高室家住宅:甲府盆地に息づく江戸時代の医家の暮らし

山梨県甲府市高室町に佇む高室家住宅は、江戸時代から明治時代にかけて医薬業を営んだ名家の屋敷です。約5,000平方メートル(約1,500坪)にもおよぶ広大な敷地に、主屋をはじめとする9棟の建造物が良好な状態で保存されており、平成22年(2010年)に国の重要文化財に指定されました。薬を調合するための「調合所」や薬草を乾燥させるための屋根裏部屋など、医家住宅としての特徴的な設えが現在まで残されている極めて希少な遺構であり、江戸時代の医療と暮らしの姿を今に伝える貴重な文化財です。

歴史的背景:武田氏の時代から続く名家の系譜

高室家の歴史は戦国時代にまで遡ります。享禄4年(1531年)、甲斐国の守護である武田氏から現在の土地を与えられたと伝えられる由緒ある家柄です。武田信玄公の祖父にあたる武田信虎の時代から、この地に根を下ろしてきました。

江戸時代初期以降、高室家は医業および製薬業を家業とするようになります。享保9年(1724年)に甲府藩が廃藩となり、甲斐国が天領(幕府直轄地)となった後、高室家は士分格(武士と同等の身分)を与えられ、甲府城に駐在する幕府の行政機関「甲府勤番」の医家を務めました。甲府勤番は老中配下の遠国奉行筆頭として位置づけられる重要な役職であり、その医家を担うことは地域社会における高室家の高い社会的地位を物語っています。

医薬業の専門家でありながら武士としての格式も持つという二面性が、高室家住宅の建築様式や屋敷構成に色濃く反映されています。実用的な医療施設としての機能と、武家としての格式ある意匠が見事に融合した、類まれな住宅建築といえるでしょう。

重要文化財指定の理由:なぜ高室家住宅は貴重なのか

高室家住宅は平成22年(2010年)12月24日、「流派的又は地方的特色において顕著なもの」という基準に基づき、国の重要文化財に指定されました。それ以前の平成17年(2005年)5月には山梨県指定有形文化財にも指定されています。

指定の大きな理由の一つは、主屋に残る医薬業に由来する建築的特徴です。薬箪笥を造り付けた調合所や、薬草乾燥のためのつし二階など、江戸時代の医家としての設備が建築の中にそのまま残されている例は全国的にも極めて珍しく、近世における医療施設の実態を知る上で欠かすことのできない遺構です。

もう一つの重要な理由は、屋敷構え全体の構成にあります。主屋を中心に、長屋門、離れ、複数の蔵、弁財天堂、庭園などが計画的に配置された屋敷構えは、甲府地方の伝統的な住宅の構成を良好に伝えています。中世まで遡るとみられる敷地割りとともに、江戸時代から明治時代にかけて整えられた建造物群が、接客・祭祀・生業といった往時の暮らしの諸相を立体的に伝えている点が高く評価されました。

附(つけたり)指定として、糠蔵及び納屋1棟、中門1棟、古文書「清風館記」1冊、家相図3枚も指定されています。

建築の見どころ:9棟の文化財建造物を巡る

主屋(しゅおく)— 天明8年(1788年)建築

屋敷の中心に位置する主屋は、天明8年(1788年)の建築で、明治3年(1870年)に玄関が増築されました。桁行18.4メートル、梁間9.1メートルの入母屋造で、かつては茅葺屋根でしたが現在は鉄板で仮葺きされています。棟の中央には煙出しが設けられています。

内部は東半分が土間、西半分が床上部という構成です。最大の見どころは「調合所」で、薬箪笥が造り付けられた専用の部屋です。その上部には薬草を乾燥させるための「つし二階」が設けられ、茅葺屋根の通気性を活かした巧みな造りとなっています。床上部には、正面側にゲンカンノマ、ショイン(書院)、背面側にオカッテ(お勝手)、イマ(居間)、ナンド(納戸)が配され、江戸時代後期に増築された書院には床の間や欄間が設えられています。

離れ — 安政2年(1855年)改修

建築年代は明らかではありませんが、安政2年(1855年)に現在の姿に改修されたことが知られています。桁行7.8メートル、梁間3.6メートルの入母屋造で、北面を除く三方に濡縁が巡らされています。庭園に面した南面の妻は、懸魚や狐格子などの装飾で豊かに飾られており、当時の美意識を伝えています。内部は二間続きの座敷で、紙貼の打上天井、床の間、棚、花頭形をあしらった付書院など、凝った意匠が施されています。

