羽を持つ天然記念物
昭和12年(1937年)12月21日、身延の地のある対象が国の天然記念物に指定された。建造物でも美術品でも庭園でもない。指定が及んだのは六つの場所、西谷・東谷・南谷の谷あいの集落、町方の市街地、上之山の斜面、そして日蓮宗総本山・久遠寺の境内である。これらを一つに結びつけていたのは、一羽の鳥だった。
毎年五月ごろ、ブッポウソウは東南アジア方面から長い距離を渡ってこの谷へ到来した。寺の杜や周囲の斜面に立つ高木で雛を育て、九月末から十月のはじめには再び南へ去っていく。身延はその繁殖地として全国に知られ、鳥が利用する場所を囲むように保護の区域が定められた。
身延町ブッポウソウ繁殖地は、鳥の生息地として国が指定した数少ない天然記念物のひとつにあたる。今日では出会える機会はけっして多くないが、一羽の鳥と一つの鳴き声、そして信仰の山が結びついた経緯を知るために訪れる価値がある。
仏教の名を負う鳥
ブッポウソウは体長およそ30センチ、幅の広い翼を持つ鳥である。羽は深い青緑色で、頭から首にかけては藍黒色に近く、飛ぶときには翼の先端近くに淡い斑が白く光る。くちばしと足は鮮やかな赤。高い枝から飛び立って空中で昆虫を捕らえ、ほぼ同じ位置に戻る習性をもつ。
その名は、見た目の印象以上の重みを帯びている。「仏法僧」は仏教における三つの宝、すなわち仏・法・僧をあらわす三文字で書かれ、別名の三宝鳥もほぼ同じ意味をもつ。平安時代以降、夜の山林に響く三音の声が「ブッ・ポウ・ソウ」と聞きなされ、聖句を唱える声とされてきた。昼に寺社の杜で見かける美しい鳥がその声の主と考えられ、歌人たちは霊鳥として詩歌に詠んだ。
この理解はおよそ千年のあいだ受け継がれ、そして誤りだった。ブッポウソウ自身は「ゲッ、ゲッ」と濁った声しか発しない。昭和10年(1935年)6月、愛知県の鳳来寺山からその夜の声がラジオで全国に中継された。放送を聞いた山梨県のある人物が声の主を追い、神座山で撃ち落とした鳥は小さなフクロウだった。同じころ、鳥類学者の黒田長禮が、放送につられて鳴いた飼い鳥を確かめ、声の主がコノハズクであることを突きとめた。
二つの鳥の名を改めるのではなく、日本語はこの呼び名を二つに分けた。あでやかな鳥は「姿のブッポウソウ」、夜に鳴くフクロウは「声のブッポウソウ」と呼ばれるようになった。身延の繁殖地が守るのは姿のブッポウソウ、杉木立のあいだに実際に見ることのできた鳥である。
なぜ身延が選ばれたのか
昭和12年の指定は、ラジオ放送が鳴き声の謎を解いた二年後のことである。どの鳥を指すのかという曖昧さはすでに解消されていた。指定は、姿の見えるこの鳥が群れて繁殖する場所として、身延を明確に位置づけた。
指定の基準は、特有の産ではないものの、日本の著名な動物として保存を必要とするもの、およびその棲息地、というものである。身延は同じ理由で認められたいくつかの寺社の杜とともに名を連ねた。岐阜の洲原神社、長野・木曽の三岳、宮崎の狭野神社などがそれにあたる。
久遠寺との結びつきは偶然ではない。ブッポウソウは丈の高い成熟した林を好み、老木の高い位置にある樹洞に営巣する。長く一大寺院の境内として手入れされてきた身延山の杉林は、ちょうどそうした構造を備えていた。全国を見渡しても、この鳥の古くからの拠点はくり返し寺社の杜であった。大木がそのまま育つことを許された場所である。霊鳥としてブッポウソウを敬う心と、その生息環境が残されたこととは、いわば一枚の紙の表と裏の関係にあった。
今日の身延山と久遠寺
今この繁殖地を訪れるということは、実際には身延山とその麓の寺を訪れることを意味する。久遠寺は日蓮宗の総本山である。日蓮聖人は文永11年(1274年)にこの山へ入り、晩年をここで弟子の教導に費やした。その廟をめぐって発展した寺は、七百年を超えて参詣者を迎えてきた。
本堂へ至る道のりそのものがよく知られている。日本三大門のひとつに数えられる三門を抜けると、菩提梯と呼ばれる287段の石段が現れる。下から見上げると石の壁と見まがうほど急で、その名は登りきることを悟りの境地に重ねている。ゆるやかな女坂と急な男坂が同じ高さを別の傾斜で結び、駐車場からは斜行エレベーターも利用できる。
石段を登りつめた先に本堂と五重塔が立つ。三月下旬から四月のはじめには、山梨の外まで名の知られた境内のしだれ桜が花をひらく。建物の背後からは身延山ロープウェイが標高およそ1,150メートルの山頂へと上がり、晴れた日には富士山、南アルプス、駿河湾を望む七分間の空の旅となる。
