空襲を免れた門

真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀は、愛知県名古屋市中区橘にある江戸時代後期の門と塀で、平成30年(2018年)に登録有形文化財となった。境内に残る建物のなかで最も古い。そして、それは偶然の結果である。

この寺は通称を東別院という。元禄3年(1690年)、尾張藩二代藩主の徳川光友が城下に真宗大谷派の御坊を建てることを許したところから歴史が始まる。翌元禄4年(1691年)には古渡城址の100間四方の土地が寄進され、東本願寺十六代の一如上人を開基として、以後12年をかけて伽藍が造営された。

東門そのものの建立年代を記した史料はない。愛知県の登録資料は、細部の意匠から、文化2年(1805年)から文政6年(1823年)にかけての伽藍拡張再建工事に合わせて建てられたものと判断している。昭和20年(1945年)3月12日の空襲で境内の建物はほとんどが焼失した。真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀は、そこを生き延びた。

登録の理由と評価

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は23-0523、第91回の登録にあたる。登録年月日と官報告示日はいずれも平成30年(2018年)11月2日である。

評価の柱は二つある。ひとつは希少性で、名古屋の都心は昭和20年の戦災で近世以前の建物をほとんど失っており、大規模な江戸期の寺院門が市内に残っていること自体が珍しい。もうひとつは造作の質である。文化庁の解説文は、量感のある部材を用いて規模雄大につくり、大寺院の風格ある表構えを形成していると記す。

この「登録」は「指定」とは別の制度である。平成8年(1996年)に始まった登録有形文化財の制度では、大きな改変にあたって届け出を求めるが、通常の修理に許可はいらない。年中開け閉めされる現役の寺門には、この仕組みが合っている。

見どころ

東門の形式は高麗門である。本柱2本と控柱2本からなり、本柱の上に切妻造の屋根を、控柱の上にもそれぞれ別の小屋根を載せる。門をくぐりながら振り返ると、屋根の輪郭が二段に折れて低くなっていくのがわかる。一間一戸、屋根は本瓦葺、間口は4.2メートルである。

本柱の固め方を見てほしい。2本の本柱の間に楣を渡し、その両端には木鼻が柱の外へ突き出す。楣の上からは3筋の腕木が前に伸びて軒桁を受ける。複雑な組物はどこにもない。効いているのは材の太さそのものである。

土に見えて土ではない塀

門の南北には木造で桟瓦葺の袖塀が延び、それと直角に土塀が接続する。北側の袖塀には潜戸が設けられ、本扉を閉めているときはここを通る。

土塀は石垣の上にのり、道路からは漆喰塗りの土塀に見える。しかし愛知県の調査によれば、構造は木造で、切妻造桟瓦葺の屋根をのせ、内部は空洞である。それを知って眺めると、門の両脇に重く連なる土の塊に見えていたものが、重さを装った軽い骨組みだったとわかる。

修復工事は平成27年(2015年)7月から平成28年(2016年)7月にかけて行われた。県の資料は、この工事が建立時の意匠をよく残していると記録している。いま立っているのは、江戸後期の大工が仕上げたままの姿である。

真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀の見学方法

境内は自由に入ることができ、拝観料はかからない。開門は午前6時、閉門は10月から4月が午後4時30分、5月から9月が午後5時30分である。真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀は境内の東面に開くので、地下鉄から歩いてくると最初に出会う建物になる。

地下鉄名城線の東別院駅で下車し、4番出口から西へ徒歩約5分。名古屋駅からは東山線で栄へ出て名城線に乗り換える。市バスは「東別院前」下車で徒歩3分から5分。境内に駐車場はあるが台数が少なく、行事の日は使えないこともある。

門は道路に面しているため、閉門時間の前後でも公道から見上げて撮影できる。早朝や夕方の光をねらうならこの見方になる。境内に入ってからは当日の掲示に従い、本堂での法要中の撮影は控えたい。開閉門の時刻は行事の都合で変わることがあるので、遠方から訪ねるときは事前に確認してほしい。

Q&A

Q真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀は見学できますか。拝観料と時間は。
A拝観料は不要です。開門は午前6時で、閉門は10月から4月が午後4時30分、5月から9月が午後5時30分です。門は公道からも見学できます。
Q真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀への行き方を教えてください。
A地下鉄名城線の東別院駅4番出口から西へ徒歩約5分です。市バスの場合は「東別院前」下車で徒歩3分から5分です。
Q東門が名古屋別院で最も古い建物なのはなぜですか。
A昭和20年(1945年)3月12日の空襲で境内の建物がほぼ全焼したためです。東門と土塀だけが罹災を免れ、現在の本堂は昭和37年(1962年)の再建です。
Q真宗大谷派名古屋別院東門はどのような形式の門ですか。
A高麗門です。本柱2本の上に切妻屋根をかけ、後ろの控柱2本にもそれぞれ小屋根を載せます。一間一戸で、間口は4.2メートルです。
Q名古屋別院の土塀は本当に土でできているのですか。
Aいいえ。愛知県の資料によれば構造は木造で、内部は空洞、石垣の上に切妻造桟瓦葺の屋根をのせています。外から土塀に見えるだけです。

基本情報

名称真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀
所在地愛知県名古屋市中区橘二丁目8-55
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法東門は木造、瓦葺、間口4.2メートル、左右袖塀及び北方潜戸付。土塀は瓦葺、総延長9.8メートル
所有者宗教法人真宗大谷派名古屋別院
公開状況境内自由、拝観料不要。開門と閉門の時刻は季節により異なる。門は公道から見学可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012552
愛知県「登録有形文化財(建造物)の登録について」(平成30年7月20日発表)
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunkazai/touroku-yuukei-bunkazai-kennzoubutu-20180720.html
愛知県「(資料2)真宗大谷派名古屋別院東門及び土塀」(PDF)
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/272952.pdf
真宗大谷派名古屋別院「アクセス」
https://www.ohigashi.net/access/
真宗大谷派名古屋別院「東別院を知る」
https://www.ohigashi.net/about/higashibetsuin/

最終更新日: 2026.09.02