長屋門(ながやもん)— 文久3年(1863年)建築

屋敷の正面に構える長屋門は、文久3年(1863年)の建築です。桁行19.1メートル、梁間3.6メートルという堂々たる規模で、切妻造桟瓦葺です。中央西寄りに通り口が設けられ、両開きの門扉が取り付けられています。通り口の東側にはオトコベヤ(男部屋)とモノオキ(物置)、西側にはケイコベヤ(稽古部屋)が配されており、武芸の稽古場を備えた武家の格式が感じられます。

文庫蔵(ぶんこぐら)— 明治41年(1908年)建築

桁行6.9メートル、梁間3.8メートルの土蔵造二階建てです。重要な文書や貴重品を保管するための蔵で、一階を二部屋に区画し、厚い土壁と両開扉で守られています。外壁に庇を差し掛けて「オダレ」と称する部屋を設け、主屋と接続しています。

新蔵(しんぐら)— 明治10年(1877年)建築

蔵座敷として建てられた上品な建物です。桁行5.5メートル、梁間4.5メートルの土蔵造二階建てで、南妻に蔵前が付されています。簡素ながらも内外ともに丁寧に仕上げられた明治期の上質な建築です。

前蔵(まえぐら)— 明治20年(1887年)建築

桁行7.3メートル、梁間4.5メートルの土蔵造二階建てです。西面に出入口を開き、西面全体に庇が付けられています。家財などの一般的な保管に使用されていました。

籾蔵(もみぐら)— 安政4年(1857年)建築

蔵群の中では最も古い建物です。桁行9.1メートル、梁間4.5メートルの土蔵造二階建てで、東西に二室を配し、南面にそれぞれの出入口が設けられています。未精米の籾を保管するための蔵で、医薬業と並行して農業も営んでいた高室家の生業の幅広さを示しています。

味噌蔵(みそぐら)— 明治24年(1891年)建築

桁行6.7メートル、梁間3.6メートルの土蔵造です。南半分を味噌蔵として、北半分を炭蔵として使い分けていました。自家製の味噌を仕込み保管していたことがうかがえ、自給自足の暮らしぶりが伝わります。

弁財天堂(べんざいてんどう)— 明治41年(1908年)建築

桁行1.8メートル、梁間2.4メートルという小さな建物ながら、入母屋造桟瓦葺で丁寧に造られています。正面の内法貫には虹梁風の彫刻が施されて蟇股が備えられ、両端には木鼻が取り付けられています。妻飾には懸魚と狐格子が用いられ、小堂ながら見応えのある装飾が凝縮されています。水や音楽、財福の神である弁財天を祀り、屋敷の守り神としての役割を果たしてきました。

屋敷構え:空間の構成を読む

高室家住宅の屋敷構えには、身分秩序、日々の営み、信仰の姿が空間として刻まれています。南側の街路から奥まった位置に長屋門が開かれ、門を入ると前庭が広がります。主屋は敷地の中央に南面して建てられ、東アジアの風水思想における最も吉とされる向きです。

主屋の西側には渡廊下で連絡する離れが建ち、その南面には独立した庭園が設けられ、塀で前庭と画されています。前庭の東側には前蔵と糠蔵・納屋が配され、主屋と糠蔵の間に建てられた塀と中門が、表の接客空間と裏の生活空間を区切っています。

主屋背面の裏庭にはかつて薬草が栽培されており、籾蔵、味噌蔵、弁財天堂が配されています。この計画的な配置は中世に遡る可能性のある敷地割りを踏襲しているとされ、甲府地方の伝統的な住宅構成を理解する上でも貴重な資料となっています。

見学のご案内

高室家住宅は個人所有の文化財であり、甲府市が管理団体となっています。見学には事前の予約が必要です。甲府市教育委員会に申し込むことで見学が可能になります。見学料は無料です。文化財の保存と公開のバランスを保つため、予約制による見学が行われています。