ここで率直に記しておきたいことがある。ブッポウソウは全国的に数を減らし、環境省のレッドリストでは絶滅のおそれのある種に挙げられている。身延を含む歴史ある繁殖地の多くで、今この鳥を見かけることはまれである。広葉樹林の減少、社寺林周辺の宅地化、営巣に必要な老木の樹洞の不足が、いずれも影を落としてきた。広島や岡山、長野県南部など巣箱を設けた地域では個体数が回復している。身延を訪れることは、その経緯が生まれた場所を訪れることであり、また今も歩いて巡る価値のある信仰の山を訪れることでもある。
身延の周辺
身延はJR身延線沿いにある。富士川の谷をたどり、甲府と富士市側の海をつなぐ路線である。数駅離れた場所には下部温泉があり、療養と休息の地として古い歴史をもつ。湯と森に囲まれたこの一帯は、寺の参詣にあわせて一泊する拠点に向いている。
町の南には七面山がそびえる。標高はおよそ2,000メートル、それ自体が信仰の山であり、久遠寺ゆかりの守護神を祀る。山頂の社へ向かう道のりは険しく、登山口から数時間を要するが、信徒は年間を通じてこの道をたどる。
身延には探してみたい工芸の伝統もある。西嶋の地区では代々手漉きの和紙が作られ、西嶋和紙は今も山梨を代表する地場産品のひとつに数えられる。山をめぐる森が、そこに生きる鳥だけでなく、人びとの暮らしの営みをも形づくってきたことがうかがえる。
Q&A
- 身延でブッポウソウを見ることはできますか。
- 出会える機会は今ではまれです。ブッポウソウは夏鳥で、おおむね五月から初秋にかけて滞在しますが、身延を含む歴史的な繁殖地では個体数が大きく減少しました。見られれば幸運、という心づもりで訪ねるのがよいでしょう。
- 身延山を訪れるのに適した時期はいつですか。
- しだれ桜を目当てにするなら三月下旬から四月上旬です。初夏には杉林が深い緑に包まれ、ブッポウソウが歴史的に滞在した季節にあたります。秋の紅葉や、空気の澄む冬のロープウェイからの眺めも見ごたえがあります。
- 久遠寺へはどう行けばよいですか。
- JR身延線で身延駅まで行き、路線バスに乗り換えて寺の門に近い身延山バス停まで、およそ十五分です。東京方面からは高速バスも運行しています。バス停から境内までは歩いてすぐです。
- 本堂への登りは大変ですか。
- 菩提梯は287段の急な石段で、登りに十五分ほどかかります。女坂と男坂はより長いものの傾斜はゆるやかで、せいしん駐車場からは斜行エレベーターで石段を避けることもできます。体力にあわせて選んでください。
- なぜ鳥の繁殖地が天然記念物なのですか。
- 日本の天然記念物の制度は、景観や地質だけでなく、国の自然を知るうえで重要と判断された動物とその生息地も保護の対象としています。古くから霊鳥として敬われてきたブッポウソウは、その双方にかなう存在であり、身延はこの鳥のために残された場所のひとつでした。
基本情報
| 名称 | 身延町ブッポウソウ繁殖地(みのぶちょうぶっぽうそうはんしょくち) |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県南巨摩郡身延町 |
| 指定区域 | 西谷・東谷・上之山・町方・南谷・久遠寺境内 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和12年(1937年)12月21日 |
| 指定基準 | 特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの及びその棲息地 |
| 対象種 | ブッポウソウ(学名 Eurystomus orientalis) |
| 管理団体 | 身延町 |
| アクセス | JR身延線・身延駅からバスで身延山方面へ |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 身延町ブッポウソウ繁殖地
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1121
- 身延町公式サイト 【国指定天然記念物】身延町ブッポウソウ繁殖地
- https://www.town.minobu.lg.jp/bunka/rekishi/2017-0707-syougai-buppousou.html
- 身延山久遠寺 オフィシャルウェブサイト
- https://www.kuonji.jp/
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/
最終更新日: 2026.05.22