青森県丹後平古墳群出土品 ― 蝦夷社会の実像を伝える考古資料
青森県八戸市の南西部、馬淵川と土橋川に挟まれたなだらかな丘陵地に、東北北部最大級の古墳群「丹後平古墳群」があります。飛鳥時代中頃から平安時代前期にかけて築かれた100基以上の円墳からは、刀剣類、装身具、土器など多彩な副葬品が発見されました。2018年(平成30年)10月31日、その中から厳選された195点が国の重要文化財に指定され、かつて「蝦夷(えみし)」と呼ばれた人々の暮らしと文化が、新たな光のもとで注目を集めています。
丹後平古墳群とは
丹後平古墳群は、標高90〜100メートルの尾根の平坦面に位置する群集墳です。1987年(昭和62年)、八戸ニュータウン開発に伴う発掘調査で発見され、その重要性から開発計画が変更されて主要部分約7,000平方メートルが保存されました。これまでに85基が確認され、未調査部分を含めると100基前後の古墳が存在すると推定されています。
古墳はいずれも直径4〜9メートルほどの小規模な円墳で、木棺を直接土坑に埋葬する形式がとられています。多くの古墳では土坑の手前に横穴式石室の羨道部に由来すると考えられる通路状の張り出しが設けられ、棺床に礫や木炭を敷く例も見られます。周溝からは意図的に壊された土師器・須恵器が出土しており、墓前祭祀が行われていたことがうかがえます。ここに埋葬された人々は、律令国家の直接的な支配が及ばなかった地域の首長たちとその家族であったと考えられています。
重要文化財に指定された出土品
重要文化財に指定された195点は、古墳の埋葬施設や周溝から出土した副葬品と祭祀遺物の一括資料です。その内容は多岐にわたり、蝦夷社会の多様な側面を浮き彫りにしています。
武器類
直刀、方頭大刀、蕨手刀(わらびてとう)、刀子(とうす)、鉄鏃(てつぞく)などが出土しています。なかでも蕨手刀は、蕨(わらび)の新芽のように丸く巻いた柄頭が特徴的な東北・北海道地方独特の刀で、蝦夷文化圏を象徴する遺物として知られています。
装身具類
勾玉132個を含む約1,800点にのぼる玉類が発見されました。切子玉やガラス玉など色彩豊かな玉類に加え、錫製の釧(くしろ=腕輪)も出土しています。錫釧は北海道でも出土例があり、津軽海峡を越えた北方との交流を示す重要な遺物と位置づけられています。
金装獅噛三累環頭大刀柄頭
最も注目される出土品が、最大規模の15号墳の周溝から発見された「金装獅噛三累環頭大刀柄頭(きんそうしがみさんるいかんとうたちつかがしら)」です。これは大刀の柄の先端に取り付けられた装飾金具で、黄銅製(真鍮製)の鋳造品です。歯をむき出した獅子の意匠(獅噛文)と三重の環を組み合わせた形状は国内に類例がなく、三累環には飛雲文を毛彫りした後に金象嵌が施され、獅噛文には鍍金が施されています。
この柄頭は6世紀前半から中頃にかけて朝鮮半島で製作されたと考えられており、韓国全羅南道羅州市の伏岩里三号墳から類似の刀剣が刀身付きの状態で出土したことで、その推定が裏付けられました。丹後平古墳群では柄頭とともに金銅製の筒金具・責金具と柄木が出土しており、柄木の放射性炭素年代測定では7世紀後半の年代が得られています。製作から埋納まで100年以上にわたって伝世されたことになり、この刀が蝦夷の首長にとっていかに貴重な宝物であったかがうかがえます。
律令国家との関わりを示す遺物
周溝からは、律令官人が着用する帯の金属飾りである銙帯金具(かたいかなぐ)や、708年(和銅元年)に鋳造が始まった日本最古の流通貨幣のひとつ「和同開珎(わどうかいちん)」も出土しています。これらは、蝦夷社会が中央政権と一定の接触を持ち、律令国家の物質文化を取り入れていたことを物語る貴重な証拠です。
土器類