所在地は甲府市街地の南部、甲府盆地の中央低地部に位置しています。JR甲府駅からは車で約15分の距離です。駐車場の有無については見学予約時にご確認ください。

周辺の見どころ

高室家住宅の見学と合わせて訪れたい周辺の観光スポットをご紹介します。武田神社は、武田信玄公を祀る甲府随一の神社で、武田三代が居館とした躑躅ヶ崎館跡に創建されました。境内には当時の堀や石垣が残り、宝物殿には重要文化財の太刀「吉岡一文字」をはじめとする武田家ゆかりの品々が展示されています。

甲斐善光寺は、武田信玄公が永禄元年(1558年)に信濃善光寺の焼失を恐れて仏像などを移したことに始まる名刹です。重要文化財に指定された金堂の天井には巨大な龍が描かれ、手を叩くと共鳴する「鳴き龍」の体験ができます。

自然を楽しみたい方には、日本一の渓谷美と称される御岳昇仙峡がおすすめです。花崗岩の奇岩と渓流が織りなす絶景は四季を通じて楽しめ、特に秋の紅葉は見事です。ロープウェイからは富士山や南アルプスの雄大なパノラマが広がります。甲府市中心部から車で約35分です。

また、甲府はワインの産地としても知られ、勝沼・石和エリアには試飲が楽しめるワイナリーが点在しています。山梨県立美術館にはミレーの作品を中心としたコレクションがあり、芸術愛好家にも見逃せないスポットです。

Q&A

Q高室家住宅は予約なしで見学できますか?
Aいいえ、事前予約が必要です。高室家住宅は個人所有の文化財であり、甲府市教育委員会を通じて見学の申し込みが必要です。見学料は無料ですが、必ず事前にご連絡ください。
Q高室家住宅が他の歴史的な民家と異なる点は何ですか?
A最大の特徴は、江戸時代の医家としての設備が建築の中にそのまま残されていることです。薬箪笥を造り付けた調合所や、薬草を乾燥させるためのつし二階など、医薬業に特化した建築的工夫は全国的にも極めて珍しく、近世の医療施設の実態を伝える貴重な遺構です。
Q重要文化財に指定されている建物は何棟ありますか?
A9棟が重要文化財に指定されています。主屋、離れ、長屋門、文庫蔵、新蔵、前蔵、籾蔵、味噌蔵、弁財天堂の9棟です。さらに附指定として、糠蔵及び納屋、中門、古文書「清風館記」、家相図も含まれています。
Q高室家と武田氏にはどのような関係がありますか?
A高室家は享禄4年(1531年)に甲斐国の守護であった武田氏から現在の土地を与えられたと伝えられています。その後、江戸時代に甲府が天領となった際に士分格を与えられ、甲府勤番の医家として幕府の行政に携わるようになりました。
Q敷地内で最も古い建物はどれですか?
A天明8年(1788年)に建てられた主屋が最も古い建物です。ただし、敷地の区画そのものは中世にまで遡る可能性があるとされています。最も新しい建物は明治41年(1908年)建築の文庫蔵と弁財天堂で、屋敷全体として約120年の時代幅をもつ建造物群が残されています。

基本情報

名称 高室家住宅(たかむろけじゅうたく)
指定区分 国指定重要文化財(平成22年12月24日指定)
種別 近世以前/民家
指定建造物 主屋、離れ、長屋門、文庫蔵、新蔵、前蔵、籾蔵、味噌蔵、弁財天堂(計9棟)
時代 江戸後期〜明治時代(1788年〜1908年)
主屋建築年 天明8年(1788年)、明治3年(1870年)玄関増築
敷地面積 約5,000平方メートル(約1,500坪)
所在地 山梨県甲府市高室町字金山754番1
アクセス JR甲府駅から車で約15分
見学料 無料(要事前予約・甲府市教育委員会に申し込み)
管理団体 甲府市

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 高室家住宅
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004465
文化遺産オンライン — 高室家住宅(山梨県甲府市高室町)長屋門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/171301
文化遺産オンライン — 高室家住宅(山梨県甲府市高室町)主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/213933
文化遺産オンライン — 高室家住宅(山梨県甲府市高室町)前蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147107
山梨の歴史 — 甲府市:高室家住宅
https://www.yamareki.com/koufu/takahasi.html
奈良文化財研究所 文化財マップ — 高室家住宅
https://heritagemap.nabunken.go.jp/statistic/98010655
ぶらぶらJapan — 高室家住宅 山梨県甲府市
https://note.com/boola2japan/n/n4e5fe7372dae

最終更新日: 2026.04.17

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