貞照寺本堂 ― 日本初の女優・川上貞奴が建立した祈りの伽藍
岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町、木曽川の景勝地「日本ライン」を見下ろす丘の上に、ひときわ印象深い昭和初期の寺院建築が建っています。貞照寺本堂です。施主は、日本最初の近代女優として知られる川上貞奴。私財を投じてこの伽藍を建立した、稀有な祈りのかたちの結晶です。本堂は、伝統的な木造建築の正統と、当時としては斬新な鉄筋コンクリートの基礎構造、そしてパリ万博で喝采を浴びた一人の女性の波乱の生涯が、ひとつの建物の中に重ね合わされた、他に類を見ない作例となっています。平成18年には国の登録有形文化財に登録され、現在も諸芸上達を願う芸能関係者や、近代史・建築史に関心を持つ人々が静かな境内に足を運んでいます。
建立した女性 ― 川上貞奴という人
本堂を語るには、まず施主の人物像に触れる必要があります。川上貞奴(明治4年〜昭和21年、1871〜1946)は、東京日本橋の両替商の家に生まれ、家運の傾きから幼くして人形町の芸妓置屋「浜田屋」の養女となりました。優れた美貌と芸の才に恵まれ、少女のうちに東京一の芸妓と謳われ、時の総理大臣・伊藤博文や元老・西園寺公望らに贔屓にされたといいます。やがて新派劇の旗手・川上音二郎と結婚し、それまで女性が立つことのなかった近代の舞台に上がる道を歩み始めました。
明治32年、夫の一座とともに渡米した貞奴は、サンフランシスコ、シカゴ、ボストン、ニューヨークなど各地で日本舞踊を披露し、図らずも舞台に立つことになります。翌明治33年にはパリ万国博覧会に招かれ、フランス8代大統領エミール・ルーベの官邸で「道成寺」を舞いました。客席にはピカソ、ロダン、ドビュッシーらがおり、フランス政府は貞奴に「オフィシェ・ド・アカデミー勲章」を授けています。帰国後は帝国女優養成所を設立して森律子ら後進を育て、現代の日本の女優たちが立つすべての舞台の礎を築いた人物となりました。
幼い頃から不動明王を篤く信仰していた貞奴は、12歳のときに養母の大病を成田山新勝寺への参詣によって乗り越えた経験から、生涯にわたって成田不動を心の支えとし続けます。夫・音二郎の死後、女優業を退いた晩年の貞奴は、62歳にしてその信仰の集大成として、自らの寺院を建立することを決意しました。
木曽川を見下ろす聖地への投資
貞奴が境内地に選んだのは、大正2年に地理学者・志賀重昂によって「日本ライン」と名づけられた、ドイツのライン渓谷にも擬えられる木曽川沿いの風光明媚な地でした。彼女はここに約6,000坪(およそ19,800平方メートル)におよぶ敷地を求め、建設費35万6,000円という、現在の貨幣価値に換算すれば数十億円規模ともいわれる莫大な私財を投じて、本堂・庫裏・書院・鐘楼・仁王門・宝物倉などの伽藍一式を整えました。さらに、貞奴自身が日々参拝に通えるよう、門前には別邸「萬松園」も建てています。
落慶法要は、昭和8年(1933年)10月28日に厳かに執り行われました。創建当初の名は「金剛山桃光院貞照寺」。「桃光院」の名は、晩年の伴侶であった電力王・福澤桃介(福澤諭吉の婿養子)への思いが込められたものといわれます。昭和21年に貞奴が没した後、寺は一時荒廃しましたが、昭和35年に成田山名古屋別院の管理下に入り、現在の「成田山貞照寺」と改称されました。
登録有形文化財としての価値
本堂は、平成18年(2006年)8月3日付で、境内の他の建物群(庫裏、書院、鐘楼、門、宝物庫など)とともに、文化庁から国の登録有形文化財(建造物)として登録されました。この指定は、貞照寺本堂が昭和初期の宗教建築として、きわめて完成度が高く、また歴史的にも特異な意義を持つことを評価したものです。
登録の根拠として、まず挙げられるのは設計・施工の格の高さです。伽藍の建設は、尾張藩作事方の棟梁として400年続く名跡・伊藤平左衛門に委ねられました。本堂は、千葉県の成田山新勝寺の本堂(現在は釈迦堂として伝わる旧本堂)を範として建立されており、東国の不動信仰の中心と直接の意匠的つながりを持っています。