古墳の周溝からは、墓前祭祀に用いられた土師器・須恵器が多数出土しています。意図的に破壊された状態で発見されたものも多く、死者を弔う祭祀の具体的な様相を知ることができます。これらの土器の編年は古墳群の年代を特定する上でも重要な手がかりとなっています。
なぜ重要文化財に指定されたのか
丹後平古墳群出土品が重要文化財に指定された理由は、大きく三つあります。
第一に、この出土品群が東北北部の「末期古墳」と呼ばれる古墳文化を代表するまとまった資料であることです。7世紀から9世紀にかけて蝦夷の地で展開した独自の墓制と副葬品の体系を、これほど包括的に示す資料は他に例がありません。
第二に、金装獅噛三累環頭大刀柄頭が国内唯一の出土例であることです。朝鮮半島製のこの柄頭は、蝦夷社会が国際的な交易ネットワークに組み込まれていたことを直接的に証明する遺物であり、蝦夷を「辺境の未開人」とする従来のイメージを覆す発見です。
第三に、蝦夷独自の遺物(蕨手刀、錫釧)と律令国家由来の品々(銙帯金具、和同開珎)が共存している点です。文献史料にはほとんど登場しない八戸地域の当時の社会構造や、中央政権との関係を知ることができる数少ない物質資料として、学術的に極めて重要な意義を持っています。
魅力・見どころ
重要文化財に指定された出土品は、八戸市博物館の常設展示室で公開されています。金装獅噛三累環頭大刀柄頭をはじめ、蕨手刀、勾玉、錫釧、土器類など、選りすぐりの資料を間近で見学することができます。金象嵌や鍍金が施された柄頭の精緻な装飾は、ガラスケース越しでもその美しさと技術の高さが十分に伝わります。
八戸市博物館は、国史跡・根城跡の敷地内に建つ歴史系博物館です。考古展示室では縄文時代から中世までの八戸の歴史が体系的に紹介されており、丹後平古墳群の出土品をより広い歴史的文脈の中で理解することができます。
博物館に隣接する「史跡根城の広場」も必見です。1334年(建武元年)に南部師行が築いた根城の本丸跡を安土桃山時代の姿に復原した公園で、主殿・工房・馬屋などの建物が忠実に再現されています。日本100名城にも選定されており、古代の蝦夷文化と中世の武家文化を一か所で体感できる贅沢なスポットです。
周辺情報
八戸市は青森県東部の太平洋に面した港町で、歴史文化だけでなくグルメや自然の見どころも豊富です。
是川縄文館は、八戸市内にある縄文遺跡の出土品を展示する施設で、国宝「合掌土偶」をはじめとする精巧な縄文文化の遺物を鑑賞できます。丹後平古墳群出土品と合わせて訪れれば、縄文から古代にかけての北東北の歴史を深く理解することができます。
館鼻岸壁朝市は、毎年3月中旬から12月にかけて開催される日本最大級の朝市で、約300店もの出店が港に並びます。新鮮な海産物や地元の名物料理を味わいながら、八戸の活気ある港町文化を体験できます。
種差海岸は三陸復興国立公園の一部で、天然の芝生が波打ち際まで広がる美しい海岸線が続きます。みちのく潮風トレイルの一部としてウォーキングを楽しむことができ、四季折々の海辺の景観が人気です。
毎年2月に行われる「八戸えんぶり」は、国の重要無形民俗文化財に指定された豊作祈願の祭りで、馬の頭をかたどった烏帽子をかぶった太夫による力強い舞が見どころです。800年以上の歴史を持つ伝統行事として、冬の八戸を代表する風物詩となっています。
Q&A
- 丹後平古墳群の出土品はどこで見られますか?
- 重要文化財に指定された出土品は、八戸市博物館(青森県八戸市大字根城字東構35-1)の常設展示室で公開されています。開館時間は9:00〜17:00(入館は16:30まで)で、月曜日(第一月曜日・祝日は開館)および祝日の翌日(土日の場合は開館)が休館日です。一般250円、高校・大学生150円、中学生以下無料で入館できます。
- 金装獅噛三累環頭大刀柄頭はなぜ貴重なのですか?
