蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店)― 関門海峡を見守り続ける大正煉瓦建築

関門海峡に突き出す岬之町(はなのちょう)の小高い丘の上に、白いモルタル壁と赤煉瓦のコントラストが印象的な洋館が静かに佇んでいます。蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店)は、大正15年(1926年)に日本の捕鯨産業を牽引した東洋捕鯨株式会社の下関支店社屋として建てられました。平成25年(2013年)に国の登録有形文化財に登録され、日本遺産「関門"ノスタルジック"海峡」(ストーリー#052)の構成文化財にも認定されています。約100年の時を経た今もなお、関門海峡を行き交う船舶を見下ろすこの建物は、下関の捕鯨産業の隆盛と近代建築の美を今に伝えています。

東洋捕鯨株式会社と下関の捕鯨の歴史

蜂谷ビルの歴史は、日本の近代捕鯨の歩みと深く結びついています。明治32年(1899年)、山口県阿武郡奈古出身の岡十郎が日本遠洋漁業株式会社を設立し、ノルウェー式の近代捕鯨法を日本に導入しました。明治42年(1909年)には業界の合併を経て東洋捕鯨株式会社が発足し、本社を大阪、支社を東京と下関に置きました。大正期には国内の捕鯨事業をほぼ独占するまでに成長し、岡は「捕鯨王」と称されるまでになりました。

大正12年(1923年)に岡が急逝した後、その遺志を継いだ渋谷辰三郎の時代に、大正15年にこの下関支店社屋が建て替えられました。その後、昭和9年(1934年)の企業合併により日本捕鯨株式会社となり、わが国初の南氷洋捕鯨の船団を送り出すに至りました。この系譜は現在の日本水産(ニッスイ)へとつながっています。戦前・戦後を通じて、下関は捕鯨関連産業の一大拠点として国内有数の地位を築き、昭和30年代後半のピーク時には年間約2万トンを超える鯨肉が陸揚げされていました。

登録有形文化財としての価値

蜂谷ビルは平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは大きく二つあります。

第一に、建築的な価値です。煉瓦造と鉄筋コンクリート造を併用した2階建・地階付きの構造は、大正期の建築技術の過渡期を示す貴重な事例です。外壁はモルタル仕上げで、2階通しの柱形頂部にはセセッション(ウィーン分離派)様式の幾何学的な装飾が施されています。窓間の方立(ほうだて)には煉瓦タイルが貼られ、白壁と赤煉瓦の対比が鮮やかです。下関地域においてこのような様式の建築は珍しく、近代建築史上の意義を有しています。

第二に、産業史・地域史における価値です。日本の捕鯨事業の中核を担った東洋捕鯨株式会社の支店建築として、戦前の下関が果たした捕鯨産業の拠点としての役割を物語る数少ない遺構です。関門海峡エリアの歴史的景観に寄与する建造物として、日本遺産の構成文化財にも認定されています。

建築の見どころ

蜂谷ビルの外観で最も目を引くのは、白いモルタル壁と赤煉瓦タイルの鮮やかなコントラストです。整然と並ぶ縦長の窓は、大正期の洋風事務所建築の端正さを感じさせます。柱形は建物の全高にわたって伸び、その頂部にはセセッション様式の幾何学的な装飾が施されています。軒下の梁や2階腰壁にも同様のモチーフが見られ、当時の意匠への高い意識がうかがえます。

正面玄関には七角形の壁面とアーチという独特のデザインがあり、この建物に独特の個性を与えています。内部は時代とともに改修が重ねられていますが、後補天井の上には建築当初の天井中心飾りや柱頭飾りが残されており、大正期の内装意匠の一端を今に伝えています。

建物北側の鉄筋コンクリート造部分は、昭和43年(1968年)および昭和53年(1978年)に増築されたもので、建築面積は全体で約234平方メートルです。丘の上という立地から、建物の周囲からは関門海峡を行き交う船舶や対岸の北九州を望むことができます。

新たな息吹 ― レストラン高津

東洋捕鯨から日本捕鯨、日本水産へと所有が移り変わった後、島津海運下関営業所を経て、現在は「蜂谷ビル」の名称で貸事務所として使用されています。近年、1階の一部にフレンチレストラン「レストラン高津」が入居し、歴史的建造物に新たな命を吹き込んでいます。

