今治ラヂウム温泉本館:大正から令和へ、百年を超えて今治を見守り続けるランドマーク

愛媛県今治市の中心市街地に、ひときわ異彩を放つ建物があります。多角形の塔屋がそびえ、背面には二つの白い八角形ドームが並ぶ——「今治ラヂウム温泉本館」は、大正8年(1919年)に創建された鉄筋コンクリート造の銭湯施設です。2016年(平成28年)に今治市初の国登録有形文化財に登録されたこの建物は、太平洋戦争の今治空襲を奇跡的に免れ、大正・昭和・平成・令和と四つの時代を見守り続けてきた、かけがえのない歴史的ランドマークです。

歴史的背景

今治ラヂウム温泉の物語は、瀬戸内海の芸予諸島・大島出身の実業家、村上寛造から始まります。村上水軍・能島村上家の流れを汲む村上は、材木商として財を成し、明治37年(1904年)頃から今治市中心部の湿地帯(蓮根田)の開発に着手しました。父・京造の名前から一字を取り「京町」と名付けたこの地に、歓楽街を形成していったのです。

大正8年(1919年)、村上は「共楽館」と名付けた一大レジャー施設を建設します。常設映画館を中心に、浴場、ダンスホール、多目的ホール、食堂などを備えたこの娯楽場は、大正9年の今治市誕生に合わせた、地域のシンボルとなるランドマークでした。大正15年(1926年)の道路改築により敷地が分割されたのを機に、昭和2年(1927年)に浴場施設が「ラヂウム温泉」として独立。「ラヂウム」の名は、当時流行していたラジウム温泉のブームを反映したものです。

頑丈な鉄筋コンクリート造の建物は当時この地域では珍しく、太平洋戦争期の昭和17年(1942年)頃には越智郡郷土防衛隊の本部が設置されました。昭和20年(1945年)の今治空襲では市街地の約8割が焼失しましたが、ラヂウム温泉本館は奇跡的に戦火を免れ、空襲直後は2階の大ホールに病院や銀行が集まる地域インフラの拠点として、市民の命を守る重要な役割を果たしました。

戦後は2階がダンスホールとして賑わい、昭和42年(1967年)には3階部分を増築して「ホテル青雲閣」を開業。昭和63年(1988年)にはサウナ風呂やジェットバスなど13種類の多様な浴槽を備えた近代型銭湯に改築されました。しかし施設の老朽化と公衆浴場文化の衰退により、平成26年(2014年)3月に惜しまれつつ休業。その後閉館となりましたが、建物はそのままの姿で保存されています。

文化財指定の理由と建物の価値

平成28年(2016年)11月29日、今治ラヂウム温泉本館は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。今治市としては初めての登録有形文化財です。その登録理由は、建物が持つ複数の卓越した特徴にあります。

第一に、極めて特異な建築形態です。陸屋根の本体中央に五角形平面に六角形平面を重ねた塔屋を掲げ、背面には八角形ドームを持つ男女浴室を並べるという、他に類を見ない外観は、日本の銭湯建築の中でも唯一無二の存在です。

第二に、愛媛県における最初期の鉄筋コンクリート造建築の一つであることです。一般に愛媛県最古の鉄筋コンクリート造建築は萬翠荘(大正11年・1922年)とされていますが、それより古い可能性も指摘されています。特にドーム構造は当時のヨーロッパの最新技術を取り入れた、国内初期の貴重な事例です。

第三に、戦災を受けた今治市において、戦前から残る貴重なランドマークとしての歴史的価値です。創業者・村上寛造が「今治のまちの繁栄のために、孫末代まで残るものを」との想いを込めて建設したこの建物は、まさにその願い通り、百年を超えて今治の歴史を伝え続けています。

建築的見どころ

今治ラヂウム温泉本館の最大の魅力は、見る角度によって劇的に変化するシルエットです。正面からは多角形の塔屋が城砦のようにそびえ、背面に回ると二つの白い八角形ドームが出現します。まるで時を超えてきた異国の建築のような佇まいは、訪れる人を魅了してやみません。

名古屋大学大学院の西沢泰彦教授の助言を受けた近年の調査では、建物が船をモチーフに設計されていたことが判明しました。来島海峡の方向を正面にして人々を出迎えるように建てられており、四国初の「開港場」に指定される3年前に建築された今治の海事遺産としての側面も明らかになっています。

内部の八角形浴室は、10メートル以上の高さを持つドーム天井が圧巻です。柱や壁面は「マーブル技法」と呼ばれる、大理石に似せた腕利きの左官職人による磨き石彫仕上げで装飾されており、まるで古代ローマの浴場を思わせる荘厳な空間が広がります。

東京大学生産技術研究所の川口健一教授率いる研究グループによる3Dレーザースキャナーを用いた測量や、近畿大学工学部による構造調査など、学術的な調査研究も進められており、デジタル空間に3次元形状を保存するアーカイブ化の試みも進行中です。

見学情報

今治ラヂウム温泉本館は、JR今治駅から北東へ約1キロ、徒歩約15分の場所にあります。今治市役所にも近い中心市街地に位置しており、アクセスは良好です。現在は浴場施設としては閉館中ですが、独特な外観はいつでも自由に見学可能です。建物の周囲をぐるりと一周すると、塔屋やドーム、煙突がさまざまな角度から楽しめます。

