短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉とは:織田有楽の愛刀で、前田家に伝わった来国光の短刀
短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉(たんとう〈めいらいくにみつ(めいぶつうらくらいくにみつ)〉)は、愛知県名古屋市の名古屋刀剣博物館を運営する東建コーポレーション株式会社が所有する、鎌倉時代の来国光の短刀で、昭和30年(1955年)2月2日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は1口、身長27.7センチメートル、反りはなく、昭和6年(1931年)12月14日に当時の制度で指定されている。
文化庁によると、織田有楽の愛刀だったことから有楽来国光の号があり、享保名物帳に載り、長く前田家に伝わった。
短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉の姿
文化庁によると、親の来国俊には見られない幅の広い、沸の強い乱刃の短刀である。やや寸法が長く、がっしりとした姿で、地鉄が強く、刃文は激しく、同工の作風を示している。
名古屋刀剣博物館によると、身幅が広く重ねも厚い豪壮な体配で、互の目交じりの大丁子乱れの刃文に、地鉄は流麗精細な小板目肌である。差表には素剣の刀身彫刻がある。
短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉の見どころ
名古屋刀剣博物館によると、織田信長の末弟で茶人でもあった織田有楽斎(長益)が豊臣秀頼から拝領し、のちに本阿弥光甫の取り次ぎで前田利常に譲ったもので、以後、長く前田家に伝来した。
同館によると、江戸時代に編纂された享保名物帳に五千貫の代付けが記載された名刀である。
短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉の見学方法
展示の予定は、名古屋刀剣博物館の案内で確かめたい。
Q&A
- 有楽来国光はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和30年(1955年)2月2日に国宝に指定されました。
- 有楽来国光の名の由来は?
- 織田有楽の愛刀だったことに由来します。
- 有楽来国光の伝来は?
- 豊臣秀頼から織田有楽斎に渡り、本阿弥光甫の取り次ぎで前田利常に譲られ、前田家に伝わりました。
- 有楽来国光の特徴は?
- 幅が広く沸の強い乱刃の短刀で、差表に素剣の彫物があります。
- 有楽来国光の大きさは?
- 身長27.7センチメートルで、反りはありません。
基本情報
| 名称 | 短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉(たんとう〈めいらいくにみつ(めいぶつうらくらいくにみつ)〉) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市(名古屋刀剣博物館) |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 昭和30年(1955年)2月2日指定(昭和6年(1931年)12月14日旧制度指定) |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 身長27.7センチメートル、反りなし |
| 所有者 | 東建コーポレーション株式会社 |
| 公開状況 | 展示は名古屋刀剣博物館に要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「短刀〈銘来国光(名物有楽来国光)〉」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/460
- 名古屋刀剣博物館「短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)」
- https://www.meihaku.jp/search/24789m/
最終更新日: 2026.09.29