2017年3月にオープンしたレストラン高津は、山口県出身の高津健一シェフが手がける完全予約制のレストランです。L字型カウンター8席のみのミニマルな空間は、大正期の重厚な外観とは対照的にモダンな雰囲気に仕上げられていますが、天井には当時の煉瓦がのぞき、歴史と現代が見事に融合しています。ゴ・エ・ミヨに6年連続掲載(2020年〜2025年、2025年版では3トック獲得)、食べログアワード2025 Bronzeを受賞するなど、高い評価を受けています。

周辺の観光スポット

蜂谷ビルは下関市の唐戸エリアに位置し、徒歩圏内に多くの観光スポットが点在しています。すぐ近くの「あるかぽーと」地区には、世界一のフグ展示数を誇る下関市立しものせき水族館「海響館」があります。唐戸市場では週末の「活きいき馬関街」で新鮮な握り寿司や海鮮丼を楽しめます。

歴史的建造物としては、国内最古の現役郵便局舎である下関南部町郵便局、大正4年築の旧秋田商会ビル(現・下関観光情報センター)、重要文化財の旧下関英国領事館などが徒歩圏内にあり、「唐戸レトロ」として人気の散策コースを形成しています。赤間神宮では壇ノ浦の合戦で入水した安徳天皇が祀られ、小泉八雲の怪談「耳なし芳一」の舞台としても知られています。

関門海峡を渡れば、北九州市門司区の「門司港レトロ」エリアがあり、明治・大正期の煉瓦建築群を散策できます。関門トンネル人道を歩けば、徒歩で本州から九州へ渡るというユニークな体験も可能です。高さ153メートルの海峡ゆめタワーからは、関門海峡と周辺の360度パノラマを一望できます。

Q&A

Q蜂谷ビルの内部を見学することはできますか?
A蜂谷ビルは現在、貸事務所ビルとして使用されているため、一般公開はされていません。ただし、1階の一部に入居する「レストラン高津」(完全予約制)を利用すれば、大正期の天井装飾や煉瓦の梁など、歴史的な内装を間近に鑑賞しながら食事を楽しむことができます。
Q最寄り駅からのアクセスを教えてください。
AJR下関駅から徒歩約15分です。サンデン交通バスで唐戸方面行きに乗車し「唐戸」バス停で下車、そこから西へ徒歩約5分で到着します。岬之町の小高い丘の上に建っていますので、あるかぽーと周辺から見上げると煉瓦の外観が目に入ります。
Q「登録有形文化財」とは何ですか?
A平成8年(1996年)の文化財保護法改正により創設された制度で、築後50年を経過し、国土の歴史的景観に寄与する建造物などを対象としています。重要文化財の「指定」制度よりも緩やかな規制のもとで、建物を活用しながら保存を図ることができるのが特徴です。蜂谷ビルがレストランや事務所として現役で使われているのも、この制度の柔軟性によるものです。
Q蜂谷ビルは日本遺産に含まれていますか?
Aはい。蜂谷ビルは日本遺産ストーリー#052「関門"ノスタルジック"海峡」の構成文化財のひとつに認定されています。このストーリーは、下関市(山口県)と北九州市(福岡県)にまたがる関門海峡エリアの豊かな建築遺産や文化を紹介するものです。

基本情報

名称 蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店)
文化財区分 登録有形文化財(建造物) 平成25年(2013年)3月29日登録
日本遺産 ストーリー#052「関門"ノスタルジック"海峡」構成文化財
竣工 大正15年(1926年) ※北側RC造部分は昭和43年(1968年)・昭和53年(1978年)増築
構造 煉瓦造及び鉄筋コンクリート造2階建、一部地階付、陸屋根 建築面積約234㎡
建築様式 セセッション(ウィーン分離派)様式の幾何学的装飾
所在地 〒750-0014 山口県下関市岬之町3-21他
アクセス JR下関駅より徒歩約15分/サンデン交通バス「唐戸」停下車、徒歩約5分
現在の用途 貸事務所ビル(1階の一部にレストラン高津が入居・完全予約制)

参考文献

蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店) — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/284339
山口県の文化財 — 蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店)
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=110211
蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店) — 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3474/
やまぐち近代建築ノート 第45回 蜂谷ビル(旧東洋捕鯨株式会社下関支店)
http://yamakinken.site/2022/04/03/やまぐち近代建築ノート連載-第45回蜂谷ビル(旧/
しものせき物語 — 下関とくじらの関わり(下関市公式観光サイト)
https://shimonoseki.travel/story/kujira/index.html
関門"ノスタルジック"海峡 構成文化財 — 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story052/culturalproperties/

最終更新日: 2026.03.25