書き分けられてきた。伝日光像は顔だちと衣文の柔らかな処理が本尊にきわめて近く、両者はほぼ同時期の作とみるのが通例である。一方、伝月光像の張りのある頬は、京都・仁和寺阿弥陀如来像の両脇侍像(国宝、仁和四年・八八八年)に近く、作風からやや遅れて十世紀初頭に及ぶ可能性を読む研究者もいる。差はあるものの大きくはなく、一対の像として九世紀後半に相次いで造られたとみる見方が有力である。
指定が残す問いもある。日光・月光という呼称は像容からは裏付けられない。両像は、本来この二菩薩を示す日輪・月輪を執るわけではないからである。有力な説明は経典に求められる。千手千眼観世音菩薩の陀羅尼経には、この二菩薩が千手観音の効験の一端を担うと説かれており、像はその典拠にもとづいて脇侍として造立された可能性が考えられる。図像上の根拠というよりも、経説にもとづく構成である。
宝仏殿での見どころ
堂内の照明は抑えられているが、像は高く離れた壇上ではなく床面近くに立ち、すぐそばまで寄って拝観できる。この距離の近さがこの寺の見どころである。伝日光像の前に立つと、衣の襞はほとんど布のように見える。ひだの寄りとほどけ方には、木彫では得がたい柔らかさがある。
二つの面貌を並べて見比べたい。伝日光像は本尊千手観音の静かで古典的な顔だちを映し、伝月光像は頬がより丸く張り、表情にわずかな違いがある。後者が年紀のある仁和寺像と結び付けられてきたことを知ると、この比較には意味が増す。奈良の抑制から一世代の仏師が離れていく、その小さな変化を目の前で追うことになる。
視線を中央の本尊に戻し、手の数を数えてみるとよい。四十四本は通例の四十二本より二本多く、この観音をほかと分ける静かな逸脱である。三像とも当初の金箔が多く残り、低い照明のなかで表面は平板に光らず、温かく濁った輝きをたたえる。宝仏殿には同じ平安の諸像、十一面観音像や天部の像など重要文化財がまとまって置かれ、三尊像をより広い平安前期の文脈のなかに置いて見ることができる。
道成寺の周辺
道成寺は多くの人にとって、安珍・清姫伝説の舞台として知られる。能の「道成寺」、歌舞伎舞踊の「京鹿子娘道成寺」のもととなった話である。旅の僧に裏切られた女が大蛇と化し、寺の鐘の下に隠れた僧を炎で焼くという筋で、その鐘楼の跡は今も本堂の右手、境内に残る。
参道は六十二段の石段を上り、朱塗りの仁王門(重要文化財)に至る。門の奥には正平十二年(一三五七年)に再建された本堂(重要文化財)が建ち、向かって右には宝暦十三年(一七六三年)に再建された三重塔が立つ。宝仏殿と廊下でつながる縁起堂では、寺僧が『道成寺縁起』の絵巻の写本を広げ、安珍・清姫の話を絵とき説法として語る。所要およそ四十分で、日中随時行われる。時間を合わせて聞きたい。
寺はJRきのくに線の道成寺駅から近く、土産物店の並ぶ参道を歩いて五分ほどである。大阪方面からは特急で御坊まで行き、普通列車に乗り換えればわずかな乗車で着く。日高川の谷を間近に控えた境内は、午前のうちにゆっくり歩くのにふさわしい。
Q&A
- 二躯の菩薩像は実際に見られますか。秘仏ですか。
- 本尊の千手観音とともに宝仏殿に常時安置され、年間を通して拝観できます。拝観料は大人六百円ほどで、像のそばまで近づいて見ることができます。
- 日光・月光菩薩と呼ばれるのに、名称が不確実とされるのはなぜですか。
- いずれの像も、日光・月光菩薩を示す日輪・月輪を執っておらず、呼称は像容から裏付けられないためです。名称は、両菩薩が千手観音を助けると説く経典に由来するとみられます。
- 本尊の千手観音の手はなぜ四十四本なのですか。
- 千手観音立像は通常、千手を象徴する四十二本で表されます。道成寺の像はこれより二本多く、通例からの小さな違いがこの像の特徴となっています。
- 絵とき説法とはどのようなものですか。
- 縁起堂で、寺僧が『道成寺縁起』の絵巻の写本を広げながら、安珍・清姫伝説を語る説法です。所要およそ四十分で、日中随時行われ、拝観料に含まれます。
- 電車での行き方を教えてください。
- JRきのくに線の道成寺駅で下車し、参道を五分ほど歩きます。大阪方面からは特急で御坊まで行き、普通列車に乗り換えると短時間で到着します。
基本情報
| 名称 | 木造菩薩立像(伝日光・月光菩薩) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県日高郡日高川町鐘巻 道成寺 |
| 所有者 | 道成寺(天台宗) |
| 指定区分 | 国宝(平成六年〔一九九四年〕六月二十八日指定) |
| 種別 | 彫刻 |
| 員数 | 二躯 |
| 時代 | 平安時代 九世紀後半 |
| 品質・構造 | 一木造。伝日光像は檜、伝月光像はカヤを用い、彩色および漆箔を施す |
| 像高 | 約二・五二メートル(伝日光)、約二・四二メートル(伝月光) |
| 安置場所 | 宝仏殿(大宝殿)。国宝・木造千手観音立像とともに安置 |
| 拝観時間・料金 | 九時〜十七時、大人六百円(変更の場合あり) |
| 交通 | JRきのくに線 道成寺駅から徒歩約五分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 木造菩薩立像(伝日光・月光菩薩)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/284
- 文化遺産オンライン(NII) 当該文化財の詳細ページ
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/197330
- 道成寺公式サイト 1300年の歩み
- https://dojoji.com/1300/index.html
- 和歌山県公式観光サイト 道成寺
- https://www.wakayama-kanko.or.jp/spots/detail_312.html
最終更新日: 2026.06.13