はじめに:南部駒踊 ― 馬の里に受け継がれる勇壮な舞

青森県の南部地方は、古くから日本有数の馬産地として知られてきました。鎌倉時代に甲斐国(現在の山梨県)から入部した南部氏のもと、この地では良馬の生産が盛んに行われ、「南部駒」の名は全国の武将たちの間で憧れの的でした。その馬産文化を象徴する民俗芸能が「南部駒踊(なんぶこまおどり)」です。

南部駒踊は、藩政時代に行われていた「御野馬捕り(おのまどり)」—— 秋に放牧地から野馬を追い込み、捕獲する壮大な行事 —— の情景を芸能化した踊りです。踊り手が木製の馬の骨組みを腰に付け、あたかも馬に騎乗しているかのような姿で勇壮に舞います。400年以上の歴史を持つこの芸能は、昭和34年(1959年)に青森県無形民俗文化財に指定され、さらに昭和49年(1974年)には国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択されました。十和田市、三沢市、八戸市、五戸町など旧南部藩領の各地で今なお大切に受け継がれています。

歴史的背景:南部九牧と馬産文化

南部駒踊の起源を理解するには、南部地方における馬産の歴史を知る必要があります。この地域はかつて「糠部(ぬかのぶ)」と呼ばれ、古代から馬の産地として全国的に知られていました。日本在来馬は一般に小柄でしたが、糠部の馬は体格が大きく頑健で、武士にとって最高の軍馬とされていました。

鎌倉幕府の御家人であった南部光行が甲斐から糠部に入部したのも、馬産に精通していたからだと伝えられています。南部氏は甲斐から持ち込んだ馬との交配や牧野の整備を進め、優れた「南部馬」を作り上げました。江戸時代に入ると、盛岡藩(南部藩)は領内9カ所に「南部九牧(なんぶくまき)」と呼ばれる藩営牧場を設置。牧場では種牡馬と繁殖牝馬が飼育され、生まれた仔馬は2歳になると選定されて売買されました。優良な馬は藩が優先的に引き取り、藩主の馬や将軍への献上馬となりました。

秋になると、放牧地の野馬を若者たちが追い込み捕獲する「野馬捕り」が行われました。これは地域をあげての一大行事であり、その迫力と興奮が民俗芸能として昇華されたのが南部駒踊です。五戸町倉石地区の石沢に伝わる駒踊は、九牧のうち「又重野」に放牧された馬の野馬捕りを起源とすると伝えられています。

文化財としての価値と指定の理由

南部駒踊が文化財に指定された背景には、いくつかの重要な文化的価値が認められています。まず、実際の経済活動であった野馬捕りが芸術的な舞踊表現に変容した過程は、日本の民俗芸能の成立を考える上で極めて貴重な事例です。馬産という生業が失われた現代にあって、かつての馬文化の記憶を生き生きと伝える数少ない文化遺産となっています。

また、踊り手が馬の首形にまたがるような姿は、風流系の芸能でありながら、正月の予祝芸能である「春駒(はるこま)」との関連を思わせる独自の様式を持っており、日本各地の祝福芸能との比較研究においても重要な位置を占めています。さらに、十和田市洞内、五戸町石沢、三沢市浜三沢、八戸市高館など、複数の地域にそれぞれ独自の型を持つ保存会が存在し、同一の芸能が地域ごとに多様な展開を見せている点も高く評価されています。

演目の構成と見どころ

南部駒踊の舞台は、華やかな衣装と力強い動きに満ちています。踊り手は花笠をかぶり、陣羽織を着用し、腰には木枠で作られた馬の形を取り付けます。この姿で太鼓・笛・手びら鉦の囃子に合わせて踊る様は、まさに馬上の武者が躍動するかのようです。

十和田市洞内に伝わる洞内南部駒踊は、10頭の駒が一列縦隊で入場し、円陣を組んで「庭入り」「直駒(なおりごま)」「引返し駒」「三宝荒神」「庭引き」の順序で勇壮に踊ります。一方、五戸町石沢の駒踊は三部構成のより精緻な演目を誇ります。

第一部では、青毛3頭・鹿毛・茶毛・月毛各1頭の計7頭が円陣をつくり、庭入り・直り駒・引返し駒・休み駒を踊ります。三方講子(さんぽうこうし)では「役駒」と呼ばれる青毛3頭が中央に進み出て、乗り違い・回り駒といった見せ場を演じます。第二部の「七つ道具」では、長刀・棒・太刀・杵を手にした7人の踊り手が立揃い・進み駒・回り駒・品踊・庭引きを披露します。そして第三部では駒と七つ道具が合同で壮大なフィナーレを演じ、庭引きで幕を閉じます。総勢26名による演技は圧巻の迫力です。

公開時期と鑑賞の機会

南部駒踊は、毎年晩夏から初秋にかけての祭礼シーズンに各地で奉納・公開されます。十和田市洞内では、9月第2土曜日に法蓮寺の法身まつりで奉納されるのが恒例です。法蓮寺は曹洞宗の寺院で、十和田市洞内字前田88に所在します。

五戸町石沢では、8月31日に集落の駒形神社の例祭で奉納され、翌9月1日からは五戸まつりにも出演します。このほか、各地の保存会がそれぞれの地域の祭礼や文化イベントで演技を披露する機会もあります。鑑賞を計画される方は、十和田市教育委員会スポーツ・生涯学習課(TEL: 0176-58-0184)や五戸町観光協会(TEL: 0178-62-7155)にお問い合わせの上、最新の日程をご確認ください。

