台帳に名を残した武家住宅
宝暦6年(1756)に作られた弘前藩の武家住宅台帳「御家中屋鋪建家図(ごかちゅうやしきたてやず)」に、笹森家の名で記された一軒の家がある。その建物が、今も弘前城北側の若党町に建っている。国の指定名称は旧弘前藩諸士住宅、地元では旧笹森家住宅と呼ばれ、仲町伝統的建造物群保存地区に現存する最古の武家住宅にあたる。平成28年(2016)2月9日に国の重要文化財となった。
建物は東西の通りに南面し、升目状に区切られた一区画に建つ平屋である。南北棟の切妻造で、桁行は約11.5メートル、梁間は約5.7メートル。西面の北端には、桁行二間半・梁間二間の角屋が突き出す。屋根は現在こそ銅板葺だが、もとは板葺だった。柱や梁、桁にいたるまで、用材はすべて青森ヒバである。腐りや虫に強く、津軽で重んじられてきた木だ。
室内に入って最初に目がいくのは、頭上である。天井を張らず、小屋組をそのまま見せている。柱をそのまま上へのばして母屋や桁を直接受け、柱と柱の間では梁に立てた短い小屋束が母屋を受ける。柱・梁・桁の見えがかりは台鉋で仕上げ、それ以外は釿(ちょうな)で削ってある。18世紀前半の地方の住宅が、どのように組み上げられていたかが、隠されることなく見て取れる。
三列に並ぶ部屋
主屋の居室は南北に三列で構成される。上手にあたる南列には、接客のためのザシキとヒロマを並べ、ゲンカンを構える。ザシキには床を備える。中列にはジョイ(居間)とネマ。下手の北列にはダイドコロと物置を置き、作業用の土間が矩(かね)の手に張り出す。
これは、この地方の近世農家に広く見られた間取りに、接客用のザシキと玄関を加えて格式を整えた構成といえる。住んだ家の格を読むうえでも参考になる。整って住みやすいが、上級家臣の屋敷とはかけ離れた、中下級の武士のための住まいである。
敷地そのものも設計の一部だ。四周はサワラ垣で区切られる。正面の境と主屋の間にはツボと呼ぶ前庭、主屋の背後にはカグチと呼ぶ裏庭が設けられている。正面の西寄りに開くのが表門である。
表門
門は一間の薬医門で、主柱を前に立て、その後ろに控柱を置いて切妻屋根を支える。主屋にそろえて銅板葺とし、すべてヒバで建てられ、門口は2.0メートル。表門と表座敷、前庭がひとまとまりとなって、武士住宅の表構えをかたちづくる。訪れた者がまず目にし、その家の格を読み取る部分でもあった。
指定の理由
18世紀前半、弘前藩は城下の再整備を進めた。元禄8年(1695)の飢饉に端を発する家臣の召放ちと城下の再編が一段落した宝永年間(1704~1710)以降、藩は中下級武士、すなわち諸士のための一連の住宅を、規格を整えて建てていった。この住宅は、その一連の住宅のひとつである。
文化庁は指定にあたり、歴史的価値の高いものであること、流派的または地方的特色において顕著なものであること、の二点を指定基準として挙げている。この格・この年代の住宅は全国的にも遺例が少なく、年代の判明した実例として貴重である。仲町伝統的建造物群保存地区の内にあることから、周囲に残る中下級武士住宅の特徴を読み解くうえでの基準にもなる。
近年の来歴も知っておきたい。主屋と門は平成7年(1995)に弘前市へ寄贈され、部材は解体して保存された。現在地での復原は平成20年代の前半に行われ、平成25年(2013)2月に旧笹森家住宅としてまず市の指定有形文化財となった。国の指定は、その三年後である。
見学のときに見ておきたいところ
まず上を見上げてほしい。露出した小屋組は、この家がいちばんよく語ってくれる部分で、継手の組み方をゆっくり眺める価値がある。次に、主要な部材の台鉋仕上げと、それ以外の釿仕上げの肌の違いに目を留めたい。大工がどこに手間をかけたかが読み取れる。
南側の格式ある部屋と、北側の働く部屋の対比も、間取りを知っていれば見やすい。床を備えたザシキは客を迎える場、ダイドコロと土間は家を実際にまわす場だった。一方からもう一方へ歩いてみると、ひとつの武家がどのように日々を送っていたかがつかめる。
