大正11年、繭の町に建った鉄筋コンクリート庁舎
豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)は、愛知県豊田市喜多町4-45にある大正11年(1922年)建築の鉄筋コンクリート造平屋建の官公庁舎で、平成12年(2000年)10月18日に国の登録有形文化財となった建造物である。
日本で最初の鉄筋コンクリート建築が建てられたのは明治44年(1911年)頃とされる。その11年後、名古屋から離れた西三河の町に県の出先機関がこの材料で庁舎を構えたことになる。豊田市域に現存する鉄筋コンクリート造の建築としては最古のものだという指摘もあるが、これは地域の調査記録にもとづく評価で、文化庁のデータベースに記載があるわけではない。
この庁舎が必要とされた背景には、蚕がいる。明治30年(1897年)の蚕種検査法により、各府県は蚕種の品質を検査する体制を整えることになった。当時の愛知県は全国屈指の養蚕県で、県庁内の本所のほかに県内13か所の支所を置いている。大正2年(1913年)に西加茂郡挙母町へ第四支所の挙母出張所が設けられ、大正10年(1921年)に第九支所へ昇格した。翌年に建てられたのがこの建物である。
ここでは蚕病予防のための蚕卵検査や蚕の品種改良の研究が行われていた。周囲の挙母町は西三河一帯の繭取引の中心であり、庁舎の性格はそのまま町の経済構造を反映している。
なお文化庁データベースの解説文は、この建物を「旧県蚕糸試験所」と記している。登録名称および地域史の記録はいずれも蚕業取締所第九支所を指しており、データベース側の記述に不整合があるものと考えられる。
登録基準「造形の規範となっているもの」
平成8年(1996年)に始まった登録有形文化財制度は、三つの登録基準のいずれかに該当する建造物を対象とする。この建物が該当したのは第一の基準、すなわち造形の規範となっているものである。登録番号は23-0048、登録告示は平成12年(2000年)11月6日。
評価の対象となった造形は、ひとつの建物のなかで二つの語彙が並走している。平面はコの字形をとり、建築面積は556平方メートル。窓は水平方向に広く連なり、この開口の取り方は木造軸組では実現しがたい規模で、鉄筋コンクリート造だからこそ可能になったものである。装いとしては明確に西洋建築の側に立つ。
ところが細部に和風の意匠が入り込む。正面玄関の上部と妻側には千鳥破風が構えられ、各柱の頭部には大斗と肘木が置かれる。いずれも構造上の役割は負っていない。コンクリート柱に組物は不要であり、これらは木造建築の語彙をコンクリートに翻訳して引用したものと理解される。
洋風の構造に和風の屋根や細部を載せる手法は昭和10年前後の官庁建築で一つの様式として定着していく。大正11年の県出先機関は、その流行が固まるより前に位置している。登録基準の判断がここに向けられたと考えるのが自然だろう。
見どころと訪問の実際
まず柱頭を見てほしい。大斗と肘木は小ぶりで高い位置にあり、意識しないまま通り過ぎてしまう。木彫りの組物が持つ丸みのある稜線と、型枠から抜かれたコンクリートの直截な角とを見比べると、材料の置き換えがそこで起きていることがはっきりする。
次に少し距離をとって正面全体を眺める。水平に伸びる窓の連なりに対して、玄関上の千鳥破風は垂直方向の焦点と、官庁建築らしい屋根の輪郭を与えようとしている。両者が完全に調和しているかどうかは見る人の判断に委ねられる。むしろ噛み合いきらない緊張のほうが、この建物の面白さかもしれない。
所在地は名鉄三河線・豊田線の豊田市駅から東へ徒歩約5分、豊田スタジアムへ向かう道の途中にあたる。建物は通りに面して建ち、正面外観と前面の登録有形文化財である門は、公道から無料でいつでも見ることができ、撮影も差し支えない。
内部の見学については状況が変わっている。平成17年(2005年)11月からこの建物は豊田市近代の産業とくらし発見館として使われ、豊田市域の近代産業を扱う無料の展示施設として公開されてきた。同館は令和5年(2023年)3月31日に閉館し、その機能と資料は令和6年(2024年)4月26日に小坂本町5-80で開館した豊田市博物館へ引き継がれている。以降、内部の定期公開は発表されていない。内部を見たい場合は、事前に豊田市文化財課(0565-32-6561)へ確認するのが確実である。
Q&A
- 豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)の内部は見学できますか。
- 現在のところ定期的な内部公開は行われていません。入居していた豊田市近代の産業とくらし発見館は令和5年(2023年)3月31日に閉館し、機能は豊田市博物館へ移りました。外観と門は通りから見学できます。内部については豊田市文化財課(0565-32-6561)へお問い合わせください。
- 旧愛知県蚕業取締所第九支所へのアクセスと最寄り駅からの所要時間を教えてください。
- 名鉄三河線・豊田線の豊田市駅から東へ徒歩約5分です。豊田スタジアムへ向かう道沿いにあたり、住所は豊田市喜多町4-45。建物は通りに面して建ち、石造の門が道路側を向いています。
- 豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)の撮影はできますか。
- 外観は公道に面しているため、通りからの撮影に支障はありません。別途登録されている門を手前に入れると正面外観がよく収まります。敷地は市有地であり、公開施設としての運用が終わっているため、無断で敷地内へ立ち入ることは控えてください。
- 旧愛知県蚕業取締所第九支所はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 登録基準は「造形の規範となっているもの」です。鉄筋コンクリート造が日本に導入されてまだ10年ほどの大正11年(1922年)に地方の出先機関が採用した早い事例であること、そして水平連窓による洋風の構成に千鳥破風や大斗・肘木といった和風意匠を組み合わせた造形が評価されました。
- 蚕業取締所の廃止後、この建物はどのように使われてきたのですか。
- 愛知県の蚕業取締所は昭和30年(1955年)に廃止されました。建物は昭和28年(1953年)から挙母市立図書館、昭和45年(1970年)から豊田加茂医師会准看護婦学校、昭和50年(1975年)4月から平成16年(2004年)3月まで豊田市青少年相談所として使われています。登録名称はこの最後の用途に由来します。
基本データ
| 名称 | 豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県豊田市喜多町4-45 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0048/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成12年(2000年)10月18日登録、同年11月6日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造平屋建、瓦葺、建築面積556平方メートル |
| 所有者 | 豊田市 |
| 公開状況 | 外観は公道から常時無料で見学可。令和5年(2023年)3月31日の発見館閉館以降、内部の定期公開なし。問い合わせは豊田市文化財課 0565-32-6561 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001913
- 文化遺産オンライン 豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/181823
- 豊田市の文化財(指定・登録・選定)|豊田市
- https://www.city.toyota.aichi.jp/sportsbunka/bunka/1009223/1005361.html
- 国指定文化財等データベース(文化庁)豊田市青少年相談所(旧愛知県蚕業取締所第九支所)門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001914
最終更新日: 2026.08.04