亀井八幡神社宝篋印塔とは
亀井八幡神社宝篋印塔は、愛媛県越智郡上島町の魚島にある亀井八幡神社の境内に立つ鎌倉時代後期の花崗岩製の宝篋印塔で、昭和29年(1954年)3月20日に国の重要文化財に指定された。読みは「かめいはちまんじんじゃほうきょういんとう」。瀬戸内海の燧灘に浮かぶ魚島に伝わる石塔である。
愛媛県教育委員会によれば、この塔はもともと亀井八幡神社の左手の丘(篠塚公園)に建てられていたが、のちに現在地へ移されたといわれる。2段の基壇の上に立ち、塔の総高は192センチメートル、基壇を含めると238センチメートルある。
文化庁の記録では、員数は1基、時代は鎌倉後期(1275〜1332年)。所有者は亀井八幡神社である。
重要文化財としての価値
愛媛県の解説は、銘文は読み取れないものの、形式や手法に鎌倉時代末期の特色がよく表れていると評価している。保存状態もよく、基礎や笠の突起にわずかな破損がみられる程度だという。
細部では、基礎の3面に格狭間(ごうざま)を彫り、塔身には梵字を刻む。笠の四隅に立つ突起(隅飾)は、一枚の石から彫り出されている(愛媛県教育委員会)。
地元ではこの塔を、南北朝時代の武将篠塚伊賀守の墓として崇敬してきた。ただし県は、造立の経緯を伝える資料はなく不明としている。ここでは伝承として紹介するにとどめる。
見どころ
まず塔身に刻まれた梵字を確かめたい。次に視線を下げて基礎を見ると、格狭間が4面ではなく3面に彫られていることがわかる。塔の周りを一周して、彫られた面と彫られていない面を見比べたい。
笠の四隅に立ち上がる隅飾は、鎌倉時代の宝篋印塔を見分ける要所である。県の解説がとくに一枚石で作られていると記す部分で、わずかな欠けが残るのもここである。2段の基壇を含めた238センチメートルの高さは、間近に立つと見上げるほどになる。
参拝と魚島への渡り方
亀井八幡神社宝篋印塔は神社の境内にあり、外から見ることができる。拝観料や公開時間についての公的な案内は見当たらなかった。撮影の可否も案内がないため、神社の行事などの際は配慮したい。
魚島へは、上島町営の「ニューうおしま」で渡る。上島町の時刻表によれば、航路は因島の土生港(中央桟橋)から弓削港を経て魚島港へ向かい、1日4往復。土生港から魚島港まではおよそ1時間から1時間10分かかる。便数が少ないので、帰りの便まで含めて計画を立てたい。
Q&A
- 亀井八幡神社宝篋印塔はいつ造られましたか?
- 銘文は読めませんが、形式や手法から鎌倉時代末期の作とされます。文化庁の記録は鎌倉後期(1275〜1332年)です。
- 亀井八幡神社宝篋印塔が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和29年(1954年)3月20日です。
- 亀井八幡神社宝篋印塔の大きさは?
- 総高192センチメートル、2段の基壇を含めると238センチメートルの花崗岩製です。
- 亀井八幡神社宝篋印塔は篠塚伊賀守の墓ですか?
- 地元ではそう伝えて崇敬してきましたが、造立の経緯を示す資料はなく、不明とされています。
- 亀井八幡神社のある魚島へはどう行けばよいですか?
- 因島の土生港(中央桟橋)から上島町営「ニューうおしま」で、弓削港経由およそ1時間から1時間10分です。1日4往復です。
基本情報
| 名称 | 亀井八幡神社宝篋印塔(かめいはちまんじんじゃほうきょういんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県越智郡上島町魚島(亀井八幡神社) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和29年(1954年)3月20日指定 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造宝篋印塔、花崗岩製、総高192センチメートル(基壇を含め238センチメートル) |
| 所有者 | 亀井八幡神社 |
| 公開状況 | 境内で見学可 |
参考文献
- 亀井八幡神社宝篋印塔(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3385
- 亀井八幡神社宝篋印塔(えひめの文化財/愛媛県教育委員会)
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/73.html
- 【ニューうおしま】土生港(中央桟橋)~弓削港~魚島港(上島町)
- https://www.town.kamijima.lg.jp/site/access/5640.html
最終更新日: 2026.10.05