地元の武家屋敷案内人の会の方が居合わせることが多く、細部を説明してくれる。国指定の建物としては珍しく入館は無料で、内部を案内する態勢も整っている。笹森家を最初に記録した武家住宅台帳のことも、尋ねてみると面白い。
周辺のこと
仲町は弘前城の北門、亀甲門のすぐ北側に位置する。慶長16年(1611)の築城時に武家町として町割がなされた土地で、碁盤目状の通りが残り、多くの区画に古い生垣や塀、門がとどめられている。一般公開されている武家住宅は、この一軒のほかに三軒ある。いずれも青森県重宝の旧伊東家住宅と旧岩田家住宅、それに旧梅田家住宅である。並べて見ると、格や年代の違いがつかみやすい。
弘前城と弘前公園は歩いてすぐで、日本でも指折りの桜の名所として知られる。公園では一年を通じて大きな祭りが催され、夏のねぷたまつり、冬の雪燈籠まつりなどがある。晴れた日には南西に岩木山の山容が見える。同じ仲町には、津軽の天然藍染の工房も公開されている。
Q&A
- 入館料はかかりますか。
- 無料です。仲町地区で公開されているほかの武家住宅も無料で見学できます。
- 開館時間を教えてください。
- おおむね10時から16時までです。休館日は季節によって入れ替わり、弘前の四大まつりの期間は通常の日程と異なります。訪問前に最新の開館情報を確認することをおすすめします。
- 建物の中に入れますか。
- 入れます。露出した小屋組や接客用の座敷など、内部を見学できます。案内人の方が居合わせていることも多くあります。
- 近くのほかの武家住宅との違いは何ですか。
- 仲町地区に現存する最古の武家住宅であり、公開されている住宅の中で唯一、国の重要文化財に指定されています。宝暦6年(1756)の武家住宅台帳に名前で記録されています。
- 弘前駅からの行き方は。
- JR弘前駅から弘南バスの浜の町方面行きに乗り、約15分の亀の甲門前で下車、徒歩約2分です。
基本情報
| 名称 | 旧弘前藩諸士住宅(きゅうひろさきはんしょしじゅうたく)/通称 旧笹森家住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 青森県弘前市大字若党町 |
| 指定区分 | 重要文化財(国指定)、平成28年(2016)2月9日指定 |
| 員数 | 1棟(附 表門 1棟) |
| 時代 | 江戸中期、宝暦年間(1751~1763)までの建立 |
| 構造・形式 | 主屋 桁行約11.5メートル・梁間約5.7メートル、切妻造、銅板葺、用材はすべてヒバ。表門は一間薬医門 |
| 所有者 | 弘前市 |
| 入館料 | 無料 |
| 開館時間 | おおむね10時~16時(休館日は季節により変動。訪問前に要確認) |
| アクセス | JR弘前駅から弘南バスで亀の甲門前まで約15分、下車後徒歩約2分 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧弘前藩諸士住宅」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004838
- 弘前市「旧弘前藩諸士住宅(旧笹森家住宅)」
- https://www.city.hirosaki.aomori.jp/gaiyou/bunkazai/kuni/2016-1124-1331-74.html
- 弘前観光コンベンション協会「旧笹森家住宅」
- https://www.hirosaki-kanko.or.jp/details.html?id=CNT00404021404055493
- 弘前市仲町伝統的建造物群保存地区
- https://nakachou.main.jp/
最終更新日: 2026.06.03