第二に、構造技術の革新性です。木造の本堂は、鉄筋コンクリート造の高床舞台付の基礎の上に建てられており、これは1930年代の宗教建築としてはきわめて斬新な選択でした。コンクリートの基壇の上に、総檜造りで本格的な伝統工法の堂宇を載せるという、近代の構造技術と日本古来の木造建築技術との誠実な融合がここに実現しています。
第三に、建物自体が一つの物語を語っているという点です。側面・背面の壁面には、大正・昭和期に活躍した名工・金子光清の手による堂羽目板の彫刻8面が嵌め込まれ、施主・貞奴自身の人生における不動尊霊験記が表現されています。施主の生涯を建物外壁に物語として刻んだ寺院は、日本でも他に類を見ません。
本堂の見どころ
本堂は木造平屋建、銅板葺、建築面積251平方メートル。桁行・梁間とも中央間が広い方5間堂で、屋根は入母屋造、正面に千鳥破風、向拝には軒唐破風を付け、瓦棒銅板葺で仕上げられています。軸部から軒廻りに至るまで、伝統的な木造寺院建築の正統的な工法を譲ることなく踏襲した作例です。
建物に独特の風格を与えているのは、正統的な木造の本堂と、それを支える鉄筋コンクリート造の高床舞台付基礎との劇的な組み合わせです。境内から見上げると、本堂は堂々と高く据えられ、正面の階段が訪れる人の視線を向拝へ、そしてその奥の堂内へと導きます。堂内に安置されるご本尊・不動明王は、仏師・小川半次郎の遺作。光背の火焔が円形にまとめられているのが特徴で、「人心がまろやかに、世の人々の仲が円く収まるように」との祈りが込められているとされます。
建物の外周をゆっくりと歩いてみることも、本堂を訪れる際の大きな楽しみのひとつです。側面と背面に施された8面の堂羽目板彫刻は、貞奴の人生における不動明王信仰のエピソードを順に刻んだ、いわば建築としての伝記です。養母の重病が成田参詣によって平癒した場面、福澤桃介が手がけた木曽川の難工事・大井ダムが無事に完成した場面など、施主の人生の節目が一つ一つ表現されています。これらの彫刻の下絵は、境内にある貞奴縁起館に大切に収蔵されています。
参拝の手引き
境内は年中無休で参拝でき、開門時間はおよそ午前9時から午後3時まで。境内自体に拝観料はかかりませんが、貞奴縁起館に入館して舞台衣装、台本、家具調度品、川上音二郎・貞奴夫妻をモデルにL.ベルンスタンが制作した20世紀初頭のブロンズ胸像などをご覧になる場合は、別途拝観料が必要です。諸芸上達・芸能祈願のための参拝を目的に訪れる方が多く、舞台俳優、舞踊家、音楽家、創作活動に携わる方など、芸の道に身を置く方々にとって心強い祈りの場として親しまれています。
なお、境内の登録有形文化財の一つであった鐘楼堂は、令和6年(2024年)2月27日の火災により焼失しました。本堂をはじめ、その他の歴史的建造物への影響はありません。
東京方面からは、東海道新幹線で名古屋へ向かい、名鉄名古屋駅から快特・特急で新鵜沼駅まで約30分(快急・急行で約35分)。新鵜沼駅からはタクシーでおよそ10分、または各務原市ふれあいバス(鵜沼線・東西線)「貞照寺前」バス停下車徒歩約1分です。JR岐阜駅からは、JR鵜沼駅まで約25分、その後タクシーまたはバスでお越しいただけます。
周辺の見どころ
貞照寺の周辺には、中部地方でも屈指の文化的景観が広がります。木曽川の対岸には、現存12天守のひとつであり、国宝に指定された天守を持つ犬山城があります。崖の上にそびえるその姿は、貞奴がこの地に惹かれた理由を今も静かに物語っています。
門前すぐには、貞奴の別邸であった旧萬松園(現在は迎賓館サクラヒルズ川上別荘として運営、見学は予約制)が現存しています。さらに貞奴の足跡を辿りたい方には、福澤桃介とともに名古屋で暮らした「二葉御殿」を復元・移築した「文化のみち二葉館」もあわせて訪ねることをおすすめします。本堂の真後ろに広がる森林公園「日本ラインうぬまの森」では、四季折々の自然の中で散策が楽しめます。木曽川の景勝「日本ライン」は、犬山から発着する川下りの船で巡るのが一番の味わい方です。
Q&A
- 貞照寺はどなたが、なぜ建立した寺院ですか?
