竹と鉄管と人力で地下水に届く——上総掘りの技術

一日に掘り進めるのは、およそ三間、五・四メートルほど。動力も近代的な掘削機もなく、先端に鑿をつけた細い鉄管と割竹のヒゴ、そして人の力だけで、千葉県中央部の台地に細い竪穴を打ち込んでいく。これが上総掘りである。

上総掘りは、形のある一つの品物ではない。地中の粘土層や砂層、礫層を見分けながら、地下深くの帯水層まで孔を掘り抜く職人たちの知識と技そのものを指す。文化庁は平成18年(2006年)3月15日、「上総掘りの技術」を重要無形民俗文化財に指定した。種別は民俗技術、生産・生業に関わる技として位置づけられている。名は、技術が練り上げられた旧上総地方にちなむ。ここで完成した工法は、やがて日本各地へ、さらに海を越えて広まっていった。

道具と仕組み

技の中心にあるのが、ホリテッカン(掘り鉄管)と呼ばれる細長い鉄管である。長さは六〜八メートル、径は数センチほどしかない。下端にはサキワという円筒形の鑿を取り付け、上端には孟宗竹を幅二センチほどに割ったヒゴをつなぐ。職人はシュモクという取っ手を握り、鉄管を突き下ろす動作を繰り返して孔底を突き崩す。掘り進むにつれて、ヒゴを次々と継ぎ足し、孔を延ばしていく。

この工法には、二つの巧みな工夫がある。一つはホリテッカンの先端に仕込まれたコシタという弁で、鉄管を突き下ろすと弁が開き、削り取った掘屑が管内に取り込まれる。管がいっぱいになるとヒゴを巻き上げて掘屑を排出し、続いてスイコと呼ばれるトタン製の筒を下ろして、孔底に残った掘屑を浚い出す。もう一つはネバミズという粘土を溶かした水で、孔に注ぐと地面を柔らかくし、鑿先の熱を冷まし、孔壁に吸着して崩落を防ぐ。

掘屑を含んだ重い鉄管を地下深くから上げ下げするのは、てこの仕掛けなしには重労働になる。そこで、ヒゴをハネギという弾力のある竹竿に連結し、その反発でおもりを軽くするとともに、長く延びたヒゴはヒゴグルマという車輪状の木枠に巻き取る。一見、単調に見える作業だが、掘り進む地質に応じた細かな判断が要る。固い岩盤や礫層では、輪一や一文字と呼ばれる横刃の鑿に付け替え、タタキボリと称して鉄管を孔底に強く打ちつける。砂地では、鉄管が孔底に当たる直前に突き上げ、砂を煽るように掘るスクイボリを用いる。なかでも最も重んじられたのが、地層を読む力である。水を含む層をシキといい、熟練の職人は掘屑に混じる砂の色や含水のぐあいを見て、その先の水の良否と帯水量を判断した。

鉄の棒から、一筋の竹へ

上総地方は大半が台地で、川は台地を深く侵食した谷底を流れる。畑作地や村落の営まれる台地の上は、川面との高低差が大きく、灌漑用水にも生活用水にも恵まれなかった。一方で地質は比較的軟らかく、岩盤をほとんど含まないため掘削には適していた。こうした条件が、足もとの地下水を取水する工夫を人々に促した。

上総掘り以前の掘り抜き井戸は、高い櫓を組み、長く重い鉄棒を梃子で引き上げては落とし、その衝撃で地面を突き抜く方法だった。江戸時代後期、関西から江戸を経て上総地方に入った技である。だが掘れる深さは二十間(約三十六メートル)ほどと浅く、労力も日数も大きく、鉄棒の落下による事故も絶えなかった。明治15年(1882年)頃には、鉄棒に代えて軽い樫の棒を用いる工夫が生まれ、五、六人で百メートルほどまで掘れるようになった。決定的な飛躍は、掘り鉄管と割竹のヒゴ、そしてスイコを組み合わせたときに訪れる。わずか三、四人の人力だけで、はるかに深い孔を掘れるようになり、明治中期には工法の体系がほぼ整った。小糸の池田久吉・池田徳蔵、小櫃の大村安之助らが、その改良の中心となったと伝わる。

道具立てが安価で、基本の技も比較的習得しやすかったため、この工法は短い間に広まった。技を覚えた農民はやがて専業の職人となり、各地へ赴いて井戸を掘った。小糸川、小櫃川、湊川、養老川といった上総の主要河川の流域では、昭和三十年代半ばまで、井戸掘りを専業とする職人たちが活動を続けた。手掘りでどこまで深く掘れたかについては記録に幅があり、深いものでは数百メートルに達したともいわれる。数人で運べる道具立てを思えば、驚くべき到達深度である。

国の指定が認めた価値

指定の根拠は二つある。技術の変遷の過程を示すこと、そして地域的特色を示すことである。いずれも見て取りやすい。力任せの鉄棒突きから、てこと判断を要する洗練された手掘りの技へという発展の筋道がはっきりと残り、その技は上総台地の水の不足という土地の事情から直接に生まれたものだった。