- 獅噛文(獅子が歯をむき出した意匠)と三累環(三重の環)を組み合わせた形状が国内で唯一の出土例であることが最大の理由です。6世紀の朝鮮半島で製作されたと推定されるこの柄頭は、蝦夷の首長が国際的な交易ネットワークを通じて高い地位にあったことを示す直接的な証拠であり、北東北の古代史を考える上で極めて重要な遺物です。
- 丹後平古墳群の遺跡そのものを見学することはできますか?
- 丹後平古墳群は1999年に国史跡に指定され、八戸ニュータウン内に保存されていますが、整備された見学施設があるわけではありません。出土品はすべて八戸市博物館に収蔵・展示されていますので、博物館を訪れることをおすすめします。
- 八戸市博物館へのアクセス方法を教えてください。
- JR八戸駅から田面木経由中心街行きのバスに乗車し「根城(博物館前)」で下車、所要約20分です。お車の場合はJR八戸駅から約15分、八戸自動車道・八戸ICから約10分です。一般駐車場24台、大型バス駐車場5台を備えています。博物館と隣接する史跡根城の広場の共通券もお得です。
- 海外からの観光客でも楽しめますか?
- 八戸市博物館では一部英語の案内がありますが、展示解説は主に日本語です。事前にこの記事などで予備知識を得ておくと、より深く楽しむことができます。隣接する史跡根城の広場では、復原された中世の建築物を視覚的に楽しめるため、言語に関係なく日本の歴史を体感できます。東北新幹線でJR八戸駅まで直通でアクセスでき、東京から約3時間の距離です。
基本情報
| 名称 | 青森県丹後平古墳群出土品 |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(考古資料)/平成30年(2018年)10月31日指定 |
| 指定点数 | 195点 |
| 時代 | 飛鳥時代中頃〜平安時代前期(7世紀中頃〜9世紀) |
| 所有者 | 八戸市 |
| 展示場所 | 八戸市博物館 |
| 所在地 | 〒039-1166 青森県八戸市大字根城字東構35-1 |
| 電話 | 0178-44-8111 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日 | 月曜日(第一月曜日・祝日は開館)、祝日の翌日(土日の場合は開館)、年末年始(12月27日〜1月4日) |
| 入館料 | 一般250円、高校・大学生150円、中学生以下無料(団体20名以上は割引あり)。史跡根城の広場との共通券あり。 |
| アクセス | バス:JR八戸駅から約20分「根城(博物館前)」下車。車:JR八戸駅から約15分、八戸ICから約10分。 |
| 関連史跡 | 丹後平古墳群(国史跡/平成11年指定) |
| 公式サイト | https://hachinohe-city-museum.jp/ |
参考文献
- 国史跡 丹後平古墳群 — 八戸市
- https://www.city.hachinohe.aomori.jp/soshikikarasagasu/shakaikyoikuka/bunka/2/4940.html
- 丹後平古墳群出土品が重要文化財に指定されました — 八戸市
- https://www.city.hachinohe.aomori.jp/soshikikarasagasu/hakubutsukan/3014.html
- 丹後平古墳群出土品 — 八戸市博物館・史跡根城の広場
- https://hachinohe-city-museum.jp/cultural_tango/
- 丹後平古墳群 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/218149
- 青森県丹後平古墳群出土品 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/442713
- 丹後平古墳群 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E5%BE%8C%E5%B9%B3%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E7%BE%A4
- 丹後平古墳群出土品 — はちのへヒストリア
- https://historia8.org/cultural-property/2100105%E4%B8%B9%E5%BE%8C%E5%B9%B3%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E7%BE%A4%E5%87%BA%E5%9C%9F%E5%93%81/
- 丹後平古墳群 — 青森県庁ウェブサイト
- https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kinen_siseki_11.html
- 八戸市博物館 — VISITはちのへ観光物産サイト
- https://visithachinohe.com/spot/hachinoheshi-hakubutsukan/
最終更新日: 2026.03.07