白金台から運ばれてきた洋館
旧渡辺甚吉邸主屋は、茨城県取手市寺田にある昭和9年(1934年)建設の木造2階建の住宅で、令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財として国の登録を受けた。
もとは東京都港区白金台に建っていた個人の邸宅である。施主は岐阜の渡辺家14代当主で、実業家の渡辺甚吉(1906年生まれ)。新婚生活のための住まいとして計画された。外観は15世紀から17世紀のイギリスに流行したチューダー様式にならい、1階を鉄平石貼、2階を木部を露わにしたハーフティンバーとする。屋根は瓦葺で、登録上の建築面積は225平方メートル。
設計は3人の共同作業だった。全体計画を洋風住宅専門の設計会社あめりか屋の技師長・山本拙郎が、実施設計をエンド建築工務所の遠藤健三が、細部装飾を今和次郎が受け持っている。甚吉と遠藤は学生時代の欧米見聞旅行を共にしており、イギリスで見た半木骨造の民家を気に入って帰国後の自邸に採用した、と甚吉邸の公式サイトは伝える。
この建物が取手にあるのは、移築されたからである。平成28年(2016年)に取り壊しの話が持ち上がり、研究者や有識者が保存を求める要望書をまとめた。所有者だった住友不動産の協力のもとで前田建設工業が引き受け、平成30年(2018年)に部材へ解体、令和4年(2022年)3月に同社ICI総合センターの敷地内で復原を終えた。文化庁のデータベースは年代欄に「昭和9年/令和4年移築」と併記している。
移築を経てから登録された
旧渡辺甚吉邸主屋に適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」で、登録番号は08-0318。取手市はこれを市内唯一の国登録有形文化財としている。間取りの計画から細部の装飾にいたるまで設計が緻密であり、日本におけるチューダー様式住宅の傑作にあたるというのが文化庁の評価である。
注目すべきは順序である。建物は白金台から解体され、取手で組み直され、そのうえで登録された。移築が価値を損なうとみなされなかったのは、部材と意匠がそのまま持ち込まれたと判断されたためである。前田建設工業は、動態保存を前提に現行法規に適合させつつ、当初の意匠を忠実に戻すことに主眼を置いたと説明している。
そもそも部材が残っていたのは、この家が改造を受けずに済んだからでもある。甚吉邸の公式サイトによれば、建物は戦後にGHQへ接収され、その後は外国大使の公邸や結婚式場としても使われたが、大規模な改修はされなかった。装飾を含む当初の姿がほぼ保たれたまま平成まで残ったことが、移築という選択を可能にしている。
そして白金台の住宅街に紛れていたこの家を建築史の側が見つけたのは、昭和49年(1974年)に始まる建築探偵団の調査である。発見者の藤森照信は、令和4年(2022年)に甚吉邸の名誉館長に就任した。
旧渡辺甚吉邸主屋の見どころ
平面は広間を中心に組まれ、そこから食堂、居間、応接間へ扉が開く。部屋ごとに様式を変えているのがこの家の特徴で、食堂は山小屋風、2階の主寝室は淡い色でまとめたロココ風という具合に、扉一枚で空気が入れ替わる。
食堂は天井を見上げたい。立体的なレリーフが面いっぱいに広がる。応接室は逆に壁である。木彫が壁面を覆い尽くし、漆喰の白と木部の濃い色が向かい合う。2階の主寝室に南向きの位置とバルコニーが与えられているのは、全体計画を担った山本拙郎が理想とした住まい方の反映だという。
足元にも目を向けたい。玄関の床や暖炉、浴室、外壁に使われているのは泰山タイルで、京都の泰山製陶所が焼いたものである。製陶所は昭和48年(1973年)に閉じており、新たに手に入るものではない。移築では内部だけで約11,400枚を丁寧に外し、90パーセント以上を再び使っている。裏足に「泰」の字を三重に囲んだ印が入るのが見分け方になる。
今和次郎の仕事は小さなものに宿る。照明器具、スイッチプレート、ラジエーターグリルの意匠が、残されたスケッチから本人のものと分かっている。実作の少ない人物なので、これだけまとまって残る例は多くない。応接室の取っ手なども同じ手による可能性が指摘されているが、細部のどこまでが今の手になるのかは確定していない。
建物は現在も事務所として使われている。展示ケースに入った標本ではなく、人が出入りする建物として扱われている点は、見るときに知っておくとよい。
旧渡辺甚吉邸主屋の見学方法
