鉄で鋳られた宝塔
山口県防府市の山あいに建つ阿弥陀寺に、黒々とした鋳鉄の宝塔が一基安置されている。高さは約160センチ、屋根の張り出しはおよそ96センチ。胴の中ほどがゆるやかに膨らむ姿は、五輪塔の水輪を思わせる。この胴の内部は円筒形の龕(がん)になっており、そこに水晶でつくられた小さな五輪塔が納められている。高さわずか13.9センチの水晶五輪塔で、その水輪の内側に仏舎利が安置される。
鉄の塔、水晶の塔、そして舎利。三者が一体となったこの作品は、国宝に指定されている。基壇にめぐらされた銘文には建久8年(1197年)十一月二十二日の年紀があり、造立を発願した人物の名が刻まれている。治承4年(1180年)に焼け落ちた東大寺の再建を率いた、俊乗房重源である。
重源と周防別所
源平の争乱のなか、平氏の南都焼討ちによって、大仏を擁する東大寺は大半が灰となった。その再興は国家的な事業となり、勧進の責任者である大勧進職に任じられたのが、すでに高齢に達していた重源(1121〜1206年)であった。
巨大な伽藍を建て直すには、まず大量の用材が要る。文治2年(1186年)、周防国が東大寺再建の造営料国に定められると、重源は周防国府に近い現在の防府へ下り、奥地の山から大木を伐り出す作業に取りかかった。
阿弥陀寺は、その翌年の文治3年(1187年)、重源が各地に設けた七つの別所の一つとして建立された。別所は勧進と宗教活動の拠点である。あわせて、この寺には後白河法皇の現世安穏を祈るという役割もあった。再建が始まって十年あまり、用材の供給地に建つこの寺で鋳られた鉄宝塔は、西国の一寺と奈良の大伽藍とを直接に結びつけている。
鋳鉄の技と銘文
当時の仏具や荘厳具の多くは、湯のまわりやすい青銅で鋳られた。鉄は扱いが難しい。融点が高く冷えやすいため、大きな中空の鋳物では割れや湯のまわり不足が起こりやすい。その鉄でこれだけの宝塔を鋳上げたこと自体が高度な技術であり、国宝指定の大きな理由となっている。鋳造にあたった工人たちは、東大寺大仏の復興にもかかわった宋の工人陳和卿(ちんなけい)に学んだとされる。
方形の基壇もまた、塔身に劣らず重要である。四方の各面の中央には金剛界四仏の種子(しゅじ)が大きく陽鋳され、東西南北の方位を示している。その周囲には、阿弥陀寺造立の趣旨と年紀、寺の所在地、寺を構成する七棟の堂舎、さらには湯屋の湯を沸かす釜といった具体的な設備までが鋳出されている。銘文には後白河法皇の安穏を祈る文や、重源および地元の有力者の名も記され、重源は自ら名のった「南無阿弥陀仏」の号で署名している。
こうした鋳造の技と、銘文が含む詳細な記録の双方が評価され、本塔は明治35年(1902年)に旧法のもとで保護を受け、昭和29年(1954年)に現行の文化財保護法による国宝に指定された。
細部を見る
間近で眺めると、塔は経てきた歳月を隠さない。舎利を納める龕の扉、屋根の隅から下がっていた飾りの鎖、軒の風鐸(ふうたく)は、いずれも失われている。頂部の相輪は風輪と空輪にあたる部分だが、寛文年間(1661〜1673年)の修理銘をもつため、当初のものではない。ただし基壇の銘文に「多宝十三輪鉄塔」とあることから、現在の輪郭は造立時の姿をおおむね踏襲していると考えられている。
内部の水晶五輪塔も、それ自体が見どころである。地水輪と火風輪の二材から成り、舎利は水輪の中に納められる。専門家が注目するのは二点。火輪が通常のゆるやかな曲面ではなく鋭い三角錐状をなすことで、これは重源にかかわる遺品にしばしば見られる特徴である。もう一点は、頂の空輪がほぼ球形に近く作られていることだ。小さな水晶塔こそが作品全体の核心であり、重い鉄の外殻が存在する理由でもある。
阿弥陀寺とその周辺
鉄宝塔は寺の文化財収蔵庫(宝物館)に納められ、拝観は予約制となっている。同じ収蔵庫には、重源の坐像、鉄印、寺の古文書など、重要文化財に指定された品々も並ぶ。茅葺きの仁王門の左右には、像高2.7メートルを超える金剛力士像が立つ。鎌倉初期の作で快慶の一派によると伝えられ、これも国の重要文化財である。
