暦のすきまに記された、ある上皇の日記

文保三年(一三一九年)のはじめ、すでに天皇の位を退き出家していた一人の人物が、その年の暦を手にとり、印刷された行間に日々のできごとを書きつけていった。後宇多院、第九十一代の天皇である。退位から三十年あまりを経てなお政務の中心にあったこの人物が自筆で残した記録が、千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館に一巻の巻子として収められている。正式の名称を「後宇多院宸記〈(文保三年具注暦)/御自筆本〉」という。

この巻物が特異なのは、その物理的な成り立ちにある。後宇多院は白紙に書いたのではない。陰陽寮が毎年つくる「具注暦」と呼ばれる注釈つきの暦の上に、文字を重ねていったのである。具注暦は一日ごとに暦数や吉凶、天文の注記があらかじめ記され、貴族たちはその余白を使って日記をつけた。ここに残るのは文保三年の一年分であり、筆跡はすべて後宇多院その人のものである。

筆をとった人物

後宇多院(一二六七~一三二四)は、亀山天皇の系統である大覚寺統に属する。文永十一年(一二七四)から弘安十年(一二八七)まで在位し、譲位ののちも生涯の多くを政治の要に身を置いた。真言密教への帰依が深く、徳治二年(一三〇七)に出家して金剛性と号している。京都西郊の大覚寺を密教の拠点として再興することに力を注ぎ、その系統の名はこの寺に由来する。

この日記が書かれた年には特別な意味がある。文保二年(一三一八)に子の後醍醐天皇が即位すると、後宇多院はふたたび院政をしき、皇室の長老として政務をみた。文保三年の後宇多院は、静かな隠棲のなかにあったのではなく、出家の身でありながら朝廷の実権を握る立場にあった。巻物に残る筆は、両統迭立という鎌倉後期の緊張した政局のただなかで、現実の政務にあたっていた治天の君のものである。

国宝に指定された理由

本巻は昭和二十七年(一九五二年)十一月二十二日、戦後の文化財保護法のもとで国宝に指定された最初期の一群に名を連ねている。文化庁の区分では古文書にあたり、そのなかでも天皇自身の筆になる日記という、数少ない一群に位置づけられる。

天皇自筆の文書は宸翰と呼ばれ、希少で人格に近い記録として後世に重んじられた。日記であることがさらに価値を加える。この時代の古記録は、政務の実態を内側から知るための最重要の史料の一つであり、人事や儀式、争論、宮廷の日常がそこに記されている。その記録を、政権の頂点に立つ人物が、毎朝みていた暦そのものに書きつけた点に、本巻の希少さがある。具注暦という様式そのものも研究の対象となり、印刷された暦と手書きの記事との関係から、中世の朝廷がいかに自らの営みを整理し日付づけていたかが読みとれる。

見どころ

間近に見ると、この巻物はゆっくりと向きあうほど発見がある。印刷された暦が整然と縦の列をなし、後宇多院の記事がそのまわりの空間に入りこむ。短い日もあれば、数日分にわたって書きつがれる箇所もある。整った暦の枠と、より個人的で変化に富む手書きとの対比が、まず目をひく。書をたしなむ者は筆そのものに注目する。仏典を深く学んだ上皇の手には、独自の趣があるからである。

本資料は十三世紀から十四世紀にかけての脆い紙の巻物であり、また国宝でもあるため、常時の展示はされていない。特別展や企画展示の限られた期間に出陳されるため、原本を見るには事前に開催情報を確認する必要がある。展示されていない時期でも、館の総合展示はこうした古記録を広い文脈のなかに置き、政治と信仰と日常が日本史のなかでどう交わってきたかを示している。

博物館の周辺

国立歴史民俗博物館は「歴博」の通称で知られ、千葉県佐倉市の佐倉城址の北側に建つ。先史・古代から現代までを扱う六つの総合展示室をもち、収蔵資料はおよそ二十七万点におよぶ。歴史学・考古学・民俗学の研究機関でもある。二〇二六年三月にリニューアルを経て再開しており、来館者は一新された展示にふれることができる。

周囲に広がる佐倉城址公園は、それだけでも散策に値する。城の土塁や堀が残り、春には桜が多くの人を集める。城下町である佐倉には武家屋敷など藩政期の名残が保たれ、博物館とあわせて半日の行程にしやすい一帯である。

Q&A

Qいつ訪れても原本を見られますか。
Aいいえ。脆い紙の国宝であるため、限られた特別展や企画展示の期間にのみ出陳されます。原本を目的とされる場合は、事前に館の開催情報をご確認ください。
Q具注暦とは何ですか。
A毎年つくられた注釈つきの暦で、一日ごとに暦数や吉凶の注記が記されています。貴族はその余白に日記をつけるのが通例で、後宇多院もこの暦に記事を書き残しました。
Q後宇多院とはどのような人物ですか。
A第九十一代の天皇(一二六七~一三二四)で、大覚寺統に属し、後醍醐天皇の父にあたります。真言密教への帰依が深く、徳治二年に出家し、晩年には院政をしきました。
Q博物館へのアクセスは。
A京成本線の京成佐倉駅(京成上野から特急で約五十五分)から徒歩約十五分、またはバスで数分です。JR佐倉駅からもバスが出ています。

基本情報

名称後宇多院宸記〈(文保三年具注暦)/御自筆本〉
区分国宝・古文書
指定年月日昭和二十七年(一九五二年)十一月二十二日
年代鎌倉時代・文保三年(一三一九年)
作者後宇多院
員数一巻
所在国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市城内町一一七)
所有者大学共同利用機関法人人間文化研究機構
公開状況常設展示はなく、特別展示等の機会に限り公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/664
国立歴史民俗博物館(公式サイト)
https://www.rekihaku.ac.jp/
国立歴史民俗博物館 アクセス
https://www.rekihaku.ac.jp/information/access/
後宇多天皇(ジャパンナレッジ)
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=1091

最終更新日: 2026.06.11