アクセス情報

十和田市へのアクセスは、東北新幹線で八戸駅または七戸十和田駅下車が便利です。東京駅から八戸駅まで約3時間、七戸十和田駅までは約3時間半です。八戸駅からは十和田観光電鉄バスで十和田市方面へ。洞内の法蓮寺へは十和田市中心部からバスで「洞内本村」下車、徒歩約2分です。

五戸町へは、青い森鉄道八戸駅から南部バスで約30分、または車で国道4号線を西へ約30分です。車の場合、青森市からは国道4号線経由で約60km、みちのく有料道路を利用すると便利です。東北自動車道を利用する場合は八戸ICまたは下田百石ICから一般道へ降ります。各会場周辺には駐車スペースがあります。

周辺の観光スポット

南部駒踊の鑑賞と合わせて、十和田市とその周辺には魅力的な観光地が数多くあります。十和田湖は青森県と秋田県にまたがるカルデラ湖で、その深く透明な湖水と周囲の原生林は四季を通じて美しい景観を見せます。十和田湖から流れ出る奥入瀬渓流は、全長約14kmにわたって滝や清流が織りなす自然美の宝庫です。駒踊の公開時期と重なる初秋には、早紅葉の美しさも楽しめます。

十和田市現代美術館は、草間彌生やロン・ミュエクなど国内外の著名アーティストの作品を常設展示するユニークな美術館です。官庁街通り全体がアート空間として整備されており、街歩きも楽しめます。五戸町では、2024年にリニューアルオープンした倉石温泉で旅の疲れを癒すことができます。また、五戸は馬肉料理と地元産牛肉でも知られ、伝統芸能鑑賞の後にご当地グルメを堪能するのもおすすめです。

さらに足を延ばせば、八戸市のえんぶり(国重要無形民俗文化財)や三社大祭、南部町の聖寿寺館跡(国史跡)や南部利康霊屋(国重要文化財)など、南部地方の歴史と文化を深く味わえるスポットが点在しています。

Q&A

Q南部駒踊とはどのような芸能ですか?
A南部駒踊は、青森県の旧南部藩領各地に伝わる民俗芸能です。藩政時代に行われていた野馬捕り(放牧馬の秋の捕獲行事)の情景を踊りにしたもので、踊り手が木製の馬の骨組みを腰に付け、太鼓・笛・手びら鉦の囃子に合わせて勇壮に踊ります。400年以上の歴史があり、青森県無形民俗文化財および国選択無形民俗文化財に指定されています。
Qいつ、どこで見ることができますか?
A主な公開時期は8月下旬から9月上旬です。十和田市洞内の法蓮寺では9月第2土曜日に法身まつりで奉納されます。五戸町石沢では8月31日に駒形神社で奉納され、9月1日からの五戸まつりにも出演します。日程は年により変動する場合がありますので、事前にお問い合わせください。
Q鑑賞に入場料はかかりますか?
A神社仏閣の祭礼での奉納は一般に無料で公開されており、どなたでも自由にご覧いただけます。特別な文化イベントや舞台公演の場合は入場料が必要な場合もありますので、事前にご確認ください。
Q地域によって踊りに違いはありますか?
Aはい、保存会ごとに踊りの構成や衣装に違いがあります。十和田市洞内の踊りは10頭の駒が出演し5つの演目を踊りますが、五戸町石沢では7頭の駒と七つ道具の演者が加わる三部構成の精緻な演目が特徴です。それぞれの地域が独自の伝承を守り続けており、見比べるのも大きな楽しみです。
Q周辺でほかに楽しめる観光はありますか?
A十和田湖や奥入瀬渓流は日本を代表する自然景勝地で、駒踊の公開時期と重なる初秋は特に美しい季節です。十和田市現代美術館も人気の観光スポットです。五戸町では倉石温泉や馬肉料理が楽しめます。足を延ばせば、八戸市のえんぶりや三社大祭、南部町の史跡なども見どころ豊富です。

基本情報

名称 南部駒踊(なんぶこまおどり)
指定区分 青森県無形民俗文化財(昭和34年10月6日指定)/国選択無形民俗文化財(昭和49年12月4日選択)
所在地 青森県十和田市、五戸町、三沢市、八戸市ほか
保護団体 洞内南部駒踊保存会(十和田市)、南部駒踊石沢保存会(五戸町)、浜三沢駒踊保存会(三沢市)、高館駒踊組(八戸市)ほか
公開時期 8月下旬〜9月上旬(各地の祭礼に合わせて)
主な公開場所 法蓮寺(十和田市洞内字前田88)、駒形神社(五戸町倉石石沢)
アクセス 東北新幹線 八戸駅または七戸十和田駅下車、バスまたは車で十和田市方面へ。車の場合は青森市から国道4号線で約60km。
問い合わせ 十和田市教育委員会スポーツ・生涯学習課 TEL: 0176-58-0184/五戸町観光協会 TEL: 0178-62-7155

参考文献

南部駒踊 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/159408
南部駒踊 — 青森県庁ウェブサイト(洞内)
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kenmukei_03.html
南部駒踊 — 青森県庁ウェブサイト(石沢)
https://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/education/kenmukei_20.html
南部駒踊 — 全国観光情報サイト 全国観るなび
https://www.nihon-kankou.or.jp/aomori/024422/detail/02449be2220093412
南部駒踊り — 五戸町公式サイト
https://www.town.gonohe.aomori.jp/kankou/event/005.html
南部馬 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E9%83%A8%E9%A6%AC
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/183
南部藩発祥の地 — 青森県南部町
https://www.town.aomori-nanbu.lg.jp/page/1842.html

最終更新日: 2026.04.18