杉沢比山 ― 鳥海山の麓に受け継がれた山伏の舞

毎年八月、三晩にわたって、遊佐町杉沢の熊野神社の境内に三方吹き抜けの舞台が組まれる。面をつけ、鮮やかな装束をまとった舞手が、大太鼓と笛、銅拍子の囃子と謡にのって舞う。これが杉沢比山である。山形県の北端、鳥海山の麓に位置する遊佐町杉沢地区に受け継がれてきた番楽だ。

番楽とは、修験の山伏によって舞われた神楽のことをいう。東北の太平洋側ではこの系統の芸能を山伏神楽と呼び、日本海側では番楽と称する。なかでも鳥海山麓に根づいたものは、土地の言葉で「ヒヤマ」と名づけられた。

能より古い舞

杉沢比山がいつ始まったのか、はっきりとした記録はない。手がかりは舞そのものにある。能楽が完成する以前の古い様相を残していることから、その源流は少なくとも鎌倉時代までさかのぼると考えられている。

奉納先である熊野神社が、その由来の多くを説明してくれる。杉沢の熊野神社は、もとは「鳥海山二之王子熊野大権現」と呼ばれた社であり、鳥海山を修行の地として入峰した修験者たちの二之宿にあたっていた。鳥海山は霊山とされ、入山する修験者たちが舞を持ち込んだ。鳥海修験が時代とともに衰えていくなか、その芸能はいつしか村人の手に受け継がれ、今日まで続いてきた。

「比山」という名の意味は、いまも解き明かされていない。一説には、月山を「月山」とするのに対して鳥海山を「日山」と見立てた時代があり、その「日山」の番楽という意味で名づけられたという。鳥海山が火山であることに由来するとする見方もある。いずれも確証のある説ではない。

民俗学者が見出した夜

杉沢比山が山里の祭礼にとどまらなかったのは、昭和五年(一九三〇年)の夏がきっかけだった。初めての東北旅行に出た民俗学者の折口信夫が、八月十五日の「本舞」を見学し、強く心を動かされたという。折口はただちに芸能研究者の小寺融吉と本田安次に報せ、二人は二十日の「神送り」に間に合うように駆けつけた。

こうした学者たちの目にとまったことが、この芸能の運命を数か月のうちに変えた。同じ年の十一月、一行は上京し、日本青年館で催された明治神宮鎮座十年大祭で奉納公演を行う。この実現には折口らの推挙があったとされる。二日後の十一月六日には、靖国神社能楽堂で、民俗藝術の會が主催する単独公演として全曲が披露された。この上京公演を境に、杉沢比山の名は全国に知られるようになった。

指定の理由

杉沢比山は、昭和五十三年(一九七八年)五月二十二日に国の重要無形民俗文化財に指定された。数ある番楽のなかでも、すっきりと洗練された型と、水際立った鮮やかな舞振りが際立ち、芸術的価値の高いものと評価されたことによる。

その意義は、何を残しているかにある。舞のなかには、能楽が一つの様式としてまとまる以前の、さまざまな芸能の要素が含まれている。杉沢比山は、より古い時代の演技のあり方をのぞき見ることのできる、まれな手がかりなのだ。日本の芸能史を研究するうえで、きわめて注目すべき遺産の一つに数えられている。

見どころ

曲目はもともと二十四曲あった。現在まで継承されているのは十四曲で、全曲を演じると約四時間にもなる。特定の日にしか奉納しない曲もある。十四曲は、番楽、みかぐら、翁、三番叟、景政、蕨折り、曽我、鳥舞、景清、橋引、大江山、しのぶ、高時、猩々である。

会場を最も沸かせるのが猩々だ。酒を好む赤ら顔の精霊を舞うこの曲では、舞手が逆立ちのまま手だけで舞台を三周する。ほかの曲も、勇壮なものから荘厳なものまで、一夜のうちに表情を変えていく。担い手は大人ばかりではない。小中学生や高校生が舞う曲もあり、次の世代への継承が意識的に進められている。

囃子は簡素で、ゆるぎがない。大太鼓が拍子をとり、笛が旋律をつくり、銅拍子が間を刻み、謡い手がその詞章を歌う。舞台は境内に組まれた三方吹き抜けの板舞台で、静かな山里の闇に明かりが灯り、夏の星空の下で舞が演じられる。

周辺とアクセス

遊佐町は山形県の北西の隅、米どころの平野と鳥海山の裾野が出会うあたりにある。鳥海山と沖合の飛島は一体となってジオパークに認定されており、温泉や海岸の景色、鳥海山の古い登拝路にゆかりのある社殿など、立ち寄りどころに事欠かない。

三晩の公演は、八月のお盆の時期にあたる。先祖を迎えるこの季節と重なることは、舞と土地の信仰との古い結びつきをうかがわせる。日取りは定まっている。八月六日が「仕組み」、十五日が「本舞」、二十日が「神送り」だ。十五日には、これに先立って「お頭舞」の奉納も行われる。

会場は熊野神社の境内。車であれば酒田みなとICからおよそ三十分で、駐車は語りべの館の駐車場が無料で利用できる(路上駐車は不可)。電車の場合はJR遊佐駅から徒歩四十分ほどで、タクシーの利用をすすめたい。

Q&A

Q杉沢比山はいつ見られますか。
A毎年八月の三晩です。六日(仕組み)、十五日(本舞)、二十日(神送り)に演じられます。いずれも夜七時開始で、二時間半から三時間半ほど。十五日のみ、午後六時半からお頭舞の奉納もあります。
Q入場料はかかりますか。
A熊野神社への奉納行事として境内で演じられ、自由に観覧できます。チケットはありません。観劇というよりも、現に祈りの場である神社を訪れる心づもりでお越しください。
Q「比山」とはどういう意味ですか。
A意味は定かではありません。月山に対して鳥海山を「日山」と見立てたことに由来するという説や、鳥海山が火山であることに結びつける見方がありますが、いずれも確証はありません。
Q能とはどう違うのですか。
A杉沢比山は修験者の舞から育ち、能楽が様式として完成する前の古い芸能の要素を残しています。洗練された能とは異なる、より古層の演技が伝わっている点が、研究上も高く評価される理由です。
Qいちばんの人気曲はどれですか。
A赤ら顔の酒の精を舞う「猩々」です。舞手が逆立ちのまま手だけで舞台を三周し、観客を大いに沸かせます。

基本情報

名称杉沢比山(すぎさわひやま)
区分国指定重要無形民俗文化財(民俗芸能)
指定年月日昭和五十三年(一九七八年)五月二十二日
種別番楽(山伏神楽の系統)
会場山形県飽海郡遊佐町杉沢 熊野神社境内
奉納日毎年八月六日(仕組み)、十五日(本舞)、二十日(神送り)
曲目現在は十四曲を伝承(もとは二十四曲)
保護団体杉沢比山保存会
アクセス酒田みなとICから車で約三十分、JR遊佐駅から徒歩約四十分(タクシー推奨)。語りべの館の駐車場が無料で利用可。
観覧無料。境内の屋外で奉納

参考文献

文化遺産オンライン(NII) ― 杉沢比山
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/208210
遊佐町公式サイト ― 国指定重要無形民俗文化財 杉沢比山
https://www.town.yuza.yamagata.jp/archive/contents-824
全国神楽継承・振興協議会(宮崎県) ― 杉沢比山
https://www.miyazaki-archive.jp/kagura/database/104/

最終更新日: 2026.06.03