影響は井戸の水にとどまらない。同じ手掘りの原理は石油や鉱物資源の掘削にも応用され、後に続く機械掘削の基盤づくりにも寄与した。わが国の掘削技術の変遷を考えるうえで欠かせない技として評価されている。技は海外にも渡った。明治21年(1888年)に来日して千葉で英語教師を務めた英国人フランシス・ジェームズ・ノーマンは、この工法に強く惹かれ、明治35年(1902年)にインドで『Kazusa System』と題した解説書を刊行している。その後、上総掘りはアジアやアフリカの一部にも持ち込まれた。動力機械を必要とせず費用も小さいこの工法は、重機の入りにくい地域で水を得る手段として役立ち、その営みは今も続いている。

今日の上総掘りを訪ねる

この技が土地に何をもたらしたかを実感できるのが、君津市の城下町・久留里である。清澄・三石山系に降った雨は地層をくぐって自然にろ過され、上総掘りで穿たれた自噴井戸からふたたび湧き出る。その井戸が、いまも町内におよそ二百本残っている。JR久留里駅の近くには一般に開放された井戸がいくつもあり、観光交流センター前の水汲み広場では水が二十四時間こんこんと湧き続け、県内各地から人が汲みに訪れる。平成20年(2008年)、久留里は千葉県下で唯一「平成の名水百選」に選ばれた。この水は地元の蕎麦屋や複数の酒蔵にも使われており、町歩きはそのまま水と地酒の味見になる。

掘削そのものを知りたければ、上総掘りの井戸掘り櫓を展示する久留里城址資料館と、上総掘り技術伝承研究会の拠点である袖ケ浦市郷土博物館を訪ねたい。研究会の会員は伝統の道具を自ら作り、実際に井戸を掘る活動を続けており、博物館の教育普及事業にも協力している。写真ではなく実演で技に触れられることもある。君津市の上総高校近くには、昭和37年(1962年)に地元の教育委員会が建てた上総掘り発祥地の碑が立つ。

アクセスと周辺

久留里は房総半島のほぼ中央に位置し、JR久留里線で行くことができる。井戸の多くは久留里駅から歩いて回れる範囲に集まっており、奥のほうの井戸へは車があると便利だ。久留里城や、その天守からの眺め、小櫃川沿いの景色、同じ地下水を使う資料館や酒蔵と組み合わせると、一日の行程が無理なくまとまる。道具や実演に主眼を置くなら、研究会の拠点がある北側の袖ケ浦が便利である。

Q&A

Q上総掘りは博物館で見られる「もの」ですか。
A文化財として指定されているのは、品物そのものではなく技術です。道具や井戸掘り櫓は久留里城址資料館や袖ケ浦市郷土博物館で見られ、伝承研究会が実際の掘削を行うこともあります。実演に触れるのが、技を理解する一番の近道です。
Q人力でどのくらい深く掘れたのですか。
A地質や人数によります。一日の進度はおよそ五・四メートルで、深いものでは数百メートルに達したともいわれます。少ない道具と小人数で深い水に届くことが、この工法の眼目でした。
Q久留里の井戸水は飲めますか。
A久留里駅周辺の自噴井戸のいくつかは一般に開放され、開放されている井戸の水質は地元の観光協会を中心に検査されています。多くの人が水を汲みに訪れます。私有の井戸は所有者の厚意で開放されている場合があるので、各井戸の案内をご確認ください。
Qなぜ縄や鋼索ではなく竹を使うのですか。
A割竹は軽くて丈夫で、しなやかに弾みます。その弾力で鉄管をなめらかに上げ下げでき、ハネギの反発と組み合わせることで力をたくわえて返すため、少人数の人力だけで深く掘り進めました。
Qこの技術は今も使われていますか。
A多くの掘削はボーリング機械に取って代わられましたが、小資本で簡便な地下水掘削には今でも活用されています。重機を使わずに水を得られる利点から、アジアやアフリカの一部でも用いられてきました。

基本情報

名称上総掘りの技術(かずさぼりのぎじゅつ)
指定区分重要無形民俗文化財(民俗技術/生産・生業)
指定年月日平成18年(2006年)3月15日
指定基準技術の変遷の過程を示すもの/地域的特色を示すもの
所在地千葉県上総地方(君津市・袖ケ浦市ほか)
保護団体上総掘り技術伝承研究会
関連文化財上総掘りの用具(258点)。昭和35年(1960年)に重要有形民俗文化財に指定、平成7年(1995年)に追加指定
見学できる場所君津市久留里地区(自噴井戸、久留里城址資料館)、袖ケ浦市郷土博物館
アクセス久留里の井戸へはJR久留里線・久留里駅下車。開放された井戸は駅から徒歩圏内

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「上総掘りの技術」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/00000810
文化遺産オンライン(文化庁)「上総掘りの技術」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/215249
千葉県「上総掘りの技術」
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n321-005.html
君津市「久留里(くるり)の大井戸・自噴井戸」
https://www.city.kimitsu.lg.jp/site/kanko/489.html
袖ケ浦市郷土博物館「上総掘り技術伝承研究会について」
https://www.city.sodegaura.lg.jp/soshiki/hakubutsukan/kazusabori.html

最終更新日: 2026.05.28