旧渡辺甚吉邸主屋の一般公開は不定期である。所有者であり管理者でもある前田建設工業が主催し、参加費は無料、各回の定員は25名、事前予約制で申し込みは甚吉邸の公式サイトからのオンライン受付のみとなる。見学の所要時間は約90分が目安で、保存と移築の記録映像を見てから建物に入る流れになっている。
直近では2026年8月に公開が行われ、次回は同年11月ごろが予定されている(取手市の案内、2026年7月30日更新)。日程は前田建設工業と取手市の双方のページで告知されるため、訪問を考えるなら両方を確かめておきたい。申込期間は各回の開催の数週間前に区切られ、定員に達し次第締め切られる。
撮影の可否については、取手市の案内にも前田建設工業の公開案内にも記載がない(2026年9月8日確認)。申込時に届く案内と当日の説明に従うのが確実である。
所在地は取手市寺田字原5270-8ほか、前田建設工業ICI総合センターの敷地内にあたる。技術研究所の構内であるため、公開日以外に立ち入ることはできず、外観だけを外から眺めることも想定されていない。最寄り駅は関東鉄道常総線の寺原駅で、南口を出てすぐである。常総線はJR常磐線の取手駅から出ており、取手駅で乗り換えて一駅めにあたる。
Q&A
- 旧渡辺甚吉邸主屋は見学できますか。予約は必要ですか。
- 前田建設工業が主催する一般公開の日にかぎり見学できます。事前予約制で、甚吉邸の公式サイトからのオンライン申し込みのみを受け付けています。公開日以外は敷地に立ち入れません。
- 旧渡辺甚吉邸主屋の見学に料金はかかりますか。
- かかりません。参加費は無料です。各回の定員は25名で、申し込み順に締め切られます。見学の所要時間は約90分が目安です。
- 旧渡辺甚吉邸主屋はもともとどこにあった建物ですか。
- 東京都港区白金台です。昭和9年(1934年)に渡辺甚吉の私邸として建てられ、平成30年(2018年)に部材へ解体されたのち、令和4年(2022年)3月に取手市の前田建設工業ICI総合センター内で復原されました。
- 旧渡辺甚吉邸主屋を設計したのは誰ですか。
- 3人の共同作業です。全体計画をあめりか屋技師長の山本拙郎、実施設計をエンド建築工務所の遠藤健三、細部装飾を今和次郎が担当しました。
- 旧渡辺甚吉邸主屋へのアクセスを教えてください。
- 関東鉄道常総線の寺原駅南口を出てすぐです。常総線はJR常磐線の取手駅から出ており、取手駅で乗り換えて一駅めが寺原駅にあたります。
基本データ
| 名称 | 旧渡辺甚吉邸主屋(きゅうわたなべじんきちていおもや) |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県取手市寺田字原5270-8ほか(前田建設工業ICI総合センター内) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(登録番号08-0318) |
| 指定年 | 令和5年(2023年)2月27日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積225平方メートル、木造2階建、瓦葺 |
| 所有者 | 前田建設工業株式会社 |
| 公開状況 | 不定期の一般公開のみ。事前予約制、参加費無料、各回の定員25名 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧渡辺甚吉邸主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014452
- 文化遺産オンライン「旧渡辺甚吉邸主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/587666
- 取手市「(国登録文化財)旧渡辺甚吉邸主屋」
- https://www.city.toride.ibaraki.jp/maibun/bunkakatsudo/rekishi/shitebunkazai/jinkichitei.html
- 取手市「旧渡辺甚吉邸主屋の一般公開」
- https://www.city.toride.ibaraki.jp/maibun/bunkakatsudo/rekishi/oshirase/jinkichi_koukai.html
- 甚吉邸 公式サイト(前田建設工業)
- https://jinkichitei.com/
- 前田建設工業「旧渡辺甚吉邸移築活用プロジェクト」
- https://www.maeda.co.jp/works/report/genba/65/
最終更新日: 2026.09.08