境内の一角には石風呂が残る。重源が東大寺の用材を伐り出す人夫たちの病気治療や疲労回復のために設けたと伝えられるものだ。後世に造られたもう一つの石風呂は毎月第一日曜に焚かれ、薪代を納めれば一般の参拝者も入ることができる。令和2年(2020年)、重源の生誕900年にあたり、寺は鉄宝塔に納められていた水晶五輪塔の形をかたどった供養塔を建てた。
今日の阿弥陀寺は、西日本有数の「あじさい寺」として広く知られる。約80種、4000株のあじさいが斜面を埋め、6月には入山料を要するあじさい祭りが開かれる。境内からは防府の市街と、その先の海が見渡せる。アクセスは、JR防府駅から阿弥陀寺行きのバスでおよそ20分、終点で下車する。車であれば、山陽自動車道の防府東インターチェンジから15分ほどである。
Q&A
- 参拝すれば国宝の鉄宝塔を見られますか。
- はい。鉄宝塔を納める文化財収蔵庫は予約制で、拝観には料金がかかります。前日までに連絡しておくと、国宝とあわせて収蔵庫の重要文化財も案内してもらえます。
- 内部の水晶五輪塔は何のためのものですか。
- 舎利容器です。水晶の五輪塔は、その水輪の中に仏舎利を納めています。舎利を礼拝する信仰は、重源が宋から持ち帰ったとされる行為の一つで、重い鉄の宝塔はこの小さな核を安置し守るために鋳られました。
- なぜ国宝に位置づけられているのですか。
- 理由は二つあります。扱いやすい青銅ではなく鉄でこの規模の塔を鋳上げたことが技術的に際立つ点、そして基壇の銘文が阿弥陀寺の創建の経緯を年紀入りで詳しく記す史料である点です。日本最古の鉄宝塔とも位置づけられています。
- 寺を訪ねるのに最適な時期はいつですか。
- 最も賑わうのは6月で、約4000株のあじさいが境内を彩るあじさい祭りの時期です。収蔵庫は予約すれば通年で拝観できるため、鉄宝塔そのものは季節を選びません。
- 防府駅からの行き方を教えてください。
- JR防府駅から阿弥陀寺行きの直通バスが出ており、終点まで約20分です。車では山陽自動車道の防府東インターチェンジから15分ほどで、境内には無料の駐車場があります。
基本情報
| 名称 | 鉄宝塔〈(水晶五輪塔共)〉(てつほうとう) |
|---|---|
| 所在地 | 山口県防府市牟礼1869 阿弥陀寺 |
| 所有者 | 阿弥陀寺(東大寺別院) |
| 区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定 | 明治35年(1902年)7月31日 旧法により保護/昭和29年(1954年)3月20日 国宝指定 |
| 員数 | 1基 |
| 年代 | 鎌倉時代・建久8年(1197年) |
| 寸法 | 鉄宝塔 高160.6cm・屋根張96.3cm/水晶五輪塔 高13.9cm |
| 拝観 | 文化財収蔵庫に収蔵。事前予約制・有料 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鉄宝塔〈(水晶五輪塔共)〉」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/449
- 観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース「東大寺別院阿弥陀寺 鉄宝塔(国宝)」
- https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/H30-01033.html
- 阿弥陀寺 アジサイ保存会 公式サイト
- https://www.c-able.ne.jp/~amidaji/
- おいでませ山口へ(山口県観光サイト)「東大寺別院阿弥陀寺」
- https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_14779.html
- たびたびほうふ「東大寺別院阿弥陀寺」
- https://visit-hofu.jp/spot/東大寺別院阿弥陀寺/
最終更新日: 2026.06.08