稲荷森古墳とは:古墳分布の北端に近い米沢盆地の大型前方後円墳
稲荷森古墳(いなりもりこふん)は、山形県南陽市長岡の米沢盆地にある古墳時代の前方後円墳で、昭和55年(1980年)5月24日に国の史跡に指定された。
文化庁の記録では、指定基準は「貝塚、集落跡、古墳その他この類の遺跡」にあたる。
文化庁の詳細解説によると、全長は約96メートルで、出土した土器や古墳の形から5世紀代のものと考えられている。
稲荷森古墳の墳丘
文化庁の詳細解説によると、昭和8年(1933年)ごろに発見され、地形測量で再認識されて、昭和52年から54年(1977年から1979年)にかけて山形県が測量と発掘を行って確認した。西南へ連なる小さな低丘陵の一つを利用し、前方部を南南西に向ける。
後円部の直径は62メートル、高さ約10メートル、前方部は長さ34メートル、端の幅32メートル、高さ約5メートルで、後円部は3段に築かれている。後円部に比べて前方部が短く低い特色をもつが、全体として墳形をよく残している。葺石の一部や、後円部の築成前に割られた土師器の脚部が見つかった。
稲荷森古墳の見どころ
文化庁は、この地域が日本列島全体の古墳の広がりとしては北端に属するにもかかわらず、このような大型の前方後円墳が築かれていたことは、古墳時代研究に新しい問題を提起するものとしている。
周辺は古墳時代中期ごろの集落跡となっており、くびれ部は中世に墓としても利用された。
稲荷森古墳の見学方法
見学の条件についての公的な案内は確認できなかった。墳丘を歩く際は、史跡を傷つけないよう注意したい。
問い合わせは南陽市教育委員会へ。
Q&A
- 稲荷森古墳はいつ史跡に指定されましたか?
- 昭和55年(1980年)5月24日に指定されました。
- 稲荷森古墳の大きさは?
- 全長約96メートル、後円部の直径62メートル、高さ約10メートルです。
- 稲荷森古墳はいつ造られたのですか?
- 出土した土器や墳形から、5世紀代と考えられています。
- 稲荷森古墳の価値は?
- 古墳分布の北端に近い地域に大型の前方後円墳が築かれた点が注目されます。
- 稲荷森古墳の墳丘の特徴は?
- 後円部は3段築成で、前方部が短く低い特色をもちます。
基本情報
| 名称 | 稲荷森古墳(いなりもりこふん) |
|---|---|
| 所在地 | 山形県南陽市長岡 |
| 指定区分 | 史跡 |
| 指定年 | 昭和55年(1980年)5月24日指定 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 全長約96メートル、後円部径62メートル、高さ約10メートル |
| 所有者 | 文化庁の記録に記載なし |
| 公開状況 | 公的な見学案内は確認できず |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「稲荷森古墳」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/311
- 文化遺産オンライン「稲荷森古墳」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/201086
最終更新日: 2026.09.28