上弓削田坂家住宅主屋——大正時代の港町に佇む島の和風住宅

瀬戸内海のほぼ中央、芸予諸島に浮かぶ弓削島の西岸に、ひっそりと品のある木造家屋が建っています。上弓削田坂家住宅主屋は大正6年(1917年)に建てられた住宅で、現在は登録有形文化財として国に登録されています。低く伸びる屋根、白い漆喰壁、そして島の暮らしを物語るような穏やかな佇まいが、海と廻船と港町の歴史を静かに伝えています。しまなみ海道沿いのにぎやかなサイクリングルートから少し外れて、瀬戸内のもう一つの顔に出会いたい旅人にとって、ここ上島町弓削島の港町は、より親密で落ち着いた日本の島景観を体験できる場所と言えるでしょう。

上弓削田坂家住宅主屋とは

上弓削田坂家住宅主屋は、敷地のほぼ中央に北を向いて建つ、木造2階建ての住宅です。屋根は入母屋造の桟瓦葺で、伝統的な和瓦である桟瓦が美しく葺かれています。2階は天井の低い「つし二階」と呼ばれる構造で、これは収納や補助的な居住空間として用いられた、瀬戸内の商家・農家建築によく見られる形式です。

内部は、この地域の民家建築の伝統に沿った間取りとなっています。西側には炊事や農作業に使う土間が配置され、東側には2列4室の部屋が並び、東列の表側を座敷として整えています。正背面には下屋と呼ばれる差し掛け屋根が伸び、背面の西端には台所が角屋として張り出していて、上から見ると独特の輪郭を描く平面構成となっています。

なぜ文化財に登録されたのか

本住宅は、平成31年(2019年)3月29日付けで国の登録有形文化財に登録されました。登録有形文化財制度は、重要文化財という上位の指定とは性格を異にし、地域の景観や歴史、建築の系譜を物語る価値があり、所有者が引き続き使用しつつ保存していくべき建造物を緩やかに保護する制度として、平成8年に始まりました。

田坂家住宅主屋は、瀬戸内海島嶼部の民家建築の形式を継承した近代の和風住宅として、その価値が認められたものです。1917年という建築時期は、江戸時代以来の伝統的な民家建築から近代の建築様式へと移り変わる過渡期にあたり、本住宅は世代を経て磨かれてきた島の暮らしに即した間取りや構造、寸法感覚を保ちつつ、20世紀初頭の生活様式にも応え得る性格を備えています。

同じ田坂家住宅の敷地内では、土蔵と、門および塀もそれぞれ登録有形文化財に登録されています。これら3つが一体となって、栄えた港町に建つ富裕な家屋の景観を、ほぼ昔のままに今に伝えているのです。

魅力と見どころ

本住宅の最大の魅力は、周囲の港町の街並みと一体となった、控えめで調和のとれた景観を保っていることです。主屋、門と塀、そして土蔵が、明治末から大正期の趣をほぼそのままに、ひとつのまとまりとして街路に面しています。

主屋の正面

街路から見ると、家屋は静かで均整のとれた表情を見せます。入母屋屋根の深い軒が玄関を覆い、つし二階の上階は控えめに低く構えています。木の格子と白漆喰がやわらかな配色を生み、塩を含んだ風や島特有の急な天候の変化にも耐えてきた、瀬戸内の建築らしい風情を漂わせています。

門と塀

敷地北面の中央に開く門は、間口2.4メートル、奥行1.2メートルの切妻造桟瓦葺で、左右に袖壁を備え、両開きの門扉を構えます。塀は前庭をコの字形に区切る土塀で、外側は縦板張で仕上げられ、屋根は門と同じ桟瓦葺となっています。こうした材料の組み合わせは、島の港町に建てられたある程度の格式を備えた住宅に見られる特徴です。

土蔵

敷地内に建つ土蔵は、廻船や物資の保管といった港町の商業活動を支えた家屋ならではの実用施設です。土蔵の厚い漆喰壁は、伝統的に火災や湿気から大切な品々を守る役目を果たしてきたもので、これだけ揃った状態で残る例はますます貴重になっています。

港町の街並み

上弓削の細い路地を歩くと、島の港町がどのように営まれてきたかを肌で感じることができます。田坂家住宅は、その歴史的な街並みのひとつの結節点となっており、規模、材料、街路との関係性が、周囲の建物群と見事に響き合っています。建物は私邸ですので、外からの見学のみとなりますが、外観だけでも島の民家建築の雰囲気を十分に味わうことができます。

