館山市沼の鈴木家住宅 ― 盛岡藩の常宿から「赤門」の医家へ
館山市沼の鈴木家住宅は、千葉県館山市沼にある大正13年(1924年)完成の住宅で、主屋・蔵・表門の3件が平成19年(2007年)5月15日に登録有形文化財となった。3件は同じ年に一度に建てられ、同じ日に登録されている。
沼は、江戸時代から沿岸の物資を運ぶ船が立ち寄った湊町である。鈴木家はこの地で「南部屋」の屋号を名のり、盛岡藩の船宿として同藩の常宿を務めた。屋号の「南部」は、盛岡藩を治めた南部家の名に由来するとみられる。
明治21年(1888年)、鈴木家は旅籠をたたんで医院を開いた。門柱が赤かったことから、医院は「赤門」と呼ばれるようになり、館山市によればこの呼び名は今も市民のあいだで通じている。
いまの主屋・蔵・表門は、関東大震災の直後に横浜の建築家が設計し、大正13年(1924年)にそろって完成した。設計者の名は、公表されている資料からは確かめられなかった。昭和5年(1930年)には近くに館山海軍航空隊が置かれ、昭和20年(1945年)の終戦間際には、主屋が海軍将校の社交の場にも使われたことがあるという。
屋敷の構成 ― 道路側から表門・前庭・主屋・蔵
屋敷は北側の道路に正面を向ける。道路との境に石造の表門が北面して立ち、その奥に前庭をはさんで主屋が建つ。主屋は館山港を眺められる位置を選んで建てられた。蔵は主屋の東に建ち、蔵前(蔵の前の小空間)で主屋とつながっている。
3件は仕上げでも一体に見えるよう考えられている。蔵の外壁と主屋の東側の壁は、目地を切って石積みのように見せたモルタル洗い出しで仕上げをそろえ、玉石を練り積みにした表門と合わせて、道路側に重厚な表構えをつくっている。
- 主屋:大正13年(1924年)、和洋折衷の木造2階一部平屋建、建築面積285平方メートル
- 蔵:大正13年(1924年)、木造2階建の内蔵、建築面積32平方メートル
- 表門:大正13年(1924年)、玉石練積の門、高さ3.2メートル、間口2.8メートル
アクセスと見学の条件
鈴木家住宅は個人の住まいで、一般には公開されていない。館山市も案内のページで公開していない旨を明記している。敷地の中へは入れないので、見学は道路から外観を見る範囲にとどめたい。表門は道路との境に立っているため、門構えは道路からよく見える。
最寄り駅はJR内房線の館山駅で、駅からは路線バスかタクシーを使う。車の場合は富津館山道路の富浦ICが近い。見学者向けの駐車場はないので、周辺の住宅や施設の妨げにならないよう、路上での長い停車は避けたい。
撮影は道路からに限り、居住者や通行の邪魔にならないよう配慮してほしい。建物ごとの見え方は、主屋・蔵・表門それぞれのページにまとめた。
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鈴木家住宅主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006218
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鈴木家住宅蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006220
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鈴木家住宅表門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006099
- 館山市「【国登録有形文化財】鈴木家住宅 主屋・蔵・表門」
- https://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page009934.html
最終更新日: 2026.09.25
基本情報
| 名称 | 鈴木家住宅(館山市沼) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県館山市沼1619 |
| 所有者 | 個人 |
| 指定 | 登録有形文化財 3件 |
| 座標 | 34.98191, 139.84634 |