教室二部屋の分校が残った

旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎は、千葉県佐倉市青菅にある昭和30年(1955年)建築の木造校舎で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。木造平屋建、瓦葺、建築面積174平方メートルの一棟。所有者は佐倉市で、登録番号は12-0306、第97回の登録にあたる。

建物の規模は、校舎という言葉から想像するものよりずっと小さい。玄関を入ると左手が職員室、右手に下駄箱とトイレ。正面の片廊下に沿って、教室が二部屋だけ並ぶ。この二室はほぼ同じ大きさで、中央の仕切りを外せば一つの広い部屋として使えるようになっていた。学年別に分けることも、全校を集めることもできる。児童数の少ない分校が、限られた床面積でどう成り立っていたかが、そのまま平面に出ている。

この分校は、志津小学校の分校として建てられた。昭和36年(1961年)に第一分校が上志津小学校として独立したのを機に「青菅分校」と改称され、以後その名で親しまれた。昭和52年(1977年)に廃校となる。校舎が使われた期間は、22年ほどということになる。

廃校後も建物は取り壊されず、保全されてきた。木造校舎は解体されるか、あるいは手が入らないまま朽ちていくのが通例で、大きな改修を受けずに残っている例は多くない。

戦後の建築でありながら、戦前の意匠

登録の根拠となった基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は建物を「平屋建切妻造桟瓦葺」と記し、下見板張や木製の建具の使用を挙げて、「戦後の建築ながら戦前からの木造校舎の意匠を引き継ぐ」と評価している。

この点が、青菅分校校舎の位置づけの中心にある。昭和30年という建築年は、戦後の学校建築が鉄筋コンクリート化へ向かい始める時期の入口にあたる。にもかかわらずこの分校は、外壁を下見板で張り、建具を木で作るという、戦前から続く木造校舎の作法をそのまま踏襲している。地方の小さな分校であったことが、結果として古い形式を保存する方向に働いた。

意匠には洋風の要素も混じる。佐倉市の説明によれば、屋根瓦には赤色のフランス瓦が、外壁にはピンク色のドイツ下見板が使われており、市はこれを洋館風の意匠と表現している。文化庁の登録解説が屋根を「桟瓦葺」と記しているのと、市の記述は必ずしも一致しない。現地で屋根を見上げるときの手がかりとして、両方の記述を頭に入れておくとよい。

登録有形文化財という制度は、築50年を経た建造物のうち一定の評価を得たものを国が登録し、活用を促す仕組みである。青菅分校校舎の登録は、令和2年(2020年)7月17日の文化審議会の答申を経て決まった。佐倉市内では、千葉県立佐倉高等学校記念館、旧平井家住宅、旧武居家住宅、旧今井家住宅に続く5例目の国登録有形文化財となる。

学生が引き継いだ保存活動と、訪ね方

建物が良好な状態で残っている背景には、地域と大学の関与がある。平成29年(2017年)、佐倉市と日本大学生産工学部のあいだに協定が結ばれ、創生デザイン学科の学生を中心とする「AOSUGE PROJECT」が立ち上がった。学生たちは清掃から始め、地域住民に向けた展示会を開いて利活用案を発表し、そこで得た助言を計画に戻すという進め方をとってきた。市、住民、民間企業も加わって活動が続いている。

訪問にあたっては、公開のしかたを先に把握しておきたい。校舎は佐倉市が管理しており、内部は通常非公開である。見学は建物の外観に限られると考えたほうがよい。ワークショップやイベントの際に内部が開かれることはあるため、日程を狙うなら佐倉市教育委員会文化課(電話043-484-6192)に問い合わせるのが確実だ。

所在地は佐倉市青菅148。山万ユーカリが丘線の「中学校」駅から徒歩15分ほどで、新興住宅地を抜けると景色が里山へ切り替わる。周囲は森に囲まれており、鳥の声が聞こえる。校庭には桜が立ち、花の季節には木造の校舎と重なって見える。

佐倉市の文化財としては、城下町側の武家屋敷や旧堀田邸とは町も時代も離れている。江戸の武家住宅を見た同じ日に、昭和30年の分校を訪ねる。市域の広がりと、保存の対象になる建物の幅を、同時に確かめられる組み合わせではある。

Q&A

Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎は見学できますか。内部に入れますか。
A校舎は佐倉市が管理しており、内部は通常非公開です。見学は外観に限られると考えてください。ワークショップやイベントの際に内部が公開されることがあるため、日程については佐倉市教育委員会文化課(電話043-484-6192)にお問い合わせください。
Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎へのアクセス方法を教えてください。
A所在地は千葉県佐倉市青菅148です。山万ユーカリが丘線の「中学校」駅から徒歩15分ほどで、住宅地を抜けた先の里山のなかに建っています。周辺は生活道路が中心のため、徒歩でのアクセスが基本になります。
Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎はいつ建てられ、いつ廃校になったのですか。
A現在の校舎は昭和30年(1955年)に志津小学校の分校として建築されました。昭和36年(1961年)に第一分校が上志津小学校として独立したのを機に「青菅分校」と改称され、昭和52年(1977年)に廃校となっています。廃校後も解体されず保全され、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財に登録されました。
Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎の建築上の見どころはどこですか。
A木造平屋建で、玄関脇に職員室を置き、片廊下に沿って教室が二部屋だけ並ぶ小規模な構成です。二つの教室はほぼ同じ大きさで、中央の仕切りを外すと一室として使えます。外壁の下見板張や木製建具など、戦後の建築でありながら戦前の木造校舎の意匠を踏襲している点が評価されました。佐倉市は屋根瓦を赤色のフランス瓦、外壁をピンク色のドイツ下見板と説明し、洋館風の意匠と位置づけています。
Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎はどのように保存されているのですか。
A平成29年(2017年)に佐倉市と日本大学生産工学部が協定を結び、創生デザイン学科の学生を中心とする「AOSUGE PROJECT」が発足しました。清掃活動や地域住民向けの展示会、利活用案の検討などを通じて、市・地域住民・民間企業とともに保存と活用の取り組みが続けられています。
Q旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎は佐倉市で何番目の国登録有形文化財ですか。
A佐倉市内では5例目にあたります。先行するのは千葉県立佐倉高等学校記念館、旧平井家住宅、旧武居家住宅、旧今井家住宅です。登録は令和2年(2020年)7月17日の文化審議会答申を経て、令和3年(2021年)2月4日に行われました。

基本データ

名称旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎(きゅうさくらしりつしづしょうがっこうあおすげぶんこうこうしゃ)
所在地千葉県佐倉市青菅148
指定区分国登録有形文化財(建造物)/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」/登録番号12-0306
指定年令和3年(2021年)2月4日 登録(令和2年7月17日 文化審議会答申)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積174平方メートル
所有者佐倉市
公開状況内部は通常非公開。外観のみ見学可。イベント時に内部公開の場合あり(佐倉市教育委員会文化課へ要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013510
文化遺産オンライン ― 旧佐倉市立志津小学校青菅分校校舎
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/516764
佐倉市 報道発表 ― 風情ある戦後の木造校舎が千葉県佐倉市で5例目の国登録有形文化財に
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000104.000024449.html
千葉県教育委員会 ― 県内の登録有形文化財
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/touroku/touroku.html
佐倉市 ― 佐倉市の文化財
https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/bunkaka/bunkazai/sakurabunkazai/3410.html

最終更新日: 2026.08.19