昭和9年、鶴岡の商店街に建った鉄筋コンクリート
旧小池薬局恵比寿屋本店は、山形県鶴岡市本町一丁目6-88の銀座通りに建つ昭和9年(1934年)竣工の鉄筋コンクリート造建築で、平成30年(2018年)11月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。鉄筋コンクリート造3階地下1階建、建築面積136平方メートル。所有者は鶴岡飲料株式会社である。
平面は長方形で、意匠の焦点は間口の狭い正面に集中する。一階は石造風に仕上げられ、目地の線と重い比例をコンクリートで表現する。二階から上はタイル張りに切り替わり、細長い縦目地のタイルが時刻によって異なる陰影を返す。仕上げの切り替わる位置と軒のコーニスには、浅い彫りの帯が横に走る。
コーニスの中央には円形のメダイヨンが据えられている。図像は鯛を抱えた恵比寿とされる。七福神のうち商売と漁業を司る神で、この建物を建てた商家の屋号が「恵比寿屋」であるから、装飾はそのまま看板を兼ねている。
昭和初期の地方都市で、この規模と構造を選んだこと自体に意味がある。当時の鶴岡は庄内藩の城下町を引き継ぐ町で、商店街の主流は木造の店舗であった。地下を備えた三階建のコンクリート造は、この通りの将来に対する所有者の見通しを形にしたものと言える。
県内初期の鉄筋コンクリート造ビルとして
文化庁は登録基準「造形の規範となっているもの」を適用し、山形県内における初期鉄筋コンクリート造ビルの好例と評価している。日本の都市に鉄筋コンクリート造が広まるのは大正期以降で、地方都市への波及は昭和初期にかけて段階的に進んだ。ただし最初の施主となるのは銀行、官公庁、百貨店といった大型の主体が通例であり、商店街に面した薬局は想定される担い手ではなかった。
細部の造形は時代を明示している。山形新聞はこの建物の近年の活用を報じた記事で、当時流行していたアールデコ様式を取り入れた点を歴史的価値として挙げる。直線的に刻まれた帯状の彫りと、規律ある縦目地のタイルは、その説明とよく整合する。歴史主義的な模倣ではなく、平坦で線的な、機械時代の装飾である。
登録番号は06-0191、第91回の登録にあたる。登録有形文化財の制度は外観の変更に届出を求める一方、建物を日常の用途に使い続けることを前提とする。商業建築の保存にとって、この柔軟さは決定的である。使い手が見つからなければ、この種の建物は残らない。
資料を照合する際の注意点を一つ。文化庁の記録は所在地を本町一丁目6-88とするが、現在一階で営業する店舗は本町1-6-8と表示している。一次資料である文化庁データベースの表記を優先すべきである。
店舗、事務室、倉庫、そして喫茶へ
当初の用途は、一階を店舗、二階以上を事務室とするもので、戦間期の商業建築に共通する垂直方向の使い分けである。一階の天井は上階の階高より明らかに高く取られている。当時の小売空間が要求した寸法がそのまま残っている。
用途はその後移り変わった。一時期は倉庫として使われ、やがて商店街の集客を意図したイベントや期間限定の飲食・物販の会場として断続的に開かれるようになる。令和2年(2020年)ごろ、鶴岡市のまちづくり会社カクギンが所有者から建物を借り受け、恒常的な活用に向けた整備を進めた。
2025年、一階に喫茶とバーを兼ねた「ebisuya」が開業した。石造風の仕上げと高い天井をそのまま生かし、古びた意匠のソファや家具を並べた設えで、営業は午前9時から翌0時まで、休みは不定である。電話は0235-22-2202。運営会社の取締役は、気軽に立ち寄って人と人が交わる場にしたい、という趣旨を語っている。
民間所有の登録有形文化財としては珍しく、内部に入れる建物である。ただし見学施設ではないので、館内を見たい人は一杯注文するのが筋になる。二階以上と地下は公開されていない。
銀座通りという舞台
銀座通りは片側にアーケードを備えた商店街で、長らく「シャッター街」と呼ばれてきた。その状況は動いている。荘内日報は2025年の記事で、この2年間にカフェやワインバーなど6店舗が新たに開業し、旧店舗をレンタルオフィスやテナントへ改装する動きが出ていることを伝える。近隣では衣料品店の跡地に昭和期の映画ポスターやレコード、漫画を集めた展示施設が生まれ、その裏手の住宅は訪日客向けのゲストハウスに改装された。