不定期で内部の特別公開イベントが開催されることがあり、八角形ドーム天井やマーブル仕上げの内装を間近に見学できる貴重な機会です。過去にはキャンドルイルミネーションやプロジェクションマッピング、ライトアップイベントなどが行われ、多くの来場者を魅了しました。最新のイベント情報は、今治ラヂウム温泉の公式ウェブサイトやSNSで確認できます。

周辺情報

今治ラヂウム温泉本館を起点に、今治市の豊かな文化・自然を巡る散策が楽しめます。

徒歩圏内には四国霊場第55番札所「南光坊」があります。四国八十八箇所の中で唯一「坊」の名を持つ寺院で、大三島の大山祇神社の別宮として創設された歴史ある寺です。境内には今治市の天然記念物に指定された樹齢300年以上のクスノキ「お袖さん」が立っています。

今治城は、築城の名手・藤堂高虎が慶長9年(1604年)に築いた日本屈指の海城です。全国的にも珍しい海水を堀に引き入れた構造を持ち、再建された五層六階の天守閣からは今治市街と瀬戸内海の眺望が楽しめます。

今治と広島県尾道を結ぶ「しまなみ海道」は、世界的に有名なサイクリングルートです。約60キロにわたって瀬戸内海の島々を橋で結び、特に大島の亀老山展望台からは来島海峡大橋と瀬戸内海の絶景を一望できます。

今治タオルの産地としても知られる今治市では、タオル美術館ICHIHIROでタオル製造の見学やタオルアートの鑑賞、ショッピングが楽しめます。

Q&A

Q今治ラヂウム温泉本館の内部は見学できますか?
A現在は浴場施設としては閉館しており、通常の内部見学はできません。ただし、不定期で特別公開イベントが開催され、八角形ドーム天井やマーブル仕上げの内装を見学できる機会があります。外観はいつでも自由にご覧いただけます。最新情報は公式ウェブサイトやSNSでご確認ください。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR今治駅から北東方向へ徒歩約15分(約1キロ)です。今治市役所近くの共栄町に位置しています。車の場合は、しまなみ海道・今治ICから約10分です。
Qなぜ「ラヂウム」という名前なのですか?
A大正時代に流行したラジウム温泉のブームを反映した名称です。当時はラジウムなどの放射性元素に健康効果があると信じられており、各地で「ラヂウム温泉」を名乗る施設が登場しました。もともとは「共楽館」という娯楽施設の一部でしたが、昭和2年(1927年)に「ラヂウム温泉」として独立しました。
Q建物のどこが建築的に珍しいのですか?
A五角形と六角形を重ねた塔屋、背面の二つの八角形ドーム浴室、レンガ造りの煙突という組み合わせは、日本の銭湯建築の中でも唯一無二です。愛媛県で最も古い鉄筋コンクリート造建築の一つとされ、ドーム構造にはヨーロッパの最新技術が採用されています。また近年の研究で、船をモチーフに設計されていたことも判明しました。
Q今治空襲でなぜこの建物だけ残ったのですか?
A昭和20年(1945年)の今治空襲では市街地の約8割が焼失しましたが、ラヂウム温泉本館は頑丈な鉄筋コンクリート造であったため、奇跡的に戦火を免れました。戦時中は越智郡郷土防衛隊の本部としても使用されており、空襲直後は病院や銀行が集まる地域復興の拠点となりました。

基本情報

名称 今治ラヂウム温泉本館(いまばりらぢうむおんせんほんかん)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物) 平成28年(2016年)11月29日登録
建築年代 大正期(1919年~1926年)、昭和63年(1988年)改修
構造 鉄筋コンクリート造2階建、塔屋及び煙突付、建築面積408㎡
創業者 村上寛造(むらかみ かんぞう)
所有者 株式会社ラヂウム温泉
所在地 〒794-0024 愛媛県今治市共栄町四丁目2-8
アクセス JR今治駅から徒歩約15分、しまなみ海道・今治ICから車で約10分
現在の状況 浴場施設としては閉館中(2014年3月休業)。外観はいつでも見学可能。内部は特別公開時のみ。
公式サイト https://imabari-radium.com

参考文献

今治ラヂウム温泉本館 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/273582
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011425
平和とまちのシンボルとして後世に 国登録有形文化財『今治ラヂウム温泉本館』— iyomemo(伊予銀行)
https://www.iyobank.co.jp/sp/iyomemo/entry/20201105.html
今治ラヂウム温泉 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/今治ラヂウム温泉
今治から放たれる希望の光、今治ラヂウム温泉本館ライトアップ — 今治タオル公式ブランドサイト
https://www.imabaritowel.jp/imabari_life/imabari/imabari_life/imabari4777
まちの100年を見てきた建物「今治ラヂウム温泉本館」— 四国電力広報誌 ライト&ライフ
https://www.yonden.co.jp/cnt_landl/2103/report.html
今治ラヂウム温泉本館 — 愛媛県教育委員会
https://ehime-c.esnet.ed.jp/bunkazai/kennobunkazai/tourokubunkazai/touroku-kohyo/radiumuonsen.htm

最終更新日: 2026.04.04