松山城内門とは
松山城内門は、愛媛県松山市丸之内にある昭和42年(1967年)の木造の一重櫓門で、令和元年(2019年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「まつやまじょううちもん」。
文化庁の記録では、木造、瓦葺で、間口3.2メートル、脇戸付。登録番号は38-0141である。
天守北側の櫓門
松山城内門は、天守と玄関多聞櫓の間に建つ一重の櫓門で、両下造、本瓦葺、一間一戸の脇戸付とする(文化庁)。外壁は天守と一連の漆喰塗と下見板張である。
上層は渡廊下とし、両側の出入口に両開きの土戸を備える。天守北側の枡形を構成する(文化庁)。
文化庁の記録では昭和42年(1967年)の建築である。松山市によれば、昭和8年(1933年)の放火で一部焼失したもので、昭和10年(1935年)に文部省が作成した9棟の基本設計図と仕様書に基づいて木造で復元され、昭和43年(1968年)5月27日に竣工した。
登録有形文化財としての価値
文化庁は、筋鉄門と同じく天守の堅固な門構えを形成しているとして、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に登録した。
見どころ
上層の渡廊下と両開きの土戸、天守北側の枡形での位置が見どころである(文化庁)。
見学について
松山市によれば、天守は小天守・櫓と通路でつながる連立式で、内部の階段は急である。観覧時間・料金・交通は「松山城」のグループページで扱っている。
Q&A
- 松山城内門はいつ建てられましたか?
- 文化庁は昭和42年(1967年)とし、松山市によれば昭和43年(1968年)5月27日に竣工した木造の復元です。
- 松山城内門はどこにありますか?
- 天守と玄関多聞櫓の間で、天守北側の枡形を構成します(文化庁)。
- 内門の上層は?
- 渡廊下で、両側の出入口に両開きの土戸を備えます(文化庁)。
- なぜ復元されたのですか?
- 昭和8年(1933年)の放火で一部焼失したためです(松山市)。
- 松山城内門が登録有形文化財になったのはいつですか?
- 令和元年(2019年)9月10日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 松山城内門(まつやまじょううちもん) |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県松山市丸之内1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和元年(2019年)9月10日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、間口3.2m、脇戸付 |
| 所有者 | 松山市 |
| 公開状況 | 松山城の天守と同じ区域(観覧条件はグループページ) |
参考文献
- 松山城内門(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013002
- 松山城の建造物の国登録有形文化財への登録(松山市 報道資料)
- https://www.city.matsuyama.ehime.jp/hodo/h30/201903/kunibunkazaitouroku.files/shiro_shintoroku.pdf
最終更新日: 2026.10.19