弘安九年、東大寺戒壇院で書かれた一巻
四十八枚の紙を継いで一巻に仕立てた巻子は、長さにして二十一メートルあまりに及ぶ。そこに記されているのは、鎌倉時代後期の学僧・凝然(一二四〇〜一三二一)が自らの手で書きつけた覚書である。筆致は行草体で速く、行間には書き進めながら加えた補筆や訂正の跡が点々と残る。巻末の奥書は、凝然がこの巻を弘安九年(一二八六年)九月十九日に東大寺戒壇院で撰述したことを記している。
本書は『華厳孔目章』への注釈である。『孔目章』は、唐の智儼(じごん)が華厳の教義の要点を項目立てて整理した綱要書で、華厳宗の学習の基礎をなす。華厳の世界観は『華厳経』に説かれるもので、あらゆる事物が互いを含みあい映しあうという理を中核に置く。智儼の整理した諸項目を、凝然は一つひとつ読み解き、論じていった。山形に残るこの巻は、その大著の第五巻にあたる。
筆者・凝然という学僧
凝然は伊予国、現在の愛媛県の出身で、示観房と号した。建長七年(一二五五年)に比叡山で菩薩戒を受け、東大寺戒壇院の円照に師事して、華厳のほか律・真言・浄土・禅にわたる教学を修めた。その学識は同時代でも群を抜き、生涯に千二百余巻ともいわれる著作を残したと伝わる。日本の八宗を概観した『八宗綱要』は、今も仏教入門の書として読み継がれている。やがて円照の跡を受けて戒壇院に住し、後宇多上皇に菩薩戒を授けるに至った。
日本の華厳教学を整理し体系づけた大成者として、凝然の名は記憶されている。本巻はその生涯の事業の一部である。山形県の文化財記録によれば、執筆当時の凝然は四十七歳。本文に残る加筆・訂正は、いずれも凝然自身の手になる。つまりこれは後世の門弟が清書した写本ではなく、著者自身の机から生まれた草稿であり、推敲の跡がそのまま紙面に残されている点に大きな意味がある。
重要文化財としての価値
日本では動産の文化財を等級に分けて保護する。本巻が属する重要文化財は、国宝に次ぐ区分であり、国にとって歴史的・芸術的価値の高い品に与えられる。『華厳孔目章発悟記』巻第五は、書跡の部において昭和十二年(一九三七年)五月二十五日に重要文化財へ指定された。
指定の根拠の一つは、凝然自筆という点にある。名の知れた鎌倉期の学僧の真筆が一巻まるごと残る例は多くない。行草体の闊達な筆運びは、凝然がいかに思索を進めたかを後世に示す手がかりとなる。さらにこの巻には僚巻がある。同じ著作のうち二十一巻が東大寺に、また京都国立博物館に弘安十年(一二八七年)の奥書をもつ巻第二十一が伝わる。それらと併せて見るとき、山形の一巻は、中世日本仏教を代表する学問的編述の全体像を復原するための貴重な一片となる。
非公開という前提と、近づく手だて
訪問を計画する方に、あらかじめ断っておきたいことがある。本巻は公開されていない。七百年以上を経た紙の巻子は損傷に弱く、所有寺院の収蔵庫に納められたまま、参観に供されることはない。この品の魅力は、目の前のガラス越しに眺める種類のものではなく、何であるかを知ることのなかにある。
とはいえ、凝然の筆跡に近づく道がないわけではない。京都国立博物館が所蔵する僚巻はデジタル化されており、日本の国立博物館が運営するe国宝・e-Museumを通じて、高精細の画像をオンラインで閲覧できる。同じ速い筆致と、同じ著者自身の訂正の跡を、手もとで確かめられる。山形の巻を自ら開いてみるのに最も近い体験といえる。
奈良の写本が山形に伝来するまで
この巻は奈良で書かれた。それが今、山形市の小さな天台宗寺院・慈光明院に属している。経路は、隣接する寒河江の慈恩寺を介していた。慈恩寺は東北を代表する古刹の一つである。本巻はその塔頭であった禅定院に長く納められていたが、禅定院は明治初年に廃寺となった。寺宝が散逸するなかで、諸仏とともにこの巻も、昭和二十年代になって慈光明院へと移された。
慈光明院そのものも、変わった来歴をもつ。山形市中心部の老舗仏壇店の敷地内にあり、土蔵を改装した堂内は、平泉・中尊寺金色堂に倣った造りになっている。本尊は同じ禅定院から請来した阿弥陀如来坐像で、金色の小堂に安置される。参拝は事前の予約による。店舗に申し出る形をとり、案内の可否は応対の都合に左右される点は心得ておきたい。
周辺にも見るべき場所は多い。本巻の物語が始まる母体、寒河江の慈恩寺には、独自の重要な仏像群が伝わる。山形駅に近い山寺、すなわち立石寺は、杉木立の尾根を長い石段で登る山岳寺院である。山形城跡は霞城公園として濠と石垣を残す。奈良に発した写本に惹かれて訪れる旅は、仏教文化が東北の地にどう根づいたかをたどる道行きにもなる。
Q&A
- 実物を見ることはできますか。
- できません。本巻は慈光明院の収蔵庫に納められ、公開されていません。京都国立博物館所蔵の僚巻はデジタル化されており、e国宝・e-Museumのサイトで画像を閲覧できます。
- 凝然とはどのような人物ですか。
- 奈良・東大寺の学僧(一二四〇〜一三二一)で、日本の華厳教学を体系づけた大成者とされます。八宗を概観した『八宗綱要』の著者としても知られます。
- 本書はどのような内容ですか。
- 唐の智儼が著した華厳の綱要書『孔目章』に対する、凝然の注釈書です。本巻はその第五巻にあたります。
- 奈良の僧の写本がなぜ山形にあるのですか。
- 寒河江・慈恩寺の塔頭であった禅定院に長く所蔵されていましたが、同院が明治初年に廃寺となって寺宝が散り、本巻はのちに山形市の慈光明院へ移されました。
- 慈光明院そのものは参拝できますか。
- 敷地を構える仏壇店を通じて、事前予約により参拝できます。応対の都合によるため、早めの予約をおすすめします。
基本データ
| 名称 | 華厳孔目章発悟記〈巻第五/凝然筆〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(書跡・典籍)/昭和十二年(一九三七年)五月二十五日指定 |
| 年代 | 弘安九年(一二八六年)九月十九日撰述の奥書あり |
| 筆者 | 凝然(一二四〇〜一三二一)/自筆本 |
| 品質・形状 | 紙本墨書、巻子装。紙数四十八枚、行草体 |
| 寸法 | 縦二九・五センチ、横約二一・七二メートル |
| 所有者 | 慈光明院 |
| 所在地 | 山形県山形市七日町一丁目四番十二号 |
| 公開状況 | 非公開。寺院は事前予約により参観可 |
| 僚巻 | 東大寺に二十一巻、京都国立博物館に一巻(巻第二十一) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7994
- e-Museum(国立文化財機構)華厳孔目章発悟記 巻第二十一
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=101039
- 奈良国立博物館 収蔵品解説(凝然)
- https://www.narahaku.go.jp/collection/1310-0.html
最終更新日: 2026.06.18