行き方は単純である。鶴岡へはJR羽越本線、または庄内空港からの連絡バスが使える。銀座通りのアーケードはJR鶴岡駅から南へ徒歩15分から20分ほど、タクシーなら数分の距離にある。外観は時間を問わず自由に眺められ、通りからの撮影に許可は要らない。
鶴岡には国の登録文化財が26件あり、指定文化財と合わせると数は大きい。商店街の西側には致道博物館、大宝館、鶴岡カトリック教会天主堂が徒歩圏に集まる。平成26年(2014年)にはユネスコ創造都市ネットワークの食文化分野に加盟しており、出羽三山への起点でもある。半日を市街地に充てる価値のある町である。
Q&A
- 旧小池薬局恵比寿屋本店の内部は見学できますか。
- 一階には2025年から喫茶・バー「ebisuya」が入っており、営業時間内であれば客として中に入れます。午前9時から翌0時まで、休みは不定です。石造風の内装と高い天井を見ることができます。二階以上と地下は公開されていません。
- 旧小池薬局恵比寿屋本店へのアクセスを教えてください。
- 山形県鶴岡市本町一丁目6-88、銀座通り商店街の中ほどに建っています。JR羽越本線・鶴岡駅から南へ徒歩15分から20分ほど、タクシーなら数分です。庄内空港からは連絡バスが鶴岡駅方面へ運行しています。
- 旧小池薬局恵比寿屋本店はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 平成30年11月2日に「造形の規範となっているもの」の基準で登録されました。文化庁は山形県内における初期鉄筋コンクリート造ビルの好例と評価しています。石造風の一階、タイル張りの上層、コーニス中央のメダイヨンに昭和9年当時の意匠が現れています。
- 旧小池薬局恵比寿屋本店の正面にある円い装飾は何ですか。
- コーニス中央のメダイヨンで、鯛を抱えた恵比寿とされています。商売の神である恵比寿は、この建物を建てた商家の屋号「恵比寿屋」に対応しており、装飾でありながら屋号を示す看板の役割も果たしています。
- 旧小池薬局恵比寿屋本店は撮影できますか。
- 外観はアーケードの通りから随時撮影できます。間口が狭く道幅も広くないため、広角のレンズがあると全体を収めやすいです。内部を撮る場合は、営業中の店舗であるため店員に一言確認してください。
基本データ
| 名称 | 旧小池薬局恵比寿屋本店(きゅうこいけやっきょくえびすやほんてん) |
|---|---|
| 所在地 | 山形県鶴岡市本町一丁目6-88 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 06-0191 |
| 指定年 | 平成30年(2018年)11月2日登録(第91回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造3階地下1階建、建築面積136平方メートル。昭和9年(1934年)竣工 |
| 所有者 | 鶴岡飲料株式会社 |
| 公開状況 | 外観は銀座通りから随時見学可。一階は喫茶・バー「ebisuya」として営業(9時から翌0時、不定休、電話0235-22-2202)。二階以上・地下は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「旧小池薬局恵比寿屋本店」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012469
- 文化遺産オンライン「旧小池薬局恵比寿屋本店」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/379654
- 鶴岡市内 指定文化財一覧(鶴岡市)
- https://www.city.tsuruoka.lg.jp/bunka/rekishi/shitei-bunka-ichiran.html
- 歴史的文化財でカフェ 鶴岡銀座商店街に「ebisuya」オープン(山形新聞)
- https://www.yamagata-np.jp/news/202509/18/kj_2025091800460.php
- 商店街に新風吹く 鶴岡・銀座通り(荘内日報)
- https://www.shonai-nippo.co.jp/cgi/ad/day.cgi?p=2025%3A08%3A09%3A15207
- 鶴岡市観光公式サイト
- https://www.tsuruokakanko.com/
最終更新日: 2026.08.11