- 日本最初の近代女優として知られる川上貞奴が、昭和8年(1933年)に私財を投じて建立した寺院です。貞奴は幼少の頃より不動明王を篤く信仰し、人生の節目で何度もそのご加護を受けたと感じていました。生涯の信仰の集大成として、その感謝のかたちを寺院という形で結実させたものです。
- 本堂の建築としての特徴を教えてください。
- 総檜造りの本格的な五間堂で、成田山新勝寺の本堂(現・釈迦堂)を範に建立されました。最大の特徴は、伝統的な木造建築を、鉄筋コンクリート造の舞台付の高床基礎の上に載せている点です。和の正統的工法と、昭和初期としては斬新な構造技術との見事な融合を体現しています。さらに側面・背面には、施主の生涯における不動明王信仰のエピソードを刻んだ8面の彫刻が施されています。
- 芸能との結びつきはどこから来ているのですか?
- 施主の川上貞奴が日本初の近代女優であったため、貞照寺は古くから舞台俳優、舞踊家、音楽家など、創作と表現の道に身を置く方々の信仰の場として知られてきました。諸芸上達・芸能祈願にご利益があるとされ、現在でも芸能関係の方々が参拝に訪れる寺院として親しまれています。
- 本堂内部に入ることはできますか?
- 本堂正面で参拝することができ、外周の堂羽目彫刻もゆっくりと拝見できます。貞奴の舞台衣装や台本、ゆかりの品々をご覧になりたい場合は、境内の貞奴縁起館に拝観料をお納めいただくとご見学いただけます。
- 海外からの旅行者にもおすすめできる場所ですか?
- はい、ぜひお勧めしたい寺院です。国宝・犬山城と組み合わせて訪ねやすく、近代日本の女性史、舞台芸術史、東西文化の出会いに関心のある方にとって、大変示唆に富んだ訪問先となります。一部の解説は日本語のみとなりますが、建築と彫刻そのものが言葉を超えて多くを語りかけてくれます。
基本情報
| 名称 | 貞照寺本堂(ていしょうじ ほんどう) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録年月日:平成18年(2006年)8月3日 |
| 所在地 | 〒509-0123 岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町5-189 |
| 所有者 | 成田山貞照寺 |
| 建立 | 昭和8年(1933年)10月28日 / 施主:川上貞奴 |
| 設計・施工 | 伊藤平左衛門(尾張藩作事方棟梁の名跡) |
| 構造 | 木造平屋建、総檜造り、鉄筋コンクリート造舞台付の高床基礎、銅板葺 |
| 屋根 | 入母屋造、正面千鳥破風付、向拝軒唐破風付、瓦棒銅板葺 |
| 建築面積 | 251平方メートル |
| 本尊 | 不動明王(仏師・小川半次郎作) |
| 参拝時間 | 9:00〜15:00/年中無休(境内自由、貞奴縁起館は拝観料要) |
| 電話 | 058-384-0202 |
| アクセス | 名鉄新鵜沼駅・JR鵜沼駅よりタクシー約10分/各務原市ふれあいバス「貞照寺前」下車徒歩約1分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン|貞照寺本堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/152215
- 成田山貞照寺 公式サイト
- https://naritasan-teishoji.com/
- 成田山貞照寺|川上貞奴女史の歩み
- https://naritasan-teishoji.com/ayumi.html
- 各務原市|登録有形文化財
- http://mobile.city.kakamigahara.lg.jp/appeal/bunkazai/011706.html
- かかみがはらさんぽ|貞照寺
- https://kakamigahara-kankou.jp/tourism/260
- 岐阜の旅ガイド|貞照寺
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_5713.html
- Wikipedia|貞照寺
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E7%85%A7%E5%AF%BA
- JIA東海|貞照寺・晩松園 保存情報
- http://www.jia-tokai.org/archive/sibu/architect/2008/10/hozon.htm
最終更新日: 2026.04.26