周辺の見どころ

弓削島は愛媛県越智郡上島町に属する離島で、瀬戸内海のほぼ中央に位置しています。中世には京都の東寺の荘園として大量の塩を納める「塩の荘園」として知られ、近世以降は瀬戸内海の海運の要所として栄えました。現在は約2,000人が暮らす穏やかな島で、山や浜辺の自然はもちろん、創立から100年以上を数える国立弓削商船高等専門学校でも知られています。

田坂家住宅のある上弓削地区は、島の西岸に位置し、広島県因島の家老渡港との間にフェリーが運航する港町です。港、漁船、そして古い家並みが、訪れる人にゆったりとした島の暮らしを伝えてくれます。

近隣には、環境省「快水浴場百選」に認定され、愛媛県の名勝にもなっている松原海水浴場、その背後に広がる赤松林の法王ヶ原、そしてタラソテラピーを取り入れた海水温浴施設「潮湯」などがあります。サイクリング好きの方には、弓削島・佐島・生名島・岩城島を結ぶ「ゆめしま海道」もおすすめで、自転車で1日に複数の島を巡ることもできます。

アクセス

田坂家住宅主屋がある弓削島は、本州側のしまなみ海道とも、四国本土とも、橋ではつながっていません。訪れるにはフェリーや旅客船を利用する必要があり、それ自体が島旅の魅力でもあります。

  • 広島側から:JRや高速バスで尾道または三原まで行き、バスかタクシーで因島の土生港へ。土生(または家老渡港)から、家老渡フェリー汽船で上弓削港へ渡ります。所要時間は短く、便数も比較的多めです。
  • 四国側から:愛媛県今治市の今治港から、芸予汽船の旅客船で岩城・佐島・弓削の各港を経由してアクセスできます。
  • しまなみ海道経由:因島まで車で渡り、家老渡港から上記のフェリーをご利用ください。
  • 島内では、上弓削港から田坂家住宅まで徒歩またはタクシーで短時間で到達できます。

Q&A

Q建物の内部を見学することはできますか?
A本住宅は私邸であるため、内部は通常、一般公開されていません。外観や門、周囲の街並みは公道から自由に眺めることができます。所有者の方や近隣住民の方々への配慮をお願いします。
Q弓削島を訪れるのに最適な季節はいつですか?
A気候が穏やかで瀬戸内海の景色も澄み渡る春と秋が特におすすめです。夏は海水浴場や8月の夏祭りで賑やかになります。冬は静かでひんやりとした空気の中、島の落ち着きをじっくり味わえる季節です。
Q弓削島観光にはどのくらいの時間を見ておけばよいですか?
A半日あれば上弓削の歴史的な街並みと海水浴場を巡ることができます。1日かけるなら、ゆめしま海道の橋を渡って、隣接する佐島や生名島まで自転車で足を延ばすことも可能です。島の夜のゆったりとした空気を味わいたい方には、宿泊もおすすめです。
Q登録有形文化財とはどのような制度ですか?
A平成8年(1996年)に新設された日本の文化財保護制度のひとつで、原則として建築後50年以上を経過した建造物のうち、景観や地域の歴史、建築の伝統を伝えるうえで価値あるものを対象としています。所有者が引き続き使用しながら、緩やかな保護と保存活用への支援を受けられるしくみです。
Q弓削島は車がなくても観光できますか?
Aはい、可能です。島は徒歩やレンタサイクルで十分に巡れる広さで、地元のタクシーも利用できます。島々を結ぶフェリーの多くは自転車も載せられるので、自転車での島巡りも楽しい選択肢です。

基本情報

名称 上弓削田坂家住宅主屋(かみゆげたさかけじゅうたくしゅおく)
所在地 愛媛県越智郡上島町弓削上弓削313
建築年 大正6年(1917年)
構造 木造2階建、瓦葺
建築面積 約94㎡
棟数 1棟
指定区分 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2019年(平成31年)3月29日
アクセス 上弓削港(因島・家老渡港からフェリー)から徒歩圏内。今治港から芸予汽船の旅客船でも来島可
備考 個人住宅のため、外観の見学のみ

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)「上弓削田坂家住宅主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/379634
文化遺産オンライン(文化庁)「上弓削田坂家住宅門及び塀」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/442976
Wikipedia「弓削島」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E5%89%8A%E5%B3%B6
Wikipedia「上島町」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%B3%B6%E7%94%BA
国土交通省「離島振興:離島の概要」(弓削島)
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chirit/kokudoseisaku_chirit_tk_000138.html
瀬戸内かみじまトリップ 上島町公式観光WEBサイト「弓削島」
https://www.kamijima.info/yugejima/
上島町公式ホームページ「上島町へのアクセス」
https://www.town.kamijima.lg.jp/site/access/

最終更新日: 2026.05.07