紀三井寺に立つ、梵天・帝釈と呼ばれる平安の二像
紀三井寺の本堂裏手、耐震耐火の収蔵庫「大光明殿」に、像高一メートル半あまりの木彫像が二躯、並んで立っている。名は梵天像と帝釈天像。いずれも古代インドの神格で、仏教にとり込まれて護法の役を担うようになった尊である。ところが像の前に立つと、名と姿がうまく重ならないことに気づく。武装も忿怒の相もなく、二躯とも条帛や天衣、裳をまとう菩薩のいでたちで、左手に蓮華を執り、右手を体側に垂らしている。研究者の多くは、本来は観音菩薩像として造られ、のちに梵天・帝釈と呼ばれるようになったとみている。
紀三井寺は和歌山市南端の名草山中腹にあり、眼下に和歌浦の海を望む。正式には紀三井山金剛宝寺護国院といい、国の文化財台帳では所有者名が「護国院」と記される。一般には紀三井寺の名で親しまれ、西国三十三所観音霊場の第二番札所として、千年を超える巡礼の道に連なってきた。二像は、たび重なる火災や戦乱、近代の混乱をくぐり抜けて寺に残された平安彫刻の一群に属している。
なぜ指定されたのか
二像はともに、明治三十二年(一八九九)八月一日に古社寺保存法のもとで指定を受け、現行制度では重要文化財に位置づけられている。制作は平安時代、十世紀から十一世紀のことと推定される。
美術史の関心を引くのは、この二躯がもともと一対ではなかった点である。梵天と呼ばれる像は像高約一六三・九センチ、一木から彫り出された素朴な作風で、寺の別の十一面観音立像に通じる簡潔さをもつ。帝釈天と呼ばれる像は像高約一六一・二センチで、衣文の彫りはより細かく、裳や天冠に大ぶりの団花文の彩色がよく残るなど、はるかに繊細に仕上げられている。用材も異なり、彫りの手も明らかに別である。そのため二像は、当初から揃いの組ではなく、後世に組み合わされて護法神の対の名を与えられたと考えられている。
こうした「あとからの組み替え」の歴史そのものが、二像の価値の一部をなす。地方の寺院では、最古の像が誰を表したものかを記す古記録が失われ、堂の焼失と再建のたびに像が移され、名を改められ、別の像と組み合わされてきた例が少なくない。紀三井寺の二像は、付された名よりも彫りそのものが確かな手がかりを語る、わかりやすい一例といえる。
訪れて見るべきところ
令和五年(二〇二三)秋から、寺は古像四躯を大光明殿で常時拝観に供している。本稿の二像もそこに含まれ、もう一躯の十一面観音立像、毘沙門天立像とともに横一列に安置されている。間近に立ち、表面を見比べてほしい。帝釈天像では褪せた朱と環状の花文が、かつての鮮やかさを想像させ、梵天像はほとんど彩色を失って素地の木肌に近く、その魅力はむしろ体躯の静かな量感にある。
寺の秘仏本尊である十一面観音像は十世紀初めの作と伝え、五十年に一度しか開扉されない。前回は二〇二〇年で、次は二〇七〇年頃と見込まれている。並び立つ千手観音像も同じ定めにある。これに対して二像は、特別な開帳日でなくとも会える。本物の平安彫刻と向き合う機会として、その近づきやすさは貴重である。
寺へ至る道のりも見どころのうちだ。楼門から二百段を超える石段が山腹を登り、登るほどに背後の海の眺めが広がっていく。境内には宝徳元年(一四四九)の多宝塔が建ち、別棟の新仏殿には高さ十一メートルを超える金色の千手観音像が安置される。関西の桜の開花を告げる標本木が境内にあるため、春に訪ねると、ささやかな特別の意味が加わる。
Q&A
- 二像は実際に拝観できますか。秘仏ですか。
- 拝観できます。二〇二三年九月から、本堂裏の大光明殿で本像を含む古像四躯が日中の所定時間に公開され、拝観には別途料金がかかります。寺の都合で変わる場合があるので、遠方からの場合は公式サイトで事前に確認するとよいでしょう。
- 護法神のはずなのに、なぜ菩薩の姿なのですか。
- 本来は護法神として造られたものではないと考えられるためです。条帛や天衣、蓮華は菩薩像の装いと持物で、当初は観音像であった可能性が高いとされます。梵天・帝釈の名は、二像が組み合わされたのちに付されたとみられます。
- いつ頃の作ですか。
- 平安時代、十世紀から十一世紀の作と推定されます。指定は明治三十二年(一八九九)に受けています。
- 紀三井寺へのアクセスは。
- JR紀勢本線(きのくに線)で和歌山駅から南へ二駅の紀三井寺駅で下車し、石段の下まで徒歩約十分です。
基本情報
| 名称 | 木造梵天帝釈二天王立像 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市紀三井寺 紀三井寺(金剛宝寺護国院) |
| 指定区分 | 重要文化財(明治三十二年八月一日指定) |
| 時代 | 平安時代 十~十一世紀 |
| 員数・寸法 | 二躯 梵天像 像高約一六三・九センチ/帝釈天像 像高約一六一・二センチ 木造・彩色 |
| 所有者 | 護国院(紀三井寺) |
| 公開状況 | 二〇二三年より大光明殿で日中に常時拝観。公開時間・料金は寺へ確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/4301
- 紀三井寺 ウィキペディア(梵天・帝釈天立像の記述)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E4%B8%89%E4%BA%95%E5%AF%BA
- 紀三井寺 公式サイト 紀三井寺の仏像
- https://www.kimiidera.com/buddhist/
- 紀三井寺 公式サイト 大光明殿の重文仏像を常時公開
- https://www.kimiidera.com/topics/1195/
最終